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魔王と勇者と黒猫と。〜GAME SIDE〜  作者: 紅条
《魔界編》第一章
18/30

第一章13『決着』

「か、ハッ……」


 吹っ飛ばされて、尻から落ちて、肺から息が絞り出されて。

 あの赤い少女は何をした?


「ハァ……あの子は……!」


 見れば広場の中央で、目で追うこともできない凄まじい戦闘が繰り広げられていた。

 ……なんだこれ。

 俺とは、遊びだった、ってか?

 ハハ、心から楽しんでいたのは、俺だけなのか?


「ん、だよ……それ。笑える」


 声も掠れ掠れに、そう洩らす俺は、それを見て『超カッケー』って思った。

 実際に力があって、自分の手で戦うことができて。


「逃げて来たばかりの俺とは、紛い物の力しか振るえない俺とは、大違いだ」


 そう口にして、自分で疑問に思う。

 逃げて来た、ってなんだろう。

 確かに俺は、目を覚ましてから何かと逃げてばかりだった。

 けど、それだけじゃない。もっと、ずっと前から。

 俺は何かから、逃げていた気がする。

 何かはわからないけど──つっ。


「頭痛……これ、俺の失くした記憶に何か、関係があるのかね」


 頭痛と共に、視界にノイズが走る感覚。

 その視界の中に、時折映る光景。

 ……誰か、女の子に、虐められてる?


「──ッ!」


 ……なんだ今の。

 もしかして、俺の、記憶?


 ーーーーーーーーーーーー


 世界が激しく明滅する。

 見えるか見えないか、そのギリギリを世界が遮る。

 だけど問題ない。頼るべきは視覚ではなく、鋭く研ぎ済まされた感覚だ。

 右から剣が振り下ろされるのを感じ、咄嗟に使い捨ての防護魔法陣を展開。高い金属音がして剣を防ぐ。

 と思ったら今度は左から何か刃物が迫る感覚。【大罪の英霊】が手にしていた刃物は一振りの大きな剣のみ。

 どんだけ剣捌き速えんですか……!

 もう一つ、使い捨ての防護魔法陣を展開。いつもストックしているのは八つ。残りは六つだ。

 一歩、一歩、【大罪の英霊】との距離を詰めれば突き放される。彼我の距離はいつまでたっても零にならない。


「埒が明かない……!」


 私は、賭けに出ることにした。

 一瞬でもタイミングを間違えればアウト。具体的に言うと、やろうとしていることができないまま終わる。

 でもこれしかない。相手は【大罪の英霊】。時間をかければ、周りを気にしなければ、こんな危険な手を取る必要はない。

 でも、いつまたクロネさんが戻ってくるかもわからない。


 早めに決着を──ッ!


 私はまた一つ、魔法陣を自分の足元・・・・・に展開。そして、右掌の魔法陣から炎の波動を放ち、【大罪の英霊】の目の前の石畳を粉砕する。

 途端に上がるのは、土煙だ。

 相手の動きが止まったこの瞬間に【大罪の英霊】の背後に回り──


「ァああああああああ!!」


 ──その背中に、蹴りを食らわせた。


 ────ッキィーン


 そんな私の捨て身の攻撃は、アッサリと、無骨な剣によって防がれた。

 お終いだ。最後の手も尽きた。

 もう、【大罪の英霊】を止めることはできない。






「──なんて、言うと思ってるわけありませんよね?」






 靴の裏に仕込んでいた爆破魔法陣を起動。小さな爆風を巻き起こし、【大罪の英霊】をよろめかせる。


「もういっ──ちょ!」


 加えて回し蹴り。バランスを崩す彼に追い打ちをかけ、目的の場所へと誘導する。

 そして、その足が展開された魔法陣・・・・・・・・の中心に踏み入れた瞬間。


「──爆砕し──破壊し──全てを灰燼へと──死を恐れる弱き者──その力を無に帰せ! 爆焔陣・一極──ッ!!」


 爆焔陣と呼ばれる、純粋な火力では陣式魔法トップクラスのそれを、発動した。


 爆発が爆発を誘導し、小さな爆発が大きな爆発へと。

 それは連鎖し、絶えず【大罪の英霊】の身を焼き焦がす。

 呻き声が聞こえる。まあ、当然。ダメージは相当なモノのはず。

 私はその中に足を踏み入れる。


「──ッ」


 皮膚が灼け、爛れていく感覚に顔をしかめながら、それでも歩みを止めず、【大罪の英霊】の元へ。

 熱い暑いアツい熱い暑いアツい。

 息ができない。爆発に酸素が持っていかれるのだから当然。

 それでも私が死ぬことは、ない。

 そして、ようやく、私と彼の距離は零に。


「……私があなたに近付かなければならなかった理由は二つ」


 一つは、結界魔法陣は私を中心にして展開されるから。


 結界魔法陣を展開。起動。

 私と【大罪の英霊】が焔の世界から隔絶される。


 二つ、


「私が扱える転送魔法陣って、とっても使い勝手が悪いんですよ。例えば、遠くに落ちてる石ころを転送させたいとすると、わざわざその石の元まで行って、起動用の魔法陣を展開してその状態で待機させなきゃならなくて。しかも、転送させられるのは私の掌にだけ」


 そして、その転送用の魔法陣を展開させていた左掌を、【大罪の英霊】に向ける。

 彼の目は、どこか怯えているように見えた。


「……そうですね。ここでこの魔法陣を起動させちゃえば、私諸共木っ端微塵です。まあでも──」


 私は、私自身が展開させた結界魔法陣の強度を上げ、


「──これだけ密閉された空間で、あなたの動きを止めるほどの威力を持つ【楔の槍】を放てば。あなたも、私と仲良くサヨウナラ──じゃないですか?」


 転送魔法陣、起動。

 熱と断絶された空間に、新たに熱源が現れる。

 風で酸素を操作し、常よりも凄まじい炎を顕現させ、その熱で氷が一気に水蒸気になり爆発。その繰り返し。

 そんな、三属性を兼ね備えてなお殺せない【大罪の英霊】を、

 威力を一極集中させることで、殺す。


「楽しかったですよ。初めて戦った時を思い出しました。……そして、今までありがとうございました」


【楔の槍】が、動けない【大罪の英霊】を貫き、核よりも威力のある爆発を、この密閉された空間で炸裂させる。


「──さようなら」


 ーーーーーーーーーーーー


 どこかから、狼の遠吠えのようなモノが聞こえた。


 それと同時に、目の前で凄まじい炎が巻き起こる。


「んなッ……」


 あの騎士が、呻いているように見える。

 なんだこれ……こんな凄えの? あの子。

 赤い少女は、めちゃくちゃ強かった。

 これはもう、次元が違う。

 ああ──カッケぇなぁ……。


 だけど、次の瞬間に赤い少女が取った行動は理解できなかった。

 このまま行けば押し切れそうなのに、少女は業火の中に足を踏み入れたのだ。

 何を……して……。


 しばらくして、爆焔の中心に何か、膜のようなものが現れた。

 半透明で、幾らか中の様子が見える。

 そして、見てしまった。

 あの膜の中に、轟々と燃える、あの槍が──


 それを認識した瞬間、全てが爆ぜた。


 ーーーーーーーーーーーー


 燃え盛る炎の中で、少女はとある夢を見た。


 遠い世界。現世と呼ばれる世界の、地球の、日本で。


 何やら大勢で、高校という教育機関に通う、そんな朝。


 そこには、あの黒髪の少年もいて。


 とても、とーっても、楽しいと思った。


 ーーーーーーーーーーーー


 爆風に煽られその場に伏せることしかできなかった俺の視界に、最初に飛び込んできたのは圧倒的な白だ。

 少しして、その白は、強烈な光に目がやられたのだと気付く。

 またしばらくして、本当の意味で視力が回復した時、そこに存在したのは巨大なクレーター。

 その中心に、一つの影。


「────?」


 赤い少女か……などという希望はすぐに打ち砕かれる。

 その影は、紛れもなく闇色の騎士だった。


「……ハハ、嘘だろ」


 乾いた笑みが溢れる。

 見れば、影は一つのみで赤い少女の姿はどこにも見えない。

 あの少女が、跡形もなく消え去るような爆発で、アイツは生き残ったっての?

 圧倒的な理不尽。勝てっこない。

 逃げなきゃ。


「あ、ああ、そうだ。逃げなきゃ。別に戦って勝つ必要なんか無かった。最初から逃げてれば良かったんだ」


 また、俺が殺した。

 そうだ。キツネなんて置いて逃げれば良かったんだ。そうすれば、あの子はわざわさアイツを殺さなくても済んだ。帰投魔法陣とやらでどうとでもなった。

 俺がワガママを、バカを言ったから、あの子は捨て身の攻撃なんてしなきゃいけなかった。


 ──俺のせいだ?


「ァ、アあ、あァアあぁア?」


 ──走り出した。


 意味のわからない奇声を上げ、騎士に向かい走る。辺りにはまだ熱気が残っていて肺を焦がす。痛い。熱い。息が苦しい。

 もつれながら、どうにか騎士の目前に立つ。

 そして、拳を振りかぶり騎士めがけて突き出す──が、アッサリとかわされる。そのままバランスを崩し転倒。

 もうこのまま眠ってしまおうか。石畳のその下、抉られた地面が鉄板のような熱を放ち、触れるそばから神経がズタズタになっていく。

 そんな俺を、騎士は──哀れむような目で、見ていた。


 ──ああ、今日だけで、色んな目を向けられた。


 キツネには、親を見るような目を向けられ、

 ネーマーの少女には、優しそうな目を向けられ、

 路地裏で出会った少年には、憎悪の篭った目を向けられ、

 この騎士には、闘志の宿った目と、哀れむような目を向けられ、


 ──赤い少女には、呆れるような目を向けられ。


「あー……あ、カッコわる」


 騎士が剣を振り上げた。それをただなんとなくの感覚で感じ取り、それ以上は知りたくないと目を閉じる。











 だから気付いたのだろうか。


 辺り一帯から聞こえる、数々の、狼の遠吠えに。


 耳を済ませればあちこちから、遠吠えが連鎖し、俺の耳に届く。

 閉じた目を開ければ──そこには、


「…………キツネ?」


 狼の姿をしたキツネと、たくさんの黒毛の魔獣が、広場を囲むようにして並んでいた。

 一匹が騎士に飛びかかると同時、もう一匹が俺を拾い上げ、騎士から距離を取る。

 騎士に飛びかかった一匹は、剣でその身を裂かれる──が、斬られたのは上辺の魔力だけのようで、すぐに元通りになった。

 何が起こっているのか。

 理解するまでに、そう時間はかからなかった。


「さっきの遠吠え……仲間、呼んでたのか……?」


 騎士から離れた場所に降ろされた俺の元に、一匹の魔獣が近寄ってくる。

 その一匹は──キツネは、一つ吠えると、その姿を一丁の拳銃に変える。

 そして、他の魔獣達も次々と姿を変える。

 そして出てきたのは、たった一つの弾丸。

 あれだけいた魔獣が、掌に収まるほどの小さな弾丸になったのを見て、思わず笑ってしまう。


「……ハ? こんな小さな弾で、アイツを倒せると思ってんの……?」


 言いながら、俺は弾丸を拳銃に込める。

 騎士は、今も囮となっている魔獣相手に剣を振るっている……が、心なしか、その動きが鈍っているように見える。

 そりゃそうか。あれだけの爆発に耐えただけでも凄えってのに……限界なんだよな。

 今なら、倒せる。


 両手で拳銃を構える。使い方なんて知らない。もしかしたら外れるかもしれない。

 でも不思議と、手は震えなかった。


「あー……あ。もう身体ボロボロだよ。痛いし辛いし苦しいし。全然楽しくない。当たり前だよなぁ……俺自身は弱くて、あの子やキツネに頼らないと、もうとっくに死んでるっつーの」


 照準を定め、引き金にかけた指に軽く力を込める。


「でもまあ──死にたいとは、思わないかなぁ」


 ────ドゥンッ


 思ったよりも鈍く低い音と共に、魔獣何十匹もの魔力が込められた弾丸が、放たれた。


 その弾丸は、騎士に向かって一直線に飛び、やがて騎士が構えた剣にぶち当たる──が、それを貫き、重厚な鎧すらも貫通し──胸を穿った。


 とても静かに、静かに。


 騎士は、クレーターの中央に、倒れた。





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