第一章10『撃破のち脅威』
「……よっと。ん? ちょっと丈が長くなったか? これじゃコートってよりマントだな」
図書館の前でやることを終え、俺は少し長くなったコートに再び身を包んでいた。
このコートはもちろん、あの黒い魔獣──キツネだ。
「さってと、んじゃちょっと魔人とやらを探してみましょう……か?」
そう呟いたところで、何かが遠くから迫って来ているのが見えた。……それは三つ。
一つは炎を纏いながら、
一つは冷気を発しながら、
一つは強風を巻き起こしながら、
それらはドンドンと近付いてくる。
ま、マジで……?
「やっべー……あっちの方から来ちゃったよ。本当はこっちが先に見つけて不意打ちー……って作戦だったのに」
おそらく、あれが赤い少女の言っていた三体の魔人ってことで合ってるのだろう。
……だとすれば。
「……だとすれば、あの後ろからドンドン迫って来てる紫色したデカブツは、ナンデスカ?」
思わずその前にいる三体の魔人が眩むほどの、圧倒的な存在感を放ちながら迫る闇色の騎士。
まるで魔人はソイツから逃げているようだった。
味方……? にしては、なんとなーくあの紫色の方が悪者って感じがビンビンするんだけど……笑ってるし。
表情がハッキリと見えるわけではないが、口元がニヤリと笑っているような気がする。
……これは、あれかな?
「全部まとめてぶっ飛ばしちゃえば良いのかな?」
なんて、数時間前の俺なら絶対に考えなかった、『敵を倒す』ということを口にする。
「キツネ、今ならコート以外にもなれる?」
俺がそう、コートに向かって喋りかけるとどこかから猫の鳴き声がして、
「おお」
背中に、鞘に収まった剣が現れた。危なっかしく抜いてみると、やはりその色も黒かった。
わかってらっしゃるキツネさん。これちょーかっけー。
さて、今なら負ける気がしないわけだが。
「おっしゃぁ! かかってこいや魔人ども──」
剣を構えた俺のすぐ横に、氷の礫が飛来した。
「……………………」
次いで火の玉が飛んで来て、それが俺のすぐ目の前に着弾。それを煽るように強風が吹き、瞬く間に小さな火が大きな火へと変わっていく。
あっという間に、火に囲まれた。
その中で俺は、構えた剣をそのままに、
「──無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だぁー!?」
ビビった。
あっれー!? 予想以上に恐い! 恐い恐い恐い! 死ぬの恐い!
何こいつら手加減とか知らないの!? 俺の記憶の限りだと、俺ってば戦闘未経験者なのよ慣れるまで待ってくれたって良いじゃないのよぉー!?
そんな俺の心境に構わず魔人がドンドン迫る。迫る迫る。同時に恐怖に俺の身体が蝕まれていく。
あ、マズい足が震えてる。
顔の筋肉が強張り、歪な笑顔を浮かべたままその場に立ち止まる。
逃 げ ら れ な い 。
そして、炎、風、氷、その全てが俺に向けて放たれた。
「のォおおおおおおお──ッ!?」
「何やってんですかホントにもォー!!!!」
ーーーーーーーーーーーー
「んんー……もう二時間やったか。少し休憩しよ」
まだ一人も攻略できてはいないが、一旦エロゲを切り上げることにした魔王。
いつもなら何時間だって続けられるのだが……何か、ずっと、こう、引っかかってる感じがする。
何か嫌な予感とでも言えば良いのか。
「……どれ、勇者の方はどうなってるかな。あの仲良さげにしてたのとナニか間違いが起こってたりしませんよね……?」
開・眼──
「──ぬがァああああ!? なんじゃこりゃどーなってんのォおおおおおおおお!?」
開いた視界に見えたのは、燃える街。
そして、勇者が何かと相対しているところだった。
この二時間で何が起きたのか。まったく訳がわからない。
とりあえず、勇者がピンチ、と。
……いやいや、あの勇者がピンチなわけねーべさ。
「……でもなんか、いやーな感じはするなぁ」
なぜなら。
「……この攻め方、規模は小さいけど……キマイラが得意な攻め方じゃん」
キマイラは、敵を炙り出す為に他の人間を殺すことを躊躇わなかった。その事自体は僕も容認していたし、人間を殺すことが悪だなんて思っていない。
だって僕らは魔族の悪魔なんだから。
もう、人間じゃないんだから。
だから、この怒りは別のところに起因する。
「ほとんど僕のせいで死んじゃったキマイラの真似するなんて……まったく、僕への当て付けかな? ──買ってやろうじゃん、その喧嘩」
なんだかんだで一番僕の側にいてくれたキマイラ……その恩返しって訳でもないけど。
──ただひたすらに胸クソ悪い。それだけだ。
「さァーて、久々の魔王凱旋ですよっと。……もう、部下もいないけど」
数百年ぶりの外だ。
少しくらい、暴れすぎても許してくれるかな。
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この世界で随分と聞き慣れたその声が聞こえた。
ふわりと舞う紅い髪はやはり炎のようで。
横顔にチラリと浮かぶ緋色の瞳はどこまでも透き通っていて、まるで宝石のようで。
どこか空から飛んで来たのだろうか。ベルトを巻いたワンピースが、ベルトギリギリまで持ち上がり──見えた。
「フンッ!」
「ぬらばぁッ!? ……た、助けといて蹴るってこたぁ無いだろ!」
「じゃあ今何を見ました?」
「赤かと思ったら普通に白」
「──白塵舞え」
「のわぁー!? ちょ、何今の。遥か後方、図書館の一部がめちゃくちゃに爆発しちゃったんですけど!? 俺が避けなかったらアレに巻き込まれてたってことですよね!?」
「あなたいっぺん死んでください」
そうそう、こんなやり取りも何度もした。
俺の目の前にいたのは──
「──あれ、名前なんだっけ」
「この後に及んで……! ……って、今、名前を聞きました?」
「へ? そうそう。あんたの名前。なんだっけ? 俺聞いてない気がするんだよね」
「……そりゃあ、あなた、私の名乗り邪魔しやがりましたから。でもまあそれも、さっきスッキリしたんで良いんですけど……あ、そうだ」
赤い少女はニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべ、
「名前、知りたいですか?」
「ん? だからそう言って──」
「教えてやりませーん! ばーか!」
──そう言いながら、可愛らしく舌を出す少女に、俺はときめ──くはずもなく。
心底、イラっとした。
「ブッ殺してやる!」
「できるもんならやってみてくださいよベーだ!」
「上等だ! 俺がこの街に入る前の俺だと思うなよ!?」
「あ、そう言えば、そのコートどこで──」
そんな俺たちは、三体の魔人と闇色の騎士さんを忘れていた。
そのことが琴線に触れたのか、魔人は俺たちに向かって攻撃して来るが……、
「うっさい!」
俺と赤い少女、二人の声が重なり、
俺は黒い剣を縦に振り──黒い衝撃波を放ち、
赤い少女は右掌に何か赤い魔法陣を浮かべ──そこから途轍もない炎の奔流を生み出した。
黒と赤の攻撃に翻弄され……三体の魔人は、アッサリと消滅した。
「な、なんですか今のは!? あなた魔法とか使えるんです!?」
「はぁ? んなわけないでしょ。今のはコイツがやったの。コイツ」
そう言って俺は黒い剣とコートを指差した。
「…………はぁ?」
赤い少女は当然、そんな反応を取る。
それに対し俺は、
「キツネ」
呼びかけると、黒いコートと剣は煙のようにぶわっと霧散し、一つの形を取る。
それは何度も見た凶暴な姿。
俺の数倍の大きさをした──黒いオオカミ、魔獣だった。
「は、はぁああああああああ!? ちょま、待ってください! キツネがっ、コートやら剣に!? ……って何を寒そうにしてるんです?」
「い、いやぁ……背中がスースーするの、忘れてた訳よ。……この背中をどうにかする為に、でっかくなってモフモフで温めてくれないかー、っつったら、キツネがコートになってな?」
「…………駄目だ、訳がわからない」
「安心しろ、俺もよくわかってない」
ガタガタと震えながら言う俺は、どことなく間抜けに思えた。
「にしても、随分と弱っちかったような気がしますね。あの魔人ども。本来なら今の魔法程度で死ぬはずが無いんですけど……。魔力切れ起こしてたみたいだし、もしかしたら最初からそこまで強くなかったのかも?」
「まあ、何はともあれ……魔人とやらは倒したし、あとはあの紫色の奴か」
言いつつ、未だに襲って来ない闇色の騎士を見る。
その目はどこか興奮しているように見えて、ハッキリとは見えない顔も、口元がニヤリと笑っている気がした。
────ゾクゥッ
背中を、何か悪寒のようなものが駆ける感覚。
これは、ただの勘だけど……
あの闇色の騎士、俺を狙ってないか?
「ああ、あれなら大丈夫ですよ。私が召喚したんで……きゃあっ!?」
俺より、魔獣より大きな騎士が──俺に向かって突進して来た。




