第一章 五節 開戦
「おらおらおらぁぁぁ!」
魔王の塔の前では、大河が大暴れしていた。宙に浮いて、投げ飛ばされる悪魔の数は、もはや計り知れない。
俺の作戦とは違ったが、どうやら上手く開戦の狼煙はあげられたようだ。
「愛歌!」
「はいよっと」
敵陣に向かいながら、愛歌に合図を送る。
目を瞑り、気合を入れる愛歌。
「ライジング――って、言えるかぁ!」
惜しい! あとちょっとでライジングブレイカーって言わせられたのに!
「何やってんだ愛歌! 早く攻撃しないと、大河を失っちまうぞ!」
言わせたい! 大河を犠牲にしてでも!
「そんなものより、あたしが何か大切なものを失うよ!」
大河の命って、そんなものだったんだな。
『何を馬鹿やってるんですか! 早くしないと、もう敵陣に辿りつきますよ!』
頭の中に、未宇の声が流れ込んでくる。正面を向く。もう敵陣は、目と鼻の先だ。
「愛歌! もう技名はいいから、とにかくやってくれ!」
敵陣で、大河は奮戦中のようだが、数が圧倒的に違いすぎる。服も乱れ、所々破れて――って、おいぃぃぃ!
「なんで乳首の部分だけ、くりぬかれたように破れてんだぁ!」
大河の制服は、Tシャツだ。よく見ると、乳首の部分だけ露わになっている。もはやあれは、『破かれた』ではなく『くり抜かれた』と言った方が正しいだろう。
しかもちょっと恥ずかしそうだ。
「なんだ? あたしはどうしたらいい?」
「いや。やってくれ」
俺は、何も見なかったことにした。
「おっしゃぁ! 行くぜ!」
愛歌は叫びと共に拳を振った。前方の敵陣までの距離は、ざっと二十メートルと言ったところか。もちろん拳は届かない。が、相手に向かって大きな電気の渦が飛ぶ。その姿は、まさに雷だった。
前方の悪魔たちが吹き飛ぶ。おそらくあれをもろに食らったら生きてはいれないだろう。目の前で、初めて感じる『死』という感覚。だが、俺たちは立ち止まるわけにはいかなかった。
何もしなければ、俺たちが死ぬのだ。
「昇!」
「任せろ!」
昇は、空気を薙ぎ払うように腕を振った。そこから発生する突風は、まるで鎌鼬のように、前方の悪魔を切り刻む。
今の二人の攻撃で、ずいぶんと敵が減ったな。これなら!
『拓夢! もう敵陣です!』
「分かってるって! 炎弾!」
俺は、両手に集中し、炎の玉をイメージする。そして、一気にそれを開放、そのまま敵陣にぶち込んだ。悪魔たちの悲鳴と共に、道が開いていく。
「行くぞ!」
零距離となり、白兵戦になる。最初の遠距離攻撃が功を奏したのか、敵の数が最初より遥かに少ない。
俺たちより多少大きい悪魔たちだが、今はまったく恐怖を感じなかった。暴れる大河達を援護しつつ、俺も敵を倒していった。
「おいっ、阿久津! 大丈夫か?」
阿久津はと言うと、その辺でやられていた。
「すいません。僕こういうの苦手で」
そう言って、地面に倒れ込んでいる阿久津。魔王のくせに情けない奴だ。
「お前は怪我しないようにそうしてろ!」
「はい……」
『拓夢! 相当数の悪魔は倒れました。入り口付近に課長の名札を付けた悪魔がいます。その撃退をお願いします』
まるでオペレータ―だな。でもまぁ、未宇の指示があれば安心か。
『そんな、そういう意味で言ったんじゃありませんから。ただ、みんなを怪我させるわけにはいかないでしょう。それは拓夢も同じことで――』
「はいはい。分かったよ」
長くなりそうだったので、俺は途中で入り口に向かった。
もうほとんどの悪魔は倒れている。残っている敵も、今の大河達に任せておけば大丈夫だろう。俺は、指示通り課長の名札を付けている魔王の前に立つ。
「あんた、やっぱり課長だったか」
「なんだね君たちは? 勇者の仲間か? それとも敵会社の刺客か?」
本当に会社なんだな。律儀なこった。
「なんて言うか、勇者の仲間と言うよりは、魔王の仲間っすね」
「何を言ってるんだ! 社長のお仲間がそんなことをするか!」
「違いますよ。この世界の魔王の事じゃないっす」
「む。お前たち、他の世界の人間か」
「ご明察」
課長は、腰が低そうだが、他の平の社員たちに比べたら、それなりの貫禄を持っていた。
「ならば、なおの事社長には会わせられぬ!」
そう言って、身構える課長。
「力ずくでも、そこを通してもらいますよ!」
俺は、上半身に集中する。課長レベルがどの程度かが把握できない今、手を抜くことは死に直結する。
「はぁぁぁ!」
さっき思いついたのだが、両手以外も燃やせるのではないかと試してみた。案の定、上半身が燃え始める。
「なっ、なんだ貴様のその力は!」
「サイキッカーですから」
服が燃えてしまったのは誤算だったが、髪の毛などは燃えないので、何とか見てくれは保てたようだ。
だが、この後どう攻撃しよう。まったく何も考えていない。炎弾という技は、なんとなく漫画を元ネタにして編み出したが、もっと強い攻撃は無いものか……
「くっ! なめるな小童!」
課長が突撃してくる。俺は、その方向に手を突き出し、イメージする。
「炎龍!」
俺の右腕から生まれた炎が、課長を目指す。あたりに熱風を巻き起こし、周りを飲み込んでいく様は、まさに龍だった。
そこからは一瞬だった。炎の龍は、瞬く間に課長を飲み込み、消滅させていく。そして、自分が手に入れた力の大きさを思い知った瞬間でもあった。
心が痛まないはずはない。けど、このまま野放しにもできない。正直罪悪感で心が押しつぶされそうだ。課長たちにだって家族がいたかもしれないのに……。
だが、俺はそんな葛藤を越える。
何故なら、自分たちの居場所を守るだけの力を得たから。
何故なら、守るべき人や居場所があるから。
何故なら、俺を必要としてくれる人がいるからだ!
「おのれぇぇぇ!」
燃え盛る炎の中、いつまでも、俺の耳には課長の叫びが残った。
『Mコーポレーション』
入口の横にある看板には、そう書かれていた。どうやら、本当に会社のようだ。しかも、相当大きなビルで、果たして何階建てなのかは、見ただけでは分からない。まさに、一流企業の本社ビルのようだ。
俺たちは、その自動ドアを潜った。目の前には、普通のオフィスビルのエントランス風景が広がっていた。中だけを見たら、俺たちの世界と何も変わらない。
「おい見ろ! エレベーターあるで!」
大河が指差す。そこには、大きなエレベーターが一つ。
「随分と楽な魔王の塔だね」
「これ、社員専用とかじゃないよな?」
「あ、ここ見てください。六十階社長室って書いてあります」
なんて親切な魔王の塔なのだろう。社長――つまり魔王は最上階にいると案内に書いてあるようなものだ。でも、ここが会社なら、当たりまえなのかもしれない。
「では、これを使って魔王の部屋に行きましょう」
「いや、ちょっとだけ待ってくれ……」
俺は、悩んだ。こういう展開って、RPGとかだと、途中の階で中ボスとか出てきて、俺たちの行く手を阻むもんじゃないのか? もし、途中の階でスタンバイしてたら、なんか悪い気が……。
「なぁ拓夢。中ボスとかって倒さへんでええんか?」
どうやら大河も俺と同じ事を考えていたようだ。
「そんなもの飛ばしていけるんだからいいじゃんない。裏技だよ、裏技」
愛歌が言う通り確かに裏技だが、果たして本当にいいのだろうか?
「拓夢に任せよう。僕は何でもいいし」
そうだな……。別に楽がしたいという訳じゃないんだが。
「じゃぁ、エレベーターで行くぞ。魔王だってそんなに馬鹿じゃない。俺たちが来ることが分かっていながらエレベーターを止めないと言う事は、力に相当自信があるってことだ。なら、こちらも体力を残しておくべきだろう」
誰も反論しなかった。上に行くボタンを押し、扉が開くのを待つ。到着を知らせる音と共に、扉がゆっくりと開いた。
俺たちは、危険が無いのを確認した後、中に入って六十階のボタンを押した。
静かにエレベーターが上を目指す。意外と中は広く、俺たち六人が入っても、まだまだゆとりはあるようだ。
「でも、エレベーターなんてラッキーやったな」
「そうだな。六十階なんて階段で上がったら、途中でへばってただろうな」
「お茶の準備もありませんし、セーブ地点もないでしょうからね」
「当たり前だと思うよ」
順調に上がっていくエレベーター。もう二十階は越えたようだ。外から見ても高い建物だったが、まさか六十階建てとは思わなかった。
「ははは。これが罠やったりして」
『なっ!』
衝撃が走る。俺もあんなことを言ったが、まさかこっちが罠という可能性も無きにしも非ず。というか絶対罠だろ! どう考えても、エレベーターを起動させとくのに罠以外に何がある!
「てめぇ大河!」
「な、なんや!」
「ねぇ大河。そういう事をなんで先に言わなかったんだい?」
「せやから何がや!」
「罠かもしれないってことだよ」
「なんやお前ら。それ分かってて死亡フラグに乗っかったんと違うんか?」
『…………』
大河ですら分かっていた事に、誰一人気づいてなかった。情けないを通り越して、もう帰りたい。
「ま、まぁ大丈夫やて。逆にこっちが死亡フラグやないって事もあるから」
いやもう皆無だろ。絶対死亡フラグだよ。魔王の塔のエレベーターを使うなんて、絶対死亡フラグだよ。
エレベーター内の空気が一気に淀む。やる気や生きる希望などが、全部そぎ落とされた気分だ。
聞きなれた停止音が鳴る。階数を見ると四十階。ここが俺たちの墓場か。
開いたドアの向こうには、スーツを着た悪魔が一人立っていた。胸の名札には『統括部長』と書かれている。
俺は、もっと大人数が待ち構えていると思っていたが、いるのは中年悪魔が一人だけ。さて、どうするかな。
「統括部長来たよ拓夢。どうする?」
昇が耳打ちしてくる。
「どうするもこうするも、相手は一人だ。やるしかねぇ」
「準備はできてるよ」
俺たちは、統括部長を倒す算段を組む。
『拓夢、待ってください。これも罠の可能性があります。統括部長ほどの悪魔が、たった一人で敵陣に乗り込んでくるなんておかしいです。もしかしたら、何か爆弾のようなものを仕掛けている可能性が』
「ば、爆弾!」
どうしたと、みんなが俺の顔を覗きこんでくる。俺は一度咳払いをした後、深呼吸をして落ち着いた。
『落ち着いてください。可能性の話です。まだそうと決まった訳じゃないですよ。とにかく様子を見ましょう』
俺は、未宇を見て一度だけ頷いた。
「あの、何階ですか?」
俺は、統括部長に聞く。周りのみんなも、今ので様子見でだと言う事を分かってくれたようだ。
「では、六十階をお願いします」
統括部長も魔王が目当てか。それとも何かの罠か。エレベーター内の緊張はピークに達していた。
すると、聞き覚えのある停止音がまた鳴る。今度は五十階で停止したようだ。静かに扉が開く。そこには、またもやスーツ姿の悪魔が立っていた。どことなく貫禄がある悪魔だと思った瞬間、横にいる統括部長が頭を下げた。俺たちもつられて頭を下げる。
「六十階を頼む」
そう一言だけ言って、その悪魔はエレベーターに乗り込んできた。胸元には『専務』と書かれた名札がある。通りで貫禄があるわけだ。会社の形態は良く知らないが、専務って相当偉いはずだ。
『じゃなくて! おい! 専務まで乗ってきたぞ! もし俺たちがなんかしたら、専務ごと爆弾で吹き飛ばすつもりか? どんな会社なんだよ!』
俺は心で叫んだ。ただ闇雲に叫んだわけじゃない。未宇ならこれを読みとれるからだ。
『爆弾説はなくなりましたね。でも、まだ油断はできませんよ。重役が二人も敵陣に突撃してきたんです。なにか考えがあるとしか思えません。今、昇君たちにもコンタクトを取って、様子見で総意したところです』
みんなの顔を見る。一度頷くだけで、誰も言葉を発しない。
『分かった。もうすぐ六十階だ。それまで様子見でいこう』
『了解です』
五十三、五十四、五十五と、順調に進んでいく。遠からず、この統括部長と専務を倒さなくちゃならないだろうが、それは今じゃない。
「部長。君も社長に用かね」
沈黙を破る専務の声。見た目より若い印象を受ける。
「えぇ。なにやら表が騒がしいようなので、その相談をしに」
「なにかあったのか?」
「いえ。なんでも勇者の奴が攻めてきたらしく……」
専務は何も知らないようだ。そうなってくると、爆弾説は皆無だな。
「大丈夫なのか?」
「はい。セキュリティーは万全です。このエレベーター以外は、重要なフロアに各部門の部長レベルを配置しております。ネズミ一匹入る隙はありません」
『そのエレベーターが問題だよ! ネズミ一匹どころか、六匹も入ってるよ! しかも中ボスいたし!』
『同じツッコミが真宮寺君から入りましたので、昇君に任せました。それで拓夢。どうしますか? この様子だと、罠じゃない可能性も』
昇を見ると、大河の頭を何度も殴っていた。
『どうするも何も、もう六十階だ。こいつらも俺たちが刺客だって気づいてないみたいだし、このまま魔王のとこまで行くぞ』
『分かりました。そのように伝えます』
こんなことなら、最初の時点で倒しておくべきだった。魔王の部屋で、三人も相手をしなくてはならなくなったし、なによりこの二人。他の奴らとは違う威圧感を持ってやがる。
「しかし部長。社長がやられたら、我らは終わりなのだよ?」
「分かっております。社長はそう簡単にはやられるお方ではありませんし、なにより私たちが護衛に回るのですから大丈夫です。専務も、それが目的で社長室に行くのでは?」
「私は違う要件だが、まぁ仕方あるまい」
どの程度の力を持っているかは知らないが、その肩書きは伊達じゃないだろう。中ボスを相手にしなくてすんだのは正解だったのかもしれない。こっちは死亡フラグじゃなかったな。
停止音が響く。
階数は六十。
眼前には魔王との決戦が迫っていた。
六十階。長い廊下の奥に社長室はあった。
この階の部屋はそこだけのようで、閑散とした雰囲気が漂う。
俺たちは、二人の重役の後ろをゆっくり歩く。誰も言葉を発しない。緊張してないと言ったら嘘になる。
「君たち。見た限り学生のようだけど、今日は見学か何かかい?」
「え、えぇ。そんなところです」
「別に社長に挨拶などしなくともよいのに」
「いえ。一応」
「そうか」
どうにかごまかせてはいるものの、社長室に入ったら、もうそんなの関係なく戦闘になる。
『未宇。社長室に入ったら、何があるか分からないからな。全員に、戦う準備をしとけと言っとけ』
『はい』
みんなの顔つきが変わる。外での戦闘とは、まったく違う戦いになることは、重々承知だろう。俺だって、さっきから、握った拳が汗でびっしょりだ。
専務が扉を二度ノックする。
「入れ」
短く声がした。この先にいるのは、この世界の覇者、魔王だ。
「失礼します」
専務がゆっくりと扉を開く。俺たちは、二人に続いて中に入った。
「社長。見学の者を連れてまいりました。それと、下で勇者が攻めてきたようで、今は交戦中の模様、詳細は確認中です」
統括部長がさらりと言う。流石は重役だ。その物言いには無駄がない。
「お前らの目は節穴か」
部屋の奥に座る魔王が口を開く。大きい部屋だったので、魔王の輪郭は小さく見えたが、実際よく見ると、俺たちの倍の大きさはある。
「何がでしょう?」
専務が頭を下げながら言う。
「その見学者とやら。ただの見学者ではないぞ」
「なっ!」
魔王の低音の効いた声が、静かに言葉を発したと同時に、俺たちは一気に身構える。
その瞬間、統括部長と専務は、俺たちと距離を取り、猛獣が狩りをするような目に変わった。
「貴様ら一体何者だ?」
座っていた魔王が立ち上がる。間違いなく倍はある巨体。さらに、頭に生えた立派な角は、魔王の強さを物語っていた。
「でけぇ」
「でかいねぇ」
「強いのか?」
「おそらく」
緊張の色は見えない。思っていたより大丈夫そうだ。
「ただの高校生だ」
俺は短く答える。
「嘘をつくな。ただの高校生が、こんなところにいる訳があるまい。匂うぞ。我らと同じ匂いが。そうか。貴様ら超能力者か」
「流石は魔王。だけど、少し違うな」
魔王の名は伊達ではないようだ。俺たちの正体もお見通しという訳か。
「俺たちはサイキッカー。その辺の奴と一緒にしてもらっちゃ困る」
「それはすまない事をした」
嫌味な笑みを浮かべる魔王。これが覇者の余裕か。
「どうやら他の世界の魔王までいるようだしの。そう言えば、つい先日、異世界きっての大国が一つ潰されたというのが、ネットで話題になっておったな。それもたった一人の男によって。ならばもしやお主……」
「僕の事はどうでもいい!」
阿久津が言い捨てる。勇者にやられたというのは聞いたが、そんな大きな世界を仕切っていたというのは初めて聞いた。
「そうかそうか。まぁよい。お主ら、わしを倒しに来たのだろう? ならば相手をしてやらん事もない」
「その余裕。いつまで続くかな!」
俺たちは身構える。だが、その間に重役二人が割り込んできた。
「こいつらを、倒せたらの話だがな」




