第一章 六節 死闘
「いいか。二組で一気に攻める。俺と昇ペアと大河と愛歌ペアだ。阿久津は状況に応じて援護。未宇も援護に回ってくれ。いいな!」
『了解!』
「行くぜ!」
目の前で散開。俺は昇と共に専務、大河と愛歌は統括部長を相手する。魔王は、自分の机に腰かけ、腕組みをしながら、不敵な笑みを浮かべている。あの様子じゃ手出ししてこないだろう。ならば、優先すべきは重役二人だ!
「専務。お前の相手は俺らだ」
「まさか君たちが刺客だったとはな。よくエレベーターで攻撃してこなかったものだ」
痛いところを突かれる。今更、罠だと勘違いしていたとは言えない。
「まぁ一気に畳んだほうが効率いいと思ってな」
「ふん。なめた口を」
「じゃぁやりますか拓夢」
「あぁ!」
昇が足払いのように動く。素早いその動作からは、次第に風が起こる。瞬く間に、突風と化したそれは、唸りをあげ、専務に向かっていった。
「小癪な!」
避けようとするが、突風の足は速い。専務が一歩動いた時には、すでに射程圏内に入っていた。まさに砂塵のごとく専務は吹き上げられる。
「炎弾!」
俺は、巻き上げられる専務に、炎の玉を打ち込む。殺傷能力は低い攻撃かもしれないが、戦闘不能に追い込むくらいならできるはずだ。身動きが取れない専務は、どうする事も出来ずに直撃を受けるだけだ。
「なめるな!」
そんな叫びと共に、専務は空中で体制を立て直し、炎弾を弾き飛ばした。
俺は甘かった。
専務と言うからには、それだけの実力を有しているに違いない。そんな相手に、俺は戦闘不能に追い込めればいいなどと、甘い考えを持っていた。これは喧嘩じゃない。死闘だ。それを理解しきれていない奴に待っているのは『死』だ。
専務は、まだ残っている昇の風を利用して、一気に俺たちに迫る。やはり、戦闘慣れをしている!
「くっ!」
俺は咄嗟に火の壁を作る。壁と言っても、攻撃を防ぎきれるようなものではない。だが、これを昇が風に乗せて相手に吹き飛ばす。炎の風となった攻撃は、あたりに熱風をまき散らしながら、瞬く間に専務を燃やし尽くす――はずだった。
「なかなかやるではないか若造ども」
専務の動きは止まったものの、俺たちが期待するような結果は生み出されていなかった。
俺たちは今ので勝敗は決する気持ちで打ち込んだ。たが、多少ダメージを与えただけで、専務は今だ立ち続けている。
これが、BW。
これが悪魔。
これが俺たち人間の負の想いの力か。
「やりますねぇ専務。僕だったら死んでましたよ」
「潜ってきた修羅場の数が違うわ!」
「まぁそう簡単には倒せねーよな」
俺たちは気合を入れなおす。専務すら倒せないなら、魔王になど到底かなわない。ならば、ここは越えなければいけない壁だ。
「今度は、私から行くぞ!」
専務の拳が、空間を殴るように突き出される。距離はある。届くはずのない攻撃から、目に見えない何かが、俺たちを襲ってきた。
「くっ!」
風圧とでも言うべきなのだろうか、拳は当たっていないのに、体が押される。骨が軋んで、筋を何本も切られたかのような感覚だ。俺はボクサーのような防御をし、衝撃を耐えしのぐ。が、ダメージは小さくない。
「所詮は新米の超能力者。その程度が限界よ。行くぞ若造ども!」
どうする。避けるか。それとも――。
『拓夢! 炎の壁を作ってください!』
未宇の声が聞こえる。
「はぁぁぁ!」
俺は言われるがまま上半身から炎をだし、目の前に壁を作り始める。さっきよりも大きな炎の壁。
『そのまま、昇君も隠すように!』
言われた通りに壁を肥大させる。すでに昇もすっぽりと隠れているはずだ。向こう側の様子はまったく見えない。攻撃を仕掛けてくるか、それとも様子を見ているか。だが、この状況で、攻撃を仕掛けてこない理由がない。
『これでいいのか?』
『はい。後は昇がうまくやってくれるはずです!』
未宇は、状況を把握しているはずだ。ならば専務が攻撃を仕掛けてこない事を分かっているのだろう。俺は、横に顔を向ける。だが、そこには昇の姿はなかった。
「そういう事か!」
ようやく理解した俺は、炎の壁を、一気に右腕に集結させる。
専務は、心の中で、俺たちを下に見ている。ならば、いつでも俺たちを倒せると思っているのだろう。だから、今攻撃してこない。それを、専務の心を読んだ未宇は、知っていたんだ。
そして、付け入るべき隙はここだ!
俺は、右腕を中心に炎を取り巻く。渦のように、俺の腕の周りを旋回する炎は、徐々に肥大し、すでに俺のイメージを越える塊となっていた。
「その行動になんの意味がある。そんなに大きな炎を作ったところで、当たらなければ意味が――」
「ごめんね専務さん。遺言を聞く時間は無いんだ」
「なっ!」
専務の背後に回る昇。
未宇の作戦はこうだ。
俺が大きな炎の壁を作り、昇を隠す。そして、俺の炎に専務が気を取られている隙に、昇が炎を纏った突風をカモフラージュに高速移動し背後に回る。
完璧に事が運んだ今。専務はすでに井の中の蛙だ。
「はぁぁぁ!」
俺は、右腕の炎を、槍のように形作っていく。
「あとは任せた、拓夢!」
激しい突風と共に、専務が俺の方に吹き飛んでくる。もはや、体制を立て直すことは不可能な速さだ。
「くっ!」
「サヨナラだ。専務」
髪が靡く。昇の風が、俺に届いた。だが、俺の右腕の炎は、靡くことなく、そこに存在し続けていた。俺は、下半身に重心を預け、それを一気に右腕に移す。
「炎! 槍!」
「おのれぇぇぇ!」
右腕に作った炎の槍で専務を貫く。その業火にまかれた専務は、俺の拳に届くことなく消滅していった。
「小娘。さっきはよくもだましてくれたな」
「は? 何言ってんの? あんたらが勝手に騙されたんでしょ?」
横で、愛歌がおっさんを威圧していた。
「何を馬鹿なことを。お前たちが刺客だと言わなかったのであろうが!」
「刺客が自分の事を刺客ですなんていう訳ないでしょ? ホントにあんた統括部長なの?」
俺たちは、拓夢の作戦通り統括部長を前にしていた。最初はにらみ合いやったけど、気付くとこんな有様になっていた。
「私を愚弄するか!」
うわぁ、逆ギレしてるでおっさん。というか、俺はどうすればええんや。あっちじゃ拓夢たちが戦闘中やし、肝心の魔王はあっちでくつろいでるし。とりあえず、このおっさんを倒せばええんか?
「ん? よく見りゃ小娘。お前乳でかいな」
「っ!」
おっさん! やめろ! セクハラは犯罪や!
「それに顔も、人間にしては悪くないじゃないか。どうだ? うちでコンパニオンでもするつもりはないか?」
「っ!」
あぁ。キレてるよ愛歌の奴。顔褒められたっちゅうのにキレてるよ。
「大河……」
「は、はいっ!」
不意に名前を呼ばれるもんやから、驚きを隠せなかった。
「あいつは、あたしがやってもいいか?」
「どうぞご自由に」
この戦いで、俺の出番はなさそうや。
「てめぇじじい! 統括部長だか豚カツ部長だか知らないけど、さっきからセクハラしてくんなこらっ!」
「誰が豚だ! これでも三キロ減ったんだぞ!」
いや。どうでもええわぞおっさん。
「てめぇはわたしがぶっ飛ば――」
途中で、愛歌の声が止まった。代わりに聞こえてきたんは、おっさんの嫌な声やった。
「おっと、動かないでもらおうか?」
おっさんが、懐から何かを取り出した。黒光りするそれは、テレビでよう見る拳銃そっくりのものやった。
「拳銃……」
「ご明察。君たちの世界から入手した一品だよ。力のない悪魔は、こうやって身を守るんだ」
俺たちに銃口を向けたまま、誇らしげに言うおっさん。初めて見るが、拳銃っちゅうもんは、打たなくてもそれだけで相手を威圧することのできるものらしい。体を動かせなくなる。
「卑怯な……」
「卑怯でもなんでも、勝てばいいのだよ。それが、この世界で生きて行くすべなのだから」
癪に障るおっさんや。自分の事だけ考え、他人の事は見ず知らず。俺は、こういう大人が大嫌いや。
『真宮寺君。聞こえますか?』
そんな時やった。頭に未宇の声が響く。
『なんや?』
俺は頭の中でそう答える。
『こちらでも状況は把握しています。統括部長は今、あなたよりも愛歌を警戒しています。なので、今の内にあの拳銃をどうにかすることはできますか?』
『へぇ。流石は未宇。仕方ない。これじゃ愛歌も手出しできないし、俺が手を貸すよ。それから、これが終わったら俺とデ――』
途中で通信が終わった。
やれやれ。未宇はホントに素直じゃないわ。まぁ今は、それどころじゃないわな。
俺は腕を前に伸ばし、何かを掴むように手を握ってから、一気に引いた。
「なにっ!」
おっさんの手から拳銃が吹き飛ぶ。それを取ろうと拳銃を追うおっさんを、俺は力で押さえつけた。
「な、なんだ一体!」
「おっさん。あんたはちょっと気にくわへん」
一歩前に出る。
「このっ!」
「おっと。悪いけど、そこからは一歩も動かさへんで? 俺の力はサイコキネシス。知っとる? 念力っちゅうやつや」
おっさんの顔色が、どんどん青くなっていく。自分が置かれている状況が、ようやく理解できたようや。
「大河?」
「は、はい!」
やばい。勝手に獲物に手を出したし、殴られるか?
「良くやった。あとでご褒美に殴ってあげる」
結局殴られるんかい!
「あ、ありがとう、ございます……」
俺は、一歩後ろに下がった。
「じじい! よくもあたしを脅してくれたな? 勝てばいいとか言ってたっけ? なら、何されても文句は言えないよな?」
「え、いや、ちょっと!」
さようなら。おっさん。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
中年悪魔の悲鳴が、響き渡った。
そして、悪魔が悪魔に狩られた、歴史的瞬間でもあった。
「後は、お前だけだ魔王!」
魔王を目の前に、俺たち六人は集った。俺と昇で専務を倒したときには、愛歌によって統括部長がやられていた。異常に機嫌が悪い愛歌を横目に、大河に何があったのか聞いたところ、
『怖かった』
とだけ返ってきた。おそらく想像を絶するものを大河は見てしまったのだろう。
「まさかこれほどとは思わなかったぞ。伊達にここまで来たわけではないようだな」
部屋には、もう俺たちと魔王しかいない。静かな部屋が、逆に緊張感を高める。
「では、超能力者たちに問う。貴様らは、何の為に戦う?」
俺は、一瞬返答を躊躇う。ここで、下手な答えを言うと、仲間たちの戦意を失ってしまうのではないかと危惧したのだ。いきなり、こんな異世界の存在を知り、その数時間後には、魔王を倒す為に戦っている。いろいろな過程を飛ばして、はいそうですかと、いきなり納得できる訳もないだろう。
ここまで来るのに、数々の悪魔的なサラリーマン達を倒してきた。
いや、殺してきた。
彼らは、死ぬと死体は残らず消滅してしまうようで、その事が、俺たちに『殺した』という罪悪感を抱きにくくしていた。
だとしてもだ。俺たちは、さっきまで普通の高校生だったんだ。怖いし、本当にこんな事をしていていいのかと思ったりもする。なら、それは俺だけじゃない。みんなも同じだ。
「拓夢」
不意に、愛歌が俺の名を呼ぶ。振り返ると、仲間たちの顔が揃っていた。その顔は、自分の弱さに決着をつけた、とでも言いたげだった。
そうだ、迷う事はない。さっき誓ったじゃないか。
俺は、この仲間との居場所を守る為に戦う。別に、俺は勇者でも英雄でもない。ただの部長兼主人公だ。俺は純粋に自分たちの居場所、世界を守る為に戦う。今まで倒してきた奴らも同じのはず。ならば賭けている物は一緒だ。
迷うな!
俺は、まだ死ぬ訳にはいかない!
「俺たちは、自分たちの世界のために戦う。それが、俺たちのエゴだと言われても仕方がないかもしれないけど、それでも、守りたいと思う居場所があるんだ。その為に、魔王! お前をここで倒す!」
沈黙。それを破ったのは、目の前に立つ、魔王の高らかな笑い声だった。
「ふはははは! いいぞ気に入った。わしもお主らと同じよ。この世界がいくらお主らの世界から派生した世界であろうと、わしにとっては守るべき世界。ならば、その世界をかけて戦うのは自然の摂理と言うものではないか」
豪快に笑う魔王は、満足気に言った。魔王も俺たちも、己が世界の為に戦う。俺たちにプレッシャーともいうべき重圧がのしかかる。
「では、尋常に勝負」
そのプレッシャーすら、今の俺たちは、味方にしよう。
「行くぞ! オペレーション・ジャスティス。最終局面だ!」
最終決戦の火ぶたが、切って落とされた。
†
「うおぉぉぉ!」
先陣を切ったのは大河の叫びだった。両腕を掲げ、何かを抑え込むように力を入れる。サイコキネシスの力で、魔王の両腕を塞ぎ、あちらからの先手を防ぐ。
「今だ!」
「鎌鼬!」
昇が、柄にもなく技名を言って攻撃する。空を何度もかき分けるように振るその腕からは、空間が歪んで見えるほどの、すさまじい烈風が巻き起こった。その烈風は周りの物を切り刻みながら、一直線に魔王を目指す。
「甘いわ!」
怒号と共に、魔王が鎖を解き放つかのように、両腕を振るう。
「なっ!」
大河のサイコキネシスが破られた!
「ぬおぉぉぉ!」
魔王の拳が振りぬかれると同時に、風圧が鎌鼬の風を貫き俺たちに迫る。すべての物体を潰すかのような轟音が、あたりに反響する。その風圧は、あたりの物を押しつぶし、その痕跡が、俺たちに迫る。
『全員左右に展開してください!』
未宇の声が脳内に響き、俺たちは指示通り左右に避ける。横を、轟音と共に風圧の渦が通り過ぎる。まさに間一髪だった。おそらく未宇の声が無ければ、俺たちは身動きが取れないまま、あの風圧に潰されていたことだろう。
だが! ここで手を緩める訳にはいかない!
「愛歌!」
「ああ!」
愛歌が、一気に魔王に迫る。地面を蹴って、空中に飛ぶ。その瞬間に、昇が愛歌目掛け腕を振った。発生した風は、愛歌の背中を押し、魔王の頭上まで持ち上げる。頂点に達した瞬間、愛歌はその落下速度を利用して、電気を纏った右足を振り上げた。
『真宮寺君! 魔王は右に避けます。その瞬間に動きを止めてください。そこを、昇君と拓夢で一気に攻めてください』
頼もしい指令が下る。相手の考えが読める未宇の指令は、俺たちを有利にしてくれる。
「くらえぇ!」
愛歌の怒号と共に、稲妻の如き踵落としが炸裂する。が、それは空を斬った。
「今だ!」
指示通り、魔王は右に避けた! 作戦開始だ!
「おらっ!」
大河の動きと連動して、魔王の動きが止まる。
「炎龍!」
「鎌鼬!」
俺たちは、同時に攻撃を仕掛けた。炎の形をした龍は、鋭利な爪を手に入れ、あたりを切り刻み、燃やし尽くしながら、魔王を目指した。
轟音と共に火柱が上がり、炎の龍が魔王に食らいついた。龍の通った道は、所々燃え、最終決戦にはふさわしい場となっていた。
「やったか?」
「僕たちのあれだけの攻撃をくらったんだ。流石に無事じゃいられないだろう」
燃え盛る炎を見ながら、俺たちは肩を撫で下ろした。
「あたしたち、勝ったのか?」
「今ので倒せなかったら、洒落にならんわ」
俺たちは勝ったんだ。魔王に勝ったんだ。
『まだです!』
――刹那。魔王を燃やしていたはずの炎が、俺たちに向かって牙を剥いた。
「くっ!」
俺は、炎の壁を作り、それを防ぐ。が、その壁の向こうから、大きな拳が俺を目掛け飛んでくる。
「ぬるいぞお主ら!」
「ぐはぁっ!」
俺の顔面をとらえた拳は、いつも愛歌に受けているものより何倍も重かった。首が折れそうだ。逆らう事もできないまま、俺はただ吹き飛ばされ、何度か地面に衝突した後、背中を引きずりながら止まった。
『拓夢!』
仲間たちの呼ぶ声が聞こえる。くそっ! 頭が朦朧としやがる。早く立たねぇと。
「一番邪魔なのは、そこで見ているお嬢さんだな」
魔王は、未宇にゆっくりと迫る。だが、それはただゆっくりと見えただけで、魔王の行動は一瞬だった。
「やめっ!」
「きゃぁぁぁ!」
肩口に拳が入り、未宇の体が吹き飛ぶ。床に打ち付けられた体は、頭を打ったのか動かなくなる。
「てめぇ! よくも未宇を!」
愛歌が魔王に特攻する。すさまじい連撃が繰り出されるが、すべてそれは受け流される。
「いい攻撃だ。武道の心得でもあるのか」
「うるせぇ!」
決めに掛かった蹴りを掴まれる愛歌。
「遊びはここまでだ。私も紳士だ。女性の顔に傷はつけれんよ」
足を掴まれ身動きが取れない愛歌に、情け容赦のない一撃が腹部に決まる。
「ぐはっ!」
愛歌は、床に小さなクレーターを作り、その真ん中で動かなくなった。
くそっ! 動け! 動け! なんで動かねんだよ俺の体は!
「やめろっ!」
部屋内に、叫び声が響き渡る。今まで、見ていただけだった阿久津が、魔王の前に立っている。やめろ! お前じゃ歯が立たない!
「おっと、お主の存在も忘れてはおらぬぞ、異世界の魔王」
「これ以上、僕の仲間に手を出すな! この人達に魔王退治を依頼したのは僕なんだ。だから、僕をやって終わりにしてくれ!」
やめろ阿久津。そんな事をしても無駄だ。
「何もできないお主がなにを言う。同じ性別である彼女たちとて、勇敢に戦っておったぞ」
そう愛歌と未宇を指差す魔王。
待てよ? 今、同じ性別って言ったか?
「女だろうと男だろうと、そんなのは関係ない! そんなことで、僕を下に見ることは許さない!」
という事は、阿久津が実は女だったって事? 中性的な奴だとは思っていたが、本当に女だったのか。
「これは、僕がきっかけを作った戦いだ。だから、僕一人で充分だろ!」
「何を腑抜けたことを。これは世界をかけた決戦。いわば死闘だ。そんな甘い考えが通用する場ではないっ!」
ハンマーのような一撃。それは無残にも、阿久津の顔面を捉える。今度は、女だろうとお構いなしだ。くそっ! 仲間がやられてるのに、俺は! 俺は!
「やるか大河」
「あぁ」
静かに、大河と昇も魔王に向き合った。馬鹿野郎! 動けよ、おい!
「さぁ、後はお主らか。希望はお主らに託されたぞ」
「いやぁ。そういうの柄じゃないんだよね」
「でもよ、俺たちは仲間がやられて黙ってられるほど、温和な性格してねんだわ」
「大河はクソむかつく野郎だけど、たまにはいう事言うね」
「へっ昇。むかつくは余計だぜ」
それってただのクソ野郎だが、そんな事今はどうでもいい。俺は、動かなくてはならない。このままだと、昇や大河まで。
「そうか。人情にありふれた者達だな。ならば、二人まとめて相手をしよう」
「行こうか大河」
「おう!」
朦朧としていた頭がはっきりとする。目の前に広がるのは、まさに地獄絵図だった。床に広がる赤い水たまり。人が人であるがために出るその液体は、まさに死を連想させる。
軋む筋肉に鞭打ってどうにか体を起こし、倒れている仲間に駆け寄ろうとするが、足が動かない。
痛みはない。怪我をしていないのは自分が一番良く知っていた。
ただ、恐怖ですくんで動かないだけだ。
口元を触る。血は出ているが、俺の傷はあまり悪くないように感じる。だがそれも、痛みで麻痺しているだけなのだろう。
「た……いが……。のぼる……」
親友の名を呼ぶ。返答はない。
目の前で、血を流して倒れている二人は、息はしているものの、ピクリとも動かない。
「くっ!」
あたりには、炎が燃え盛っている。気を抜けば、俺でさえ飲み込まれてしまいそうな業火。
「まなか……。みう……。あくつ……」
さっきの二人とは別の位置で倒れている仲間に声をかける。
「うぅ……」
反応は薄い。それでも、まだ息があることに安堵した。
「もう終わりか? 異世界の超能力者よ」
野太い声が響く。
俺は、鬼の形相で振り向く。
「この魔王。そう易々と倒せると思うなよ?」
歯ぎしりで嫌な音がする。口の中は血の味がするし、頭はくらくらするし、状況は最悪だ。
「なに。これくらい、愛歌の拳に比べたらなんてことない」
「ほう、まだそんな減らず口が訊けたか小僧」
「生憎俺は中二気質があってな。こんな場面でも減らず口を叩く主人公ってのに憧れてんだ」
強がりなのは分かっている。
「愚かな。それが自らの寿命を縮めるとも知らずに」
だが、部長として。部員達の前で情けない事はできない。
「はぁぁぁっ!」
両腕に全神経を集中させる。
瞬時に燃え始める両腕。その炎を両手に纏めるようなイメージを描く。
「炎弾!」
ボールを投げるように、両手に作った火の玉を飛ばす。
「くたばれマオォォォ!」
二つの火の玉は、寸分の狂いなく魔王を目指す。あと数センチで直撃という時に、魔王のにやりとした口元が見えた。
だが、それも一瞬の事。轟音と共に白煙が立ち上る。
「やったか」
肩を下ろせたのは、ほんのひと時だった。晴れはじめる白煙の向こう。人ではない大きさの影が、そこには存在した。
――刹那。すさまじい衝撃が、俺の腹部を貫く。
「ぐはっ!」
血と胃液を同時に吐きながら、俺は吹き飛んだ。
逆らう事も出来ずに、背中に鈍い衝撃が走る。壁にぶつかり、ようやく俺の飛行は止まった。
同時に、骨や肉が引きちぎれるような感覚が俺を襲う。
「もうお遊びは終わりにしよう。わしも忙しい身なのでな」
一歩一歩振動を起こしながら、近寄ってくる魔王。殴られた腹部を抑える。アバラを何本が持ってかれてるなこりゃ。
「どうした? 抵抗しないのか?」
自然と笑みがこぼれた。
「俺も抵抗したいんだがな。どうやら身体が言う事を聞いてくれねぇ。なら、敵に背中を見せるより、正面からぶちのめされたいもんだ」
この状態で抵抗したところで、魔王を倒せる確証はない。むしろ、無様な最後を俺は遂げることになるだろう。それなら――。
「なにカッコつけてんだ拓夢? まだ死亡フラグは立ってないぜ?」
「僕も珍しく大河の意見に賛成。何をカッコつけているんだ? 拓夢」
壁にもたれ掛っている俺と魔王の間に、のこのこと入ってくる人影が二つ。
「大河! 昇! お前ら何やってんだ!」
その影はまさしくさっきまで倒れていた仲間だった。
「何やってんだは、こっちのセリフだ!」
大河の魂の叫びは、血と共に吐き出された。
「な、にが……限界だ。お前が諦めてどうする」
「拓夢。部長の君が諦めたら、僕たちの立場が無いじゃないか。どうしてくれるんだ?」
「……すまん」
こういう時は、いつもの習慣がものを言う。俺は、反射的に謝っていた。
眼前には、まるで遺言を聞いているように黙っている魔王がいた。
「覚えとけ拓夢! 俺たちはなぁ、お前の手駒でも盾でもねぇ! 桃園の誓いをした、立派な親友だ!」
「桃園の誓いは義兄弟の盃だけど、まぁいいや。大河の言う通り、僕たちはそういう仲だ」
昇も、涼しい顔をしているが、腹部の服は、赤く染まっていた。
「もう……やめろ」
「だからそんなお前を!」
「……やめろ」
「守って死ねるなら」
「やめろぉ!」
『本望だぁぁぁ!』
「お前たちの心意気。しかと受け取った」
俺の制止は、二人には届かなかった。魔王は、一言そう言って腕を振り下ろす。殺気に満ち足りた一撃。こんなものをまともに受けたら、ひとたまりもない。
そこからは、まるで連続写真を見ているかのように、時がスローモーションに流れた。
「たいがぁぁぁ! のぼるぅぅぅ!」
俺の雄叫びは、ゆっくりと流れた時の中で、悲痛にも響き渡った。
二人に、その一撃が届くまで……。
「…………」
俺は目を瞑っていた。
親友の最後を見たくなかったからだ。
だが、いつまで経っても、人が潰されるような嫌な音は聞こえない。
「貴様! 何者だ!」
その代わりに、驚愕する魔王の声が耳に入ってくる。
俺は、恐る恐る目を開けた。
「……遅くなって、ごめん、拓夢」
そこには、特能部唯一の上級生。長篠陽が立っていた。
「陽……」
「……遅くなって、ごめん、拓夢」
陽は、大河と昇の前に立ち、魔王の一撃を片手で抑えていた。
「はるっち!」
「陽先輩!」
『長篠、先輩!』
各々陽の事を呼ぶ。気絶していた三人も、ゆっくりだが起き上ってくる。
「……遅くなって、ごめん、みんな」
無表情だが、心底謝っているに違いない。でなきゃ、こんなところになんて来ない。
「はるっち。どっからここに」
大河は知らないんだっけ。陽がどこから来たか、なんて決まっている。
長篠陽。特能部最強の超能力者。この肩書きは、俺が勝手に決めたんだが、その能力は間違いなく部内最強と言えよう。
「……家からきた」
「え?」
そういうことだ。
『瞬間移動』
それが、彼女が持つ能力だ。昼間、大河がスカート捲りをした時いきなり現れたように、俺たちの世界でも、その力は衰えることはない。故に最強の称号を与えた。
「貴様、一体何者だ!」
魔王が叫ぶ。いきなり少女が現れた上に、図太い右腕を、その細腕一本で抑えられているのだ。動揺も隠し切れないだろう。
「……拓夢の妻」
『なっ』
女子二人の絞りだしたような声が聞こえる。
「違うぞ魔王」
すぐさま、冷静に釈明した。
「……違くない」
少し口調が強くなったかと思いきや、魔王の腕を持った陽は、その体からは信じられないような力をだし、魔王を投げ飛ばした。
轟音と共に白煙が上がる。
「さすがは陽先輩」
「今の、どうやってやったんだ?」
驚いてるな。正直俺もだ。
陽の能力は、俺のみが知っていたのだろうが、今の馬鹿力に関しては、俺すら知らない情報だった。
「おのれ小娘……」
ゆっくりと立ち上がる魔王。投げ飛ばされたとはいえ、あまりダメージはないようだ。
「……拓夢を傷物にしたこと、許さない」
陽さん。それ意味違います。
気づくと、今の今までそこにいた陽は、残像だけを残して、魔王の背後に瞬時に移動していた。
魔王は声をあげる暇なく吹き飛ばされる。が、その次の瞬間には、また違う方向に吹き飛ばされていた。間違いなく陽が攻撃しているのだが、俺たちはその瞬間を目視することはできなかった。目で追えない恐るべき速さで動く陽は、まさに最強だった。
「つ、つぇ」
大河がぼそっと言う。ここにいる全員が唖然としていることだろう。それほど、陽は圧倒的だった。
「……なかなか、タフ」
俺たちのもとに戻ってきた陽は、そう魔王を評価した。強いとか弱いとかじゃなく、タフとは、魔王の力を凌駕している陽だからこそ、言える言葉だろう。
「お、のれ……」
魔王はすでに、満身創痍の状態だった。たった数秒で、一体何回攻撃を食らったら、そんなにボロボロになれるのだろうか。
「……みんな、力を貸して。私じゃ、とどめを刺せない」
俺たちも満身創痍だが、力を振り絞って立ち上がる。骨が軋む。頭が痛い。腕の感覚はもうほとんど無い。それでも、今やらなくていつやるんだ!
「動けるか? みんな」
全員黙って頷く。
「行くぞ!」
『おうっ!』
「私は、私はまだ倒れる訳にはいかんのだぁ!」
魔王の怒号が空気を揺らす。俺たちは、その正面に立ち、地面を蹴った。
「いっくぜぇ!」
大河が叫ぶ。両腕を掲げ、魔王の動きを制止させる。一瞬身動きを封じられる魔王。その背後。一瞬の隙を見逃さずに瞬間移動した陽が、魔王に強烈な蹴りを入れた。
「ぬぉぉぉ!」
身体にめり込むような蹴りを受けた魔王は、ものすごい速さで飛んでくる。それを、待ち構えていた昇が仕掛ける。
「鎌鼬・二式」
また柄にもなく技名を言う昇。
床を蹴るように振りまわす足からは、吹き上げるような烈風。上へ上へと上昇気流の如く吹きつける烈風に掴まった魔王は、切り刻まれながら宙へと舞った。
その頭上! 待ち構えるのは、あたりに稲妻をまき散らす愛歌の姿。
「ライジングブレイカー!」
言った! 俺が言わせようとした中二病全開の技名を言った!
「おのれぇぇぇ!」
「はぁぁぁ!」
稲妻の拳が、閃光を帯びて落雷する。腹部を拳で貫かれた魔王は、未宇の計算通り、俺の真上に落下してくる。
「くっ! 一体この力はなんだ!」
落下しながらも、まだ口を開く魔王。あれだけの攻撃を食らって、まだ正気を保てている事に、俺は敬意を称した。
「例を言う」
俺は、全身に力を入れる。足の先から、頭の先まで着火し始める体。
「俺は弱い。さっき仲間を失いかけて初めて分かったんだ」
俺の体を取り巻く炎は、徐々に大きくなっていった。俺は、円を描くように、周りに炎を展開させる。
「あんな思いは、二度としたくねぇ!」
俺を中心に円を描いき取り巻く炎。俺は片膝をついて、両手を床に付けた。辺りには、陽炎が立ち込めている。それだけ熱を帯びた空間を作り上げ、俺は自らの炎の力を増幅させていった。
「なら、俺が強くなるしかねぇだろ!」
「まさか、この魔王が!」
無防備に落ちてくる魔王の断末魔が聞こえる。
……終わらせよう。
……この戦いを。
「朱雀!」
俺は、取り巻く炎を一気に解放する。業火が竜巻のように渦を巻きながら、上へ上へと昇って行く。さっきまで頭上にいた愛歌は、陽によって射程外へと移動されている。ならば、今頭上にいるのは魔王のみだ。
「これも……運命か……」
それが、魔王の最後の言葉となった。炎の渦は天井をも突き抜け、厚い雲を纏う天へと昇っていった。
「運命なんてこの世には存在しねーよ。あるのは数多の可能性とその結果だけ。運命なんてのはな、所詮敗者の言い訳だ。俺たちは進むぜ? この先に待つ、可能性に」
俺たちは、魔王が消えるその瞬間まで目を離さなかった。立ち上る陽炎に消えていく魔王は、一度ふっと笑うと、光の粒となって消えていった。
それに連動するように、厚い雲は晴れ、光が差し込んでくる。
「……終わったか」
「あぁ」
「勝ったんだよね?」
「あぁ!」
「はい!」
「やりました!」
「…………」
『勝ったんだ!』
俺たちの歓喜の声が、光を取り戻した世界に、いつまでも響き渡った。




