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「なぁ俺、変なんだ」


 夕飯の片付けも終わり、二人でTVを見ていた時にぼそりと少年が言った。


「知ってる。なにを今更」


 TVから目を離さず、さらりと聞き流す少女に、自分の言い分を真面目に聞く気がないと思った少年はあからさまに不機嫌になる。


「真面目な話なんだって。ちゃんと聞けよ」


「聞いてもいいけど、断言できるよ。ロクでもない話だって」


 ふふんと少女が鼻で笑えば、少年は益々不機嫌になり、顔をしかめる。少女はため息をついてリモコンを手に持ちTVの電源を切った。


 少年の名を西園寺 蘭丸さいおんじらんまるという。少女の名は佐藤 莉子さとうりこ。蘭丸は莉子と出会ってからロクでもないことしかしてこなかった。逆にロクでもないことじゃない話を聞きたいと切実に莉子は思うのだ。


 蘭丸と出会ったの半年ほど前の事だ。莉子は今でもその時の事を後悔している。あの時蘭丸を助けなかれば今こうして、二人でTVを見るなんてことにはならなかったはずだ。所謂蘭丸はお坊ちゃんだ。西園寺流だかなんだか知らないが、華道の家元の跡継ぎだという。その家を継ぐ継がないで親と喧嘩した挙句に無計画に家を飛び出し、行くあてのないお坊ちゃんは速攻で街のチンピラのカモにされ財布を取り上げられ、お腹がすいて行き倒れていたのである。チンピラに殴られて、顔は腫れていたし、服もボロボロで莉子の住むマンションの駐輪場でうずくまっていた。それを学校帰りに見つけてしまい、助けてしまったのである。その時の自分に会えるならば、『放っておけ、そいつは危険だ』と引き摺ってでも自分の家に連れ帰り、蘭丸との接点をなかった事にしただろう。


 蘭丸は中流家庭の生活を知らない、お坊ちゃんだった。莉子の家に上げ、手当してやり、ご飯を食べさてやるといたく感動し、家出したはずの彼は意気揚々と家に帰っていった。そして三日後、蘭丸は隣に引っ越してきてしまった。しかも、莉子の母親を味方につけ壁をブチ抜き家の中を自由に行き来できるようにしてしまったのだ。これがロクでもなくてなんと言うと莉子は叫びたい。家庭の味に飢えているだのなんだのよく分からない事をいい、毎食莉子に食事を作らせ一緒に食べるという奇妙な関係を持つことになってしまったのである。


 そして、それ以上に莉子の頭痛の種になったのは蘭丸が同じ学校の有名人だと言う事だった。拾った時は気づかなかったが、手当をしているうちに気づいてしまった。なるべく関わりたくない人種だったので名前も聞かずに丁寧にお引き取り願ったはずだったのに、何故か蘭丸は同じ部屋でTVを見る関係になってしまっている。莉子の家は母子家庭で母親は介護職についている。早番、日勤、遅番、夜勤の変則勤務でハードな職種だ。だから、食事の支度と掃除は莉子が引き受けている。必然的に蘭丸のご飯を作るのも莉子だ。従う道理はないし、断るつもり満々だったのだが、母親が勝手に承諾してしまったのだ。のんびりしていて、頭にお花畑がある母親は娘一人で留守番させるより、男の人がいたほうが安全だからと娘の貞操の危機をガン無視したのだ。なにをどうしてどうやったのかは分からないが、蘭丸への信頼は富士山よりも高いのだ。扶養されている身の莉子の意見は通らなかった。結果、莉子の貞操の危機は回避されなかったとだけ言っておこう。もうこれ、母親公認の同棲じゃないかと莉子は思っている。


 すっかり佐藤家に入り込み、我が物顔でソファを占領しながら冒頭の台詞である。


「あのタイプの女は嫌いなんだ」


 蘭丸が言う女とは、4月に2年に編入してきた転校生のことだろう。最近、蘭丸とよく一緒にいる所を目撃されている。同級生が大騒ぎしていることを莉子は知っていた。転入してきてから彼女はありとあらゆる話題を提供し続け、今や校内で彼女の名前を知らないものはいないほどの有名人だ。悪い意味で。


「なのに、あの女が傍にくると、俺の口から思ってない事が滑り出して止まらない」


「やっぱりロクでもない話じゃんか。バッカじゃないの。それが恋だよ、恋。良かったね本命が出来て」


 聞いて損したと、莉子はTVの電源を入れた。面白くもないけれど暇を潰すにはもってこいのバラエティが画面に映し出された。と思ったら横から伸びてきた手がプツリと電源をまた切ってしまった。


「何すんのよ。一応話は聞いたでしょうが」


「俺が好きなのはお前だっ!!高校卒業して、家元を襲名したらお前と結婚すると決まっている」


 またいつもの妄想&戯言が始まったと莉子は顔をしかめると、リモコンを取り返すべく腕を伸ばした。


「はいはい、分かったわかった。んなんもん、自分で稼げるようになってから言えっていつも言ってるでしょうに」


 なぁにが結婚だ、と莉子は思っている。蘭丸から出る結婚の二文字など羽毛布団の中の羽よりも軽いだろう。責任感も恋という感情も現実がどんなものかってことだって、この男は知らないのだ。知らないから、まるで物語を語るように結婚だなて言葉がするすると出てくるのだ。


 莉子は蘭丸に学校では他人の振りをしろと、命令されている・・・・・・・。だから、登下校も別だし学校で目も合わせた事はない。遠目に見る蘭丸はいつでも女の子達に囲まれ、ヘラヘラ笑っているのだから。まぁ、要するに莉子に求められているのは身の回りの世話と蘭丸がしたい時の夜のお相手ということなのだ。このままいけば将来は蘭丸の愛人とかいう馬鹿げた職業?!ぐらいしか思いつかない。高校を卒業したら蘭丸との縁などぶった切る気満々だ。情が出てきてしまっている事に一抹の不安があるが、若気の至りだと将来笑えるようになる事請け合いだ。莉子からすれば、このロクでもない男は本当に質が悪いのである。そう、例えば今みたいにだ。


 リモコンを奪い返そうとした莉子の手を蘭丸が握っている。そうしてとっても切なげに眉をよせて莉子を見ていた。いつもより熱のこもった甘さの密度が高い声で莉子の名前を呼ぶ。


 「莉子、どうしたら信じてくれるの?」


 ぞくりと背筋が下から上に走るように痺れが走る。この後の展開が予想出来てしまうというのもあるが、フェロモンが半端なくダダ漏れなのだ。西園寺 蘭丸という男は顔の作りが良い。いわゆる美形というやつだ。和服の似合う鋭い美貌を持っている。けれど、断じて莉子の好みではない。莉子の好みはワンコ系の可愛い男の子だ。年下も全然OK。二番目の好みは年上のロマンスグレーな落ち着いた優しい大人の男性だ。よって、蘭丸はまるっきり好みじゃない。そして、実際好きでもないはずなのだ。なのに、蘭丸がこれと決めて本気を出すとなにか魔力でも持ってるのかと言いたくなるくらいには言う事を聞きたくなってしまう。そして、そういう時は必ずと言っていいほど、キラキラしいエフェクトが蘭丸にかかる。最初に見た時は、冗談かと思ったが、これが冗談じゃない。この蘭丸に攻めてこられると、抵抗できなくなる。そうして抵抗らしい抵抗も出来ずに、ベットに連れ込まれいいように翻弄されるのだ。


 この日も例にもれず、なぜ、こうなるのかと疑問を抱きながらも結局は蘭丸の腕の中で夜を過ごすハメになったのだった。


 


 翌日のことだった。莉子はどこかの誰かさんのおかげで寝不足の挙句に頭痛に悩まされ、保健室で休ませてもらうおうと保健室を訪れた。


「失礼しま~す。頭が痛いので寝かせて下さ~い。ついでに女の子の日で~す」


「お前、十日前もそういって授業サボってたぞ。女の子の日が医学的に説明がつかんほど多いんですけど」


 この学校の保険室の養護教諭は本物の医者である。折角苦労して医者になり、辛い研修医も終え、さぁこれからだという時に病気を患いリタイアを余儀なくされた悲劇の人である。この学校の理事長の甥である彼は、ここの養護教諭として拾われた。世にも珍しい男性の養護教諭である。


「細かい事を気にすると余計にハゲるよ先生」


「ハゲてねーし。俺の毛根元気だし。じゃねーよ、憎まれ口たたけるほど元気なら、教室に帰れ」


「えぇぇ、嫌だ。寝たい、寝かして、頭痛薬頂戴。そしてハゲろ、幸せモノめっ!」


この養護教諭は東雲 雅しののめみやびという。口は悪いが根は優しい。帰れと言いつつ薬と水を用意してくれていた。東雲と莉子は昔からの顔見知りだ。同じマンションに住んでいるのでそれこそ赤子の頃からを知られている。お知り合いになったのは莉子が小学生になってからだが、面倒見のよいご近所のお兄さんだった。薬を受け取り、水で流し込み許可もとらずにベットに潜り込んだ。


「次の時間には薬がきいてるだろうから、今の時間だけ寝かせて」


「しょうがねぇなぁ。後で煙草一箱寄越せよ」


「うわぁ、最低。教師の風上にも置けないね。可愛い生徒の心配どころか賄賂要求だよ」


「誰が可愛い生徒だ莉子のくせに」


「可愛い健気な苦労人の莉子ちゃんで間違いないね。おやすみ」


「自分で可愛い言うなっ!」


 ベットの潜り込んでしまえば、すぐに意識が遠くなっていく。もう一度、心の中でハゲろと呪いの言葉を唱えながら眠りに落ちた。


 莉子は人の気配で目が覚めた。誰かが保健室に運ばれてきたようだった。ざわざわと騒がしい。静かにしろ、ここは保健室だと言いたいが、意識はあっても眠気のほうが強くて目が開けられなかった。


「東雲先生、西園寺が投げたボールが彼女の頭に当たったんだ」


 聞きなれた名前にピクリと肩が動いた。


「そうしたら、桐野院さんが転んで打ち所が悪かったのか目を覚まさないんです」


 涙声の女生徒の声も聞こえる。カーテンを閉めてしまっているから状況は分からなかったが、蘭丸の投げたボールが桐野院さんにクリティカルヒットしたようだ。桐野院さんとは、蘭丸の言う『あの女』。転校生である。


「西園寺、こっちのベットに桐野院を寝かせろ。やっちまったもんは仕方ないが、頭を打って意識がない場合は動かしたらいけないんだ。次にこんなことがあったら俺を呼びに来るんだぞ。ほら、お前らは授業に戻れ。後は西園寺に聞くから」


 パチリと今度こそ莉子の目が覚めた。何人かの生徒が保健室を出ていき、隣のベットに桐野院が寝かされるところだった。


「で?なんのボールが当たったんだ?」


「バレーボールです。トスをしようとしてボールを高く上げすぎてしまって」


「トス?じゃぁ勢いはそんなになかったのか?」


「はい、結構ゆるゆるのボールだったのですが」

 

 蘭丸が納得できないとばかりに、首を捻るところがカーテン越しに影になって見える。


「頭を打ったようにも見えなかったんですが、やっぱりボールの打ち所が悪かったのでしょうか」


「う~ん。どうかなぁ。すぐに意識がなくなってるんだよな?彼女」


 そんな二人の声に答えるように、「んんっ」と桐野院が声をあげ、二人の男が息を飲む気配が伝わってきた。


「おい、桐野院、大丈夫か?なにがあったか分かるか」


「んっ……………あ、私……………。あれ?西園寺くん?」


「あぁ、桐野院さん申し訳なかった。気分はどうだい?君が意識を失ってしまって僕は気が気じゃなかった。このまま目を覚まさず、君の可愛い声を聞けなくなったらと思うと胸が締め付けられて苦しかった。良かった本当に良かった」


「西園寺くん……………」


「蘭丸って呼んでくれっていっただろ」


「らっ蘭丸くん……………やっぱり恥ずかしいよ」


「本当に、桐野院は可愛いな」


「もう蘭丸くんてばすぐそういう事いうんだから、でも、心配かけてごめんなさい」


 吹き出す事を堪えて、莉子は枕に顔を押し付けていた。色々ツッコミどころが満載過ぎて、笑い死ぬかもしれない。なんだこのベタなドラマのような甘い声と甘い展開はと腹筋が震え、肩が震える。しかも蘭丸が「僕」とか言っている。明日はきっとヤリが降ってくるに違いないと莉子は思った。


「ん~、大丈夫そうだけど、意識がなくなったとなると心配だから、念の為に病院へ行ったほうがいい、西園寺、彼女の鞄を持ってきて貰えるか?」


「分かりました。君と少しでも離れるのは嫌だけど仕方ないよね。待っててすぐに戻ってくるから」


 名残惜しそうに言う蘭丸に莉子は心の中で盛大に突っ込んだ。。


―我が儘大魔王の俺様お坊ちゃんはどこへ行ったっ!!


 蘭丸が出て行く気配がして、莉子も目が覚めてしまったし、笑いが収まった所で教室に帰ろうかという時だった。


 「悪い子だね、俺の子猫ちゃんはいったい何人の男を惑わせれば気がすむんだい」


 それこそ飛び出さなかった莉子を褒めてもらいたかった。子猫ちゃんである。しかも俺の・・ときた。気配を殺すにも限界がある。莉子はここで寝ているのを知っているクセに何故、生徒を口説いているのかと呆れるが、あまりに古臭い言葉選びに怒りよりも笑いをこらえるほうに必死だ。思い返せば先ほどの蘭丸のクサかった。


「惑わすなんて、そんな事はしてないです」


「俺をここまで夢中にさせておいて??気分は悪くない?病院へ行ってちゃんと検査してもらおうね。いまここで俺が隅々まで調べてあげてもいいけど?」


「調べる…………?この学校ってCTまで撮れるんですか?」


「ふふっ、どこまで天然でどこまでが計算なんだろうね。本当に悪い子だ」


―待て待て待て待てっ!!おいこらっエロ教師っ!なに甘ったるい声でとんでもない事いいやがってんの?やっぱりハゲろっ!毛根一個も残さずツルッツルになってしまえっ!そしてフラれろっ!


 なんだか当てられて嫌な汗が出てきていた。桐野院 桜子とうのいんさくらこには、尻軽女説が浮上している。転入してきてから、学校内で将来有望だと人気のある男子生徒と次々に出会い、相手に一目惚れさせ篭絡しているのだ。プロ入り確実なサッカー部のエースや、推薦で難関大学合格し、官僚へのエリートコース間違いなしの先輩や、オリンピック出場目指す全国大会制覇目前の陸上選手の後輩、なんでこの学校に通っているのか意味不明のプロピアニストの同級生、そうして家業を継いで家元になることが決まっている西園寺 蘭丸である。ついでに今、雅が篭絡済みだという事を知った。そういえば、しょっちゅう倒れて保健室に運ばれていると友人が言っていた事を思いだした。


 この桐野院 桜子がなぜ尻軽女と言われるか。それは学校のあちらこちらで違う男子生徒とのキスシーンが目撃されているからである。隠れろっ!学校の外でやれっ!と莉子は思うが、まるで花の蜜に引き寄せられる蜂のように将来の有望株ばかりが彼女のまわりに集まって愛の言葉(抱腹絶倒間違いなしの)を囁いているらしい。なんて莉子が考えいるうちに隣のベットの上で妖しい雰囲気が展開され始めた。鼻から抜けるような甘い吐息に保健室に響くリップ音。そう、リップ音である。


 笑うどころか目を剥いた。莉子の知る雅はこんなことを出来る性格ではないし、絶対にしないと思っていた。だいたい、これから病院に連れて行こうとしている生徒になに濃厚なキスしてやがんだこの親父である。怒りで目の前が真っ赤になるってのはこういう事かと、拳を握った。


「あっセンセ。駄目」


―なーにーがー駄目なんでしょーかっ!


カーテンを開けて乱入して殴りとばそうかと思った時に、保健室の扉がノックされた。慌てたように衣擦れの音がする。乱れた衣服をなおすその音にさらに莉子の怒りのボルテージが上がる。なに事もなかったように返事をして扉にむかう雅だったが、莉子は確かに聞いた。小さく、本当に小さく桐野院が舌打ちをしたことを。


「桐野院、クラスメイトが制服をもってきてくれたぞ。ここで着替えるか?」


「いえ、先生がいると落ち着かないのでトイレに行って着替えてきます」


「なんなら俺が手伝ってやるぞ?」


「馬鹿っ!」


 なんて台詞のやり取りを聞きながら桐野院の足音が消えるのを待って莉子はカーテンを開け放った。雅は保健室にある水道で何故か顔を洗っている。静かに近寄って思いっきり雅の頭を押して水を浴びせかけた。


「言い訳は聞かないよ。しばらく口もききたくない。ついでに顔も見せんなエロじじい」


 有無を言わせずに雅の弁慶の泣き所に思いっきり蹴りをいれて保健室を後にしたのだった。


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