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魔王と勇者と黒猫と。〜GAME SIDE〜  作者: 紅条
《魔界編》第一章
12/30

第一章 7『鼻血ブー!』

「くぁ、ああ……」


 微睡みから覚醒までに要した時間、きっかり十秒。

 現在時刻を確認するために時計を見る──と。


「……ああッ!? 時間過ぎてる……ゲームは届いてる……!?」


 急いで郵便受けを確認しに起き上がる。

 重い身体を引きずって、どうにかこうにか辿り着き、しかしその中身が無いことを知ると、安堵の息を吐く。


「良かった……まだ届いていないのか。いや、それはそれでキレるけども。でもまあ、届いて直接受け取って、そのまますぐにゲーム開始……この流れは死守できたし、良しとしようか」


 悪魔アマゾンに頼んで丁度一日。そろそろ届いても良い頃だろうか。

 ちなみに悪魔ゾンとは、『悪魔が運営し、ゾンビが配達する通販会社』の略らしい。何かアブナい気がするのだが、その前身が魔族商会であるらしく、であればそこまで心配することもなかろう。

 ……いや、アブナいってそういう意味じゃなくて、なんかこう、パクり的な? 何のパクりかはよくわからない。なんでパクりだとか思ったのだろうか。


「まあいいや。……ゲーム届いた時に寝起きのこの顔じゃあ流石にアレだし、身支度くらいは整えようかな」


 水の魔法で顔を洗い、それを風の魔法で乾かす。

 床を汚さないように小さな転送魔法陣を展開し、そこに水を落としてどこか遠い場所へさようなら。

 ボサボサの頭を櫛でとかし、それらしくなったら完了。


「……やっぱ、僕カッケーと思うんだけどなぁ……?」


 鏡を眺めて自然と洩らす。

 このイケメンの何がいけないのだろう。

 かれこれ数百年。遠くから愛を贈り続けているのだが、あの子は振り向いてはくれない。

 呪いをかけたことをまだ恨んでいるのだろうか。だとしたら、それはお門違いなのだが。


「元々仕掛けてきたのはあっちだろうに。危うく殺されると思ったし、あれくらいやり返したって良いじゃん……まあ? ツンをデレに変えてく過程も楽しいんですけど! しかもロリ! ヒャッホォォウ!」


 ……おっと、いかん。三日徹夜して久々に寝て、そして起きて。まだ少しテンションがおかしい。時間的には夕方を過ぎた頃なのだが深夜テンション真っ只中だ。

 己の、エロゲに染まりまくった脳を落ち着かせ、久々にあの子の様子を見てみようと魔眼を開く。


「──開・眼」


 これはとある対象とその周辺を、どれだけ離れた場所にいてもその目に映し出す魔法のろい……あの子と出会う前に、なんとなくで作り出した魔法だ。

 この魔法の対象をあの子に定め、数百年間見続けてきた。それにあの子も気付いている。

 気付いていても、どうにもできない。

 基本、呪いは『解呪』することでしか逃れる術は無い。

 だが、あの子が得意としていた光魔法──それに解呪の魔法は無い。光魔法は大抵の呪いを打ち消すことでその呪いを無効化するからだ。だから、ほどく為の魔法が存在しない。

 ……しかし、僕は『魔王』。光魔法程度で打ち消されるような呪いなんて作らない。

 やはり、一つ一つ手順を踏んで、解かねばならないのだが……。


「ま、それにしたってかなり複雑だし、そうそう成功しない。となれば、あの子は諦めた方が早いわけだ」


 そんなわけでこの呪いは数百年経った今でも解かれることなく存在している。


「…………ん?」


 数日ぶりに覗くあの子とその周辺。

 そこに、気になるものが映っていた。


「……なんだ、こいつ? やけにあの子と仲良さげに話しやがって。……っていうか」


 この景色には見覚えがある。

 直接見たことがある、という意味で。

 つまり、今あの子がいるのは──


「ああ、魔界に帰って来たんだ……勇者──ッ!」


 遠く、異世界へと消えてしまった勇者。

 彼女はただ一度の世界移動に留まらず、何度も何度も別の世界へと足を伸ばしていた。

 まるであの子の意思は関係無いような移動の仕方だったが、もしかしたらあの転移はランダムで、そう簡単に魔界に戻っては来られないんじゃ? と思っていただけに喜びが凄い。


「こうしちゃいられない。今すぐ会いに行かなきゃ……!」


 魔眼を閉じ、出掛ける準備を始める。

 と、そんなところに、


 ────ピンポーン


「あ!? ゲーム届いた? よっしゃ!!」


 僕は魔王。

 数百年前に勇者である、赤い少女と闘い、その末に勝利した者。

 現在は、エロゲにドハマりしていて、そのためには寝る時間も惜しむほど。

 そんな僕の本命は勇者だが。


 ──目の前に吊るされた餌を食してからでも遅くはない、そう考えてしまう、ダメ魔王ぼくだった。


 違う、浮気じゃないんだよ勇者ぁー!!


 ーーーーーーーーーーーー


「──へくちっ」


 そんな可愛らしい声が隣から聞こえた。声というよりくしゃみか。


「なんだ、風邪でも引いた?」

「いえ、そんなことは……というか、そもそもくしゃみから風邪を連想するっておかしいと思うんですよね。風邪を連想するのは普通くしゃみじゃなくてせきでしょうに。ほら、風邪引いてる時って、鼻が痛くなるだけでくしゃみできないじゃないですか」

「そうか? 寒けりゃくしゃみするだろ。んで、寒いって感じるってことは、もしかしたら風邪を引いて熱出してるかも──ぶぇっくしゅ!」

「ちょ、こっち向いてくしゃみしないでくださいよ」

「ああ、悪り……。あーくそ、風邪引いたのは俺か? ったく、いきなり空から水が降って来るとか……わけがわからん」


 街に向かう道中。……道らしき道なんて無いが。

 歩き始めて十分経った頃だろうか。いきなり空から水が降ってきた。

 雨ではなく、水が。こう、ドバァーッと。

 しかも起用に赤い少女だけ避けて俺に降りかかりやがった。ちなみに小さくなった魔獣は俺の頭の上に乗っていたのだが、いち早く気付きアッサリ避けやがった。

 なんか、こう、納得いかない。なぜ俺がこんな目に。

 赤い少女の魔法、その火で乾かすことは出来たが……まだちょっと寒い。

 というか、背中が寒い。何故かって聞かれたら、燃やされたから。


「あ、背中の火傷は大丈夫です? ヒールかけたから傷は残ってないはずなんですけど」

「あれね。あなた全然悪びれないよね! あんまり火は大きくしなくて良いって言ったのに、それも聞かずに思いっきり火を出して俺の背中燃やしたってのに!」

「だって長く火を出してるの疲れるしめんどくさいんですもん! あれだってただじゃないんですよ!? 魔力消費するし。だったら一気に乾かしちゃおうと……っていうか、私がいなかったら今もずぶ濡れのクセしてよく偉そうな態度が取れますねっ?」

「その結果背中がスースーしてガタガタ震える結果となった訳だけど!? そりゃずぶ濡れでいるよかマシだよ。マシだけど結局風邪引きそうなんだけど! もう夜だし寒いし!」

「ニャ〜」


 俺の頭に再度飛び乗ってきた黒い猫──魔獣が可愛らしく鳴く。

 それを聞いて俺たちは少し落ち着きを取り戻す。


「はぁ……っつーか、街まで遠くありません? 本当にあるんですか?」

「こっちであってるはずなんだけどなあ……夢の時は昼間だったから街が見えたけど、暗くて遠くまで見えん」


 目を凝らしてみるが、街があると思われる場所には闇が広がるばかり。

 ……ん? いや、おかしいな。

 確か今は祭りの最中。夜になったからってその明かりが見えなくなる……なんてことはないはずなのだが。祭りの会場が街の中心部だから光が外まで届かないだけか?


 そんなことを考えていた俺に、赤い少女が顔を寄せてくる。


「な、なんだす?」

「なに噛んでんですか気持ち悪い。……それは置いておき、今なんて言いました?」

「は?」

「──夢、とか言いやがりましたか?」


 胡散臭いモノを見るような目で俺を見る赤い少女。

 背が小さいため、自然と上目遣いのようになる。……アレだね。こいつ生意気だけど可愛いし、何より下からジト目ってシチュエーションがヤバい可愛い。

 そんな俺はなぜか鼻血を噴いた。


「は? ちょ、わぁー!? なに鼻血出して……って倒れたー!?」


 なんだろうか。

 記憶を失う前の俺は、こういうのに弱かったのかね……?


 ゆっくりと、意識が遠のいて行く。


 ーーーーーーーーーーーー


 鼻血を噴いて倒れる。なんてことが実際に、目の前で起こるだなんて思わなかった。

 うん、まあ。


 凄く気持ち悪い。


 だって、睨んだら鼻血噴いて倒れたんですよ? 睨まれることに性的興奮を覚えるとかちょっとどうかと思います。えっちぃとか変態とかそういうの抜きにして、人間として。

 あ、ちなみに私は魔族の悪魔なんで人間じゃありません。

 この事は、この人──ユキムラ クロネさんには言ってません。

 多分この人は、現世の日本から来たんだと思う。日本語喋ってるし。

 まあ、そんな日本から来た彼の常識は、多少慣れて来てるとはいえ、この世界の常識とは大きくズレがあって。

 私が魔族だなんて知ったら恐れてしまうはず。

 ……実際に襲われたのに魔獣を連れて行く、だなんて言うくらいだから、もしかしたら恐れるとか無いかもしれないが。


「……不思議な人ですね」


 そんな彼を私は今、担いでいます。

 どうやって? ……魔法陣使ってですけど?

 ケッ! どーせ小さくてクロネさんのことなんて担げませんよバーカ!!

 最初は黒い魔獣が大きくなって背中に乗せようとしていたけど、それはやめさせた。

 その状態で街に近づくと街の人がビビっちまう、とかそういうんじゃなくて、単に私が嫌だから。

 だから一つ睨んで「そのままでいろ」と言ってやった。そしたらすっかり萎縮しちゃいましたね。ザマアミロ。


 ……こほん。


 クロネさんが不思議なのは、その発言の節々から滲み出ている。

 記憶喪失だとか、別の世界から来たとかはまだ普通の範囲で済ませられる。いや、十分に不思議なんですけども。


 例えば、さっきクロネさんが口走った『夢』という言葉。

 例えば、この世界で目が覚めたばかりにしてはやけに魔獣や魔法に対しての適応が高い。

 例えば、…………。


「……わざと、私に名乗らせないようにしてる、とか」


 彼は一度も私の名前を聞こうとはしなかった。それどころか、わざわざ名乗ってやろうとしたらそれも遮った。

 それだけならわざとではない、偶然で片付けられたかもしれない。

 だが明らかに、彼は私を名前で呼ぶことを避けている。

 ……何百年と生きてきた、ただの『勘』なのだけども。


 勘なのに『明らかに』とか言うな……って? 知りませんよんなもん。


 ……私は勇者。魔族の悪魔スクブスにして、打倒魔王を掲げた光の戦士。

 そんな私は今は、七つの世界を放浪する転移者。

 そんな私には名前がある。スクブスという種族としての名前ではなく、憲兵だった親から貰った名前が。




 クロネさんに何があったのかはわからない──が、いつか絶対にこの名前を名乗ってやる。




 ……今は、無理な気がするから、無理して名乗りはしないけど。


 べ、別にまた邪魔されるかもとか怖気付いたわけじゃありませんし!

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