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「じゃぁヒロインである私にしか見えないって事かな?」


 情報画面をスクロールしながら、情報を読み取っていく。やはり桜子の目にはきちんと見えるしここにある。桜子の為だけの世界だからなのだろうか。東雲の好感度をついでに確認をする。やっぱり好感度マックス間近で、情報画面の中の東雲 雅は熱い眼差しで頬を少しピンクに染めて桜子を見ている。間違いなく東雲は桜子の物のはずだった。しかし、いつもと違う攻略対象者達の態度に不安が煽られ、意図せずに頬に涙が伝う。


「…………雅、ちょっとごめん」


 何を思ったのか莉子が東雲の背中を押して、桜子のほうへと向かわせる。不意を突かれて、東雲は驚きながらも桜子に近づいてくる。どこか普段よりもよそよそしい態度に不安がよぎった。しかし、ある時点で表情が変わり、熱を込めたいつもの表情で桜子の元へ自らやってくる。


「え?はっ?何すんだっ……………………僕の子猫ちゃん、なにを泣いているの?ほら、子猫ちゃんに涙は似合わないよ。いつものように僕に子猫ちゃんの輝くような笑顔を見せてくれないか?」


 東雲は桜子の腰を抱きよせ、親指で頬の涙を拭ってくれた。そして覗き込むように桜子を見つめる。そのうっとりするような甘い雰囲気も、漂う色気も桜子のよく知る東雲でやっとホッとできた。


 やはり先程の、東雲の拒絶は夢だったのだろうと早速結論づけてしまう。頬にあたる大きな手に自分の手を添えて瞳を閉じた。こうしていれば安心していられる。東雲は永遠に桜子のものになるのだから。


 しかし、その場の雰囲気を壊すかのように楽しげな声が莉子以外の女生徒から上がる。そういえば、彼女達はいったい、誰なのだろうか。


「あら?面白そうですわね?俊彦さんもいってらっしゃいまし」


「勿論、草太もね」


 そう言ったかと思うと自分の隣に立っていた北上や南葉を前に押し出す。


「海斗はいっちゃ駄目。離れてよ?」


 ただ一人ツインテールの女生徒だけは辰巳の腕に自分の腕を絡めて、保健室の隅へと逃げていく。

 北上と南葉も最初は嫌そうな表情を浮かべていたのに、近づくにつれ瞳の色が変わり桜子へと愛の言葉を次々に囁き始めた。まさに手をとり、腰をとりハーレムの王様にでもなったような気分になる。桜子の為にだけ存在する攻略対象者達にちやほやされるはとても嬉しい。その瞳に情欲が垣間見ることができれば、求められていることにゾクゾクするほどの歓喜に襲われる。ここがどこで、この場に誰がいるのかを忘れそうになってしまった。


「いやーこれは、面白いわ。蘭丸も混ざってくればいいじゃん。あの調子だと男共、理性をなくして押し倒しそうだよ」


「嫌だよ。複数とかそんな趣味ないし。俺は莉子がいればいいの。それより、先生焚きつけてどうするんだよ。アレ、後でバッチリ記憶あるんだぜ?口と手が勝手に動く恐ろしさ、お前わかんないからこんな酷い事できんだよ」


 のんびりとした莉子の声に気づきそちらに視線を移せば、蘭丸が莉子を後ろから抱きしめて顎を頭の上に乗せている。仲睦まじい様子にやはり桜子は面白くないと思った。辰巳もそうだ、ツインテールの女生徒の言いなりになって隅で体を丸めている。大体、莉子とその他の女生徒はいったいなにがしたくて、ここにいるのだろうか。そんな疑問が頭を掠めた。


「うん?なんとなくわかったよ。雅を責めるのは可哀想だってことは。しょうがないなぁ。雅、こっちおいでいいもの見せてあげるから」


「子供かっ?」


 スマートフォンを横に振りながら、まるで犬を呼ぶかのように雅に声をかける。


「えぇ?子供にこんなの見せないよ。千春ちゃんのお着替え中写真。あっ、ほら振り切ったよ」


 莉子が最後まで言い切る前に、うっとりと桜子を見ていた雅の瞳に冷静さがもどり、スっと真顔になると勢いよく振り返った。そのまま北上と南葉に桜子を押し付けると莉子の方へと歩きだそうとする。

 気のせいかもしれないが冷静になった東雲の瞳に、突き放すようなそして侮蔑するよな感情が浮かんだように感じた。思わす腕をのばし東雲の腕を掴んだが、まるで邪魔だとでもいうように振り払われてしまった。


 ショックを受けて固まる桜子の横では、まだ北上と南葉がなにかを言っていたがなにも耳にはいってこなかった。東雲だけが欲しかったのだ。東雲が桜子の唯一なのだ。横槍をいれることは許さない事だと感じた。


「莉子、やっていいいことと悪い事がある。桐野院に近づけるなよ。うっかり勢いそのままに押し倒したらどうしてくれるっ!!ついでにさっさとソレをメールに添付してよこしなさい」


「はいはい、ごめんごめん。コレは完全に盗撮だから本人にバラしちゃだめだよ。小遣い減るから」


 桜子がこんなに嫌な思いをしているというのに、莉子と雅の仲の良さを見せつけられた。雅のメールアドレスも携帯番号も桜子は知らない。教えてもらえなかったのだ。それもエンディングを迎えれば教えてもらえるからと無理に聞き出す事はしなかったのに、なぜ莉子が知っているのだ。


「莉子さんとおっしゃったわよね?今ので分かったでしょう?東雲先生は私の物よ」


 そんな様子を見るのも嫌で、無駄に挑発したような言い方になってしまった。すると何かに気づいたように莉子は違うちがうと手を振った。


「あぁ、そっか。まだ言ってなかったね。雅は来年うちの母と結婚するから、一応私は娘ってことになるのよね。こんな父親いらないんだけど。雅、年上専門だって知ってた?十歳は離れてないと駄目なんだよね?」


 高校生が主人公なのに、年上専門の攻略対象者がいて良い訳がないと桜子は思う。なんだか莉子に得体の知れないものを感じて眉をひそめた。まるで桜子の言葉が通じていないのだ。


「まぁ、さっき桐野院さん空中にむかって一生懸命なにかしてたし、1メートル圏内に近づくと桐野院さんを口説き始めるみたいだし、その、なに?乙女ゲームの中?ての?それが本当でも嘘でもいいんだけどさ。間違いなく、雅はうちの母にぞっこんだよ?桐野院さんが言ってた攻略対象者って、要するにここにいる男でいいんだよね?今のところフリーなのは乾くんと蘭丸だけだから、こっちにターゲット変えたら?」


 桜子の前にすかさず蘭丸が叫んだ。


「莉子っ!!俺たち婚約までしてるって何回言ったらわかるんだよっ!卒業したら俺たちも結婚するのっ!」


「五月蝿い。プロポーズなんかされた覚えはない。ましてや付き合ってすらいないんだから、そんな戯言聞く必要なし。というわけで桐野院さん、蘭丸と乾くん以外は既に売約済みだよ。私はもう雅の言っている事の真偽は確かめられたし、貴方に忠告も出来たからもういいかな」


 確かに忠告なのだろうが、桜子は東雲を諦める気はさらさらなかった。だって、東雲と桜子は運命の赤い糸でむすばれた相手同士なのだから。エンディングさえ迎えてしまえば、後は桜子のものだ。他の攻略対象者達に至っては、ちょっとだけ摘み食いしたかっただけで、東雲を攻略する事には影響はない。莉子以外の女生徒達がいわゆる攻略対象者達の彼女というやつなのだろうと推測できるが、東雲さえ手に入ればどうでもいい事だ。そう桜子は結論づけた。


 先程の冷たい瞳は気になるけれども、桜子は主人公なのだから、いつも桜子に愛を囁いてくれる東雲を信じればいい事だ。


 今の桜子にはリセットボタンもセーブデーターもない。やり直しは二度ときかない事を桜子は失念していた。主人公という立場と現実で出会えた東雲に心を奪われてよく考える事をしなかった。


 だから莉子の言った言葉の意味をよく分かっていなかった。


 その後も桜子は、雅とのイベントを順調に進めていき、とうとう十二月三十一日を迎えた。温暖化のすすんだ今では珍しいことに前日に雪が降り町を白一色に染めている。だがしかし、これもエンディングのスチルには必須条件だ。桜子はやっと迎えた運命の日に心躍らせ、東雲との約束の場所へと向かう。これから年越しの為にお寺にお参りにいくのだ。


 駅前にいけば、満面の笑顔で東雲が桜子を迎えてくれる。そして寒かっただろうとポケットから両手を出すと冷たくなった頬を温めてくれた。

 やはり東雲は桜子を大事にしてくれる。頬を染める桜子の額にキスを落としてから手を繋ぎ、お寺へと歩きだした。


 そして、とうとうその瞬間が来た。お寺の裏の林の中で東雲が愛おしそうに桜子を見つめる。雪が降りそそぎ、除夜の鐘が鳴り響き始めた。これで東雲が手にはいると思うと興奮で変な答えをしてしまいそうだ。プロポーズの返事は「はい」の一択しかないけれど。


 ゲームでは肉体関係を匂わせていたのに、現実はキス止まりで東雲が桜子に手を出すことはなかった。けれども今日はお泊りになるはずだ。可愛い下着も新調した。とうとう桜子と東雲は結ばれるのだから。


「僕の子猫ちゃん。君を見ていると不安で心が壊れそうになるんだ。どうか永遠に僕の物になって?結婚しよう?」


 ゲームの通りのプロポーズだ。桜子は勝ったのだ。唇を重ねようと東雲が首を傾けて近づいてくる。

 幸せのあまりに涙が一筋こぼれ落ちた。


「はい、雅さん。愛してます」


 これで、口づけをするとエンドロールが流れるのだ。

 温かい唇がそっと重なる。

 雅を手に入れた瞬間だった。


 が。




 ドンと突き飛ばされた。冷たい雪の上に尻餅をつく。何が起きているのか桜子には理解できなかった。なぜ、東雲は射殺すような目で桜子を見ているのだろうか。しかもなぜ、しきりに唇を拭っているのか。たった今、愛を誓ったのではなかったのか。


「よし、これで俺は自由だよな?お前の事拒絶できたし、お前のいうゲームのエンディングってやつが今の台詞だったんだろう?」


「どういこと?」


 呆然とつぶやけば、話す事も嫌だとばかりに雅はフイッと横を剥いた。


「はい、お疲れ様でした。おめでとう雅」


 ザクリと雪を踏みしめる音がして、雅の後ろから莉子と蘭丸が現れる。何故二人がここにいるのかは想像がつくが、桜子に考える余裕はなかった。


「後は任せた。俺は千春のところに行くから。桐野院これでもうお遊びは終わりだ。今後一切俺の周りを彷徨くなよ?迷惑だ」


 先程まで、桜子と呼び蕩けるような笑顔を浮かべていた雅とはまるで別人だった。

 突然の豹変に戸惑い、手を伸ばすけれどその手は届かず、雅は賑わうお寺のほうへ消えていく。


「だから乾くんか蘭丸にしておけって言ったじゃない」


 座りこんだまま放心する桜子を立たせた莉子が苦笑いを浮かべていた。

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