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第一章 二節 特能部

「ふぅ」

 俺は、屋上で煙草を吸いながら、考えごとに耽っていた。

「どうした?」

「いや、空が語りかけてきた」

「頭、大丈夫か?」

「あぁ」

 大河に心配されるが一蹴する。昨日の事を考えていた……とは言えない。

 昨日、蹴り飛ばした大河を救出した時、既に化け物の姿はなかった。確かに川に落ちたはずなんだが、浮いてきたとこは誰も確認していない。溺れた可能性も考慮して、大河に潜らせたが、やっぱり出てこなかったし。

結果だけを述べると、奴は消えたのだ。

そういえば、あのタイツ男もいなくなってたな。いったいなんだったんだ?

「ふぅ」

 化け物と対峙した昨日とは打って変わり、今日は朝から学校にいる俺たち黒い三連単は、一限をさぼっていた。

「あぁあ。学校来たっちゅうのに、結局こうなるんやな」

「まぁ、しょうがないよ。今教室行ったら、僕たちの命が危ないからね」

 冗談風に昇は言うが、決して比喩ではない。

 それは、つい二十分前の事になる。




『うぃーす』

 気だるそうに、俺は教室に入った。続いて、さっき校門であった大河と昇も教室に入る。奇跡的な出会いは校門でも起こり、俺たちは一緒に登校することになった。クラスも、これまた奇跡的に今年も俺たちは一緒だったし。

「おらぁ! お前ら!」

『なっ』

 寝起きの俺たちにとって、それは目覚まし時計よりも強烈だった。その声と同時に、頬に衝撃が走る。俺は、人が繰り出す一撃とは思えない破壊力を前に、ただ壁に打ち付けられるだけだった。遅れて机が倒される甲高い音と、何かが地面に叩きつけられる鈍い音が耳に入ってくる。

「お前ら! なんで昨日サボってんだよ、殴るぞ!」

 殴ってから言うんじゃねぇ……。

「愛歌……僕に弁解の許可を……」

 地面に仰向けで倒れている昇は、どうにか整えた息を吐きながら、言葉を発する。だが、その懇願むなしく、まるでそこに誰もいないかのように、愛歌に踏みつぶされる。

「うがっ!」

 もはや言語ではない何かが、昇の口から漏れた。

「てめぇ愛歌! いきなり何すんねん!」

 今度は大河の叫びが、教室内に響き渡る。大河の後ろには、無数に倒れた机。幸い誰も座ってなかったようで、犠牲者はいないようだ。いや、今から犠牲者がでるのか。

「なんだ大河? このあたしに逆らう気? サボった身の分際で」

「上等や! てめぇも痛い目見なきゃ分かんねぇみたいやな。女だからって容赦しないで!」

 そう言って、愛歌に一気に迫る大河。

 結果は、言うまでもない。いくら俺たち三連単で一番強い大河でも、空手の県大会優勝者には勝てない。

 目にもとまらぬ速さで、コンボを積み重ねていく愛歌。反対に、息を吸う間も与えられない大河。その様はまるで、格闘ゲームのようだ。

「おらおらおらぁ!」

 肩に掛からない位の短い髪を靡かせ、拳を振るう姿は、他の男子曰く、いつも以上に綺麗に見える――らしい。

愛歌は、その豊満な胸やルックスの良さから、男子生徒から絶大な人気を誇る。隠れてファンクラブのようなものもあるらしい。その絶大な人気に拍車をかけている今のこの姿らしいのだが、俺にはまったく理解できない。

俺たち三連単と愛歌は、小学校以来の幼なじみなのだが、昔から今のようにサンドバックにされてきた。その俺が、拳を振るう愛歌を綺麗など思えるはずもない。

「あれを食らって、生きていられる奴はいないよね……」

 大河にターゲットが移った為、開放された昇が俺のところまで避難してきた。俺は、相槌をうって、犠牲者に目を向けなおす。

「……っ……」

「おらおらぁ!」

 助太刀にはいけん。許せ大河……。

「どうする拓夢? 逃げる?」

 逃げる。それは、大河を捨てて身を守るという事だ。だが、それは男としてダメじゃないか?

『つえぇ。流石は我らが愛歌嬢だ』

『いくら黒い三連単の真宮寺でも、まったく歯が立ってないな』

『あっちでは、金崎と桜井がやられてるぞ』

 外野の好き勝手な実況が耳に入ってくる。相変わらず、愛歌の人気は高いな。毎回毎回良くもまぁ、これだけのギャラリーが集まってくるもんだ。確かに顔はいい。背も低すぎず高すぎず、目も大きくて顔も小さい。おそらく可愛い女の子の理想と言ってもいいだろう。

そういう女は、大概同性に嫌われるものなのだが、

『さっすが愛歌!』

『いけ愛歌! バカの真宮寺なんてやっちゃえ!』

 愛歌の場合は、それもないようだ。そのあたりさわりのない性格と、ボーイッシュな感じが、功を奏しているのかもしれない。

「どうする? 早くしないと、そろそろ大河死んじゃうよ?」

 そうだ。俺は、そんなアウェイな大河を、ほっとけない。

「……分かった」

 俺は膝に手を付き立ちあがる。

「決めたみたいだね。じゃぁ」

「あぁ。当たりまえだろ」

 一瞬、大河と目があった。何かを懇願するような、そんな眼差し。こんな場面で、いつもの俺ならこう言うだろう。

『友を守るためなら、こんな体、安いもんさ』

 まさに男の鑑のようなセリフ。

 だから俺は床を蹴る。まっすぐ廊下に向かって。

「すまん大河! 背に腹は代えられん!」

 大河を背中に、俺はそう言い捨てた。

あいつは一体どんな顔をしているのだろう。それを確かめるすべはもうないが、すまない大河。あの状態の愛歌を相手にするのは無理です。

後ろからもう一つ足音。昇だ。こいつも、俺と同じことを考えていたらしい。

「待てこら!」

 悪魔の叫びが響く。大河は駆逐され、今度のターゲットは俺たちのようだ。声はどんどん遠ざかっていく。いくら愛歌が最強だろうと、さすがに俺たちの脚力の方が上だ。だがそれでも、俺たちは全力疾走を止めない。

途中、教師の説教が飛んでくる。おそらく廊下を走るなとか、そういうことだろうが、そんな事できるはずがない。だって、足を止めた瞬間に、大河の犠牲は意味がなくなるからな!

あぁ、俺はなんて友達思いなんだ。

「きゃぁ!」

 階段の踊り場で、誰かとぶつかった。衝撃で倒れそうになったが、それを何とか我慢する。ぶつかった相手といえば、耐え切れず尻餅をついてしまったようだ。

 助けている時間はないが、相手は女子のようだし、主人公として無視はできん!

「大丈夫か?」

 尻餅をついている相手に、右手を差し出す。

「廊下を走ったら、危ないでしょう」

 そう言いながらも、俺の手をとる女子。

 と、不意に目が合う。その女子は、俺の顔を見るや否や、顔を林檎のように赤らめた。

「た、たたた拓夢!」

 それは、俺もよく見知った顔だった。

「未宇!」

 氷山未宇。俺たちのクラスメートで、愛歌の親友だ。

「ななな」

「落ち着けよ未宇。はいっ、深呼吸」

 俺が言うと、未宇は三回ほど深呼吸をした。

「落ち着いたか?」

「……はい」

 尻餅をついたままだっていうのに、どこか気品のある未宇。流石はお嬢様だ。

「あの、いつまで手を握っているのですか?」

「あ、あぁすまん!」

「いえ……嫌ではないのですが」

「?」

「い、いえ! こっちの話です」

 俺の手は借りずに、自分で立ち上がる未宇は、ゆっくりと身なりを直し始めた。その、長く整った黒髪を靡かせ埃を掃う姿は、優雅としか言いようがなかった。しわ一つない制服からは、白く透き通るような肌が露出している。典型的な大和撫子というやつだ。

愛歌とは、ベクトルの違う美少女。小さな顔に長い髪。猫を連想させるような瞳は、髪と同じ深い黒をしている。少々控えめな胸だが、未宇の場合、それはスレンダーと言うべきなのだろう。それが愛歌とは別の人気を誇る理由でもあるようだし。

そういえば、未宇にもファンクラブとかあるんだっけ。

 そんな事を思っていると、未宇から声がかかった。

「それで、一体何をそんなに急いでいたのですか?」

 やべっ! 愛歌から逃げてる途中だった! 

「バカ二人! どこ行った!」

 愛歌の声が響く。そんなに遠くない距離だ。まずい!

「はぁ、そういう事ですか。今度は一体何をしたんです?」

「いや、昨日サボった事を言われて……」

 いつものことだと言わんばかりに、ため息をつく未宇。

「愛歌も、昨日クラス委員になったから、張り切っているんですかね」

 へぇ。昨日の学校でそんなことがあったのか。

「分かりました。ここは私がなんとかしますから、拓夢はその間に逃げてください」

「マジかよ!」

 未宇は、唯一愛歌の怒りを抑えられる人物だ。その未宇が、俺を見逃してくれるというのだ。その優しさに甘えよう。

「サンキュー未宇! この恩はいずれな!」

「別に、拓夢のために助けた訳じゃないんですからね。その、部活に響いても嫌ですから……」

 そんな声を背中に受けながら、俺は階段を登って行った。


                         †


「はぁ。愛歌のせいで制服破けてしもうたわ」

「そのTシャツは、制服とは呼ばないでしょ」

 昇は、大河の制服と呼ばれるただのTシャツを指差す。

「裸を制服って言う頭の弱い奴よりはマシやろ」

「Tシャツを制服っていう君も十分弱いと思うよ」

「あ? やんのかコラ!」

「別にいいけど、そんなボロボロな身体で僕に勝てると思ってるの?」

 屋上に逃げ込んだ俺は、先に逃げていた昇と、後から登場した大河と合流した。そして、口論の末に喧嘩。まぁ、いつもの事さ。

「やめろ二人とも。その喧嘩は不毛だ」

「じゃぁこの怒りをどうすりゃいい」

「これからの事を考える原動力に変えろ」

「これから? とりあえず部活はどうするん?」

 手すりを背もたれにして、Tシャツを気にする大河。それを見ながら、俺は煙草を一吸いし、輪っかを作るように煙を吐く。

「部活か……」


『特殊能力研究部』


 それが、俺たちの所属する部活だ。と言っても、俺が去年作ったんだが。

「どうしよっか。逆に授業に出ないと、今度は部活で愛歌にやられそうな気がするよ」

「げっ! それは堪忍や」

 部員は、俺たち黒い三連単に愛歌に未宇。それに、三年生の女子が一人の、計六人だ。

「でも、部活はやるつもりなんやろ?」

 大河から、そんな質問が投げかけられる。それに対して、俺は何も言わずに、首を縦に振った。

「そういえば、特能部の具体的な活動内容みたいなのはどうなってるの?」

「目標がどうたらってやつか?」

「うん」

 俺はすぐには答えられない。去年までは愛好会という事で、具体的な事は何も決めていなかったし、新学期を迎えて、さあ部活! と言われても、まだ二日しかたっていないんだぞ。しかも、昨日なんて活動してないし。

「じゃぁ、エロゲーをたくさんやって、ランキング形式にするっちゅうのはどうや?」

「奇遇だね。僕も今アニメのランキングを作ろうとか考えたよ」

「珍しく俺たちの意見が重なったな。おい拓夢! こりゃランキングを作るに決めた方がええんと違うか?」

「却下」

 俺は一蹴してやった。

『なんでだよ!』

 珍しく二人が仲よくしてくれんのはありがたいけど、冷静に考えろ。そんなの生徒会に通る訳ないだろ?

「そもそも、エロゲーは十八歳未満に販売禁止なんだぜ?」

「大丈夫やて。俺は、兄貴を使こうたりしてるから」

 お兄さん。痛み入ります。

「拓夢。じゃぁここはアニメのランキングだね」

「それも却下だ。俺はともかく、陽や愛歌がそんなの許すはずねーだろ?」

「それも、そうだね」

 おそらく先ほどの愛歌の一撃でも思い出したのだろう。昇と大河はお互い赤みの残る顔を押さえながら頷いた。

「目標なら、主人公兼部長の俺が今決めた」

 実は、当初の目標はもう達成されるようなもんなんだよな。

『居場所』を作る。これが俺の目標であり、特能部結成の理由だ。

「楽しく過ごす! これが当面の目標だな」

 でも、よくよく考えたら、特能部みんなの目標を作るんだよな。なら、居場所ができた今、今度は楽しまなきゃ損だろ。

「思ったより、短絡的な答えが返ってきて安心したよ」

 昇はどんな答えを予想していたのだろう。『力』の研究――とかだろうか。

「俺は何でも構わへんけどな」

「だからお前は嫌いじゃない」

「へっ、ありがとよ」

 嫌味を言ったつもりだったのだが、何を勘違いしたのか、感謝の言葉を並べてきた。

 口から煙草を取り、携帯灰皿の中に放り込む。

「んじゃまぁ、行きますか」

 俺たちは教室に戻った。


                   


 四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。

『おっしゃ! 飯だ!』

 どこからかそんな声が上がる。

 俺は、昇を呼んで席を作り始めた。大河は……まだ机に突っ伏しているようだ。

「大河の奴、まだ伸びてんのかよ」

「まぁ、しょうがないよ。ほっとけば?」

「うーむ。しょうがねーな。昇、ちょっと手伝ってくれ」

 二人がかりで、大河を机ごと移動する。

いつもならほっとく場面だが、今日は特別移動してやる。

白目を剥いて、気絶している大河を。

 遡ること二時間目。俺たちは屋上から教室に向かった。空きっぱなしのドアを潜ると、そこには鬼の形相の愛歌が立っていた。咄嗟に、俺たちはオペレーション・ビッグリバーアタックを発動。    

その結果が、今の状況という訳だ。

「おら起きろ大河。飯だぞ」

 頭を叩く。軽くではなく強く。

だが大河は、ピクリともしない。まさか死んでないよな?

 なんて、そんな訳はないので、俺はビニール袋からパンを取り出す。さっ、飯だ飯だ。

「あのさ、拓夢……」

 袋を開け、パンを取り出そうとした時、不意に後ろからお呼びがかかった。一瞬大河かと思ったが、奴は俺の目の前で、絶賛気絶中だ。というか、何より声質が男じゃない。

 俺は、座ったまま振り返る。そこにいたのは、何故か落ち着かない女子が二人。

「どうした? 愛歌、未宇」

 俺は二人の名前を呼ぶ。

「あ、あのさぁ拓夢。あんた今日弁当は?」

 何を言ってんだ愛歌は。今俺が持ってる物こそ、弁当と言わずに何だと言うのだ。

「え? このパンが弁当だけど」

 行きに買ったコンビニのパン、税込百三十円を突き付ける。

「丁度いいです!」

 いきなり未宇が叫ぶ。びっくりしたぁ。なんなんだよいったい。嫌がらせか?

「あ、ああ丁度いい! パンだけじゃ栄養偏っちゃうし」

 なんだ。そんな事か。

「それなら問題ないぞ?」

 俺は否定する。

「いや! そんなことない!」

「そうです! いくらパンで栄養が足りても、愛が足りません!」

 未宇に至っては、言ってることが意味不明だ。じゃぁ、愛があるパンなんてあんのかよ。

「大丈夫だよ。だって――」

 そろそろ……。

 と思った瞬間だった。教室の後ろのドアが音を立てながら横にスライドし、その奥から小柄な女子が入ってきた。

「拓夢……お弁当」

 教室が騒がしくなるのが、手に取るように分かる。上履きの色が違う上級生が入ってきた、というのもあるだろうが、何よりその人物が問題だった。小柄な体に腰まで届きそうな茶色がかった長い髪。整った容姿に細身だが、出るとこは出ているという感じの美少女。

『はるさまぁぁぁ!』

 どっと声が上がる。特能部最後の一人、長篠陽の登場だ。

「な? 問題ないって言ったろ?」

 変な話だが、陽は一つ年上の先輩なのに、去年の夏頃から、いつも俺の為に弁当を作ってくれていた。物静かな感じ……というか、俺に言わせれば特別無口なだけなのだが、その感じが逆に男子生徒から人気を集める理由となっているらしい。そんな陽が、異常に懐いてくれるのは、一人の男として嬉しいが、俺以外の男からの射殺すような視線といつも戦うのは、主人公たるもの仕方がないのだろうが、正直勘弁してほしい。

「いつも悪いな、陽」

「別に、いい」

 あぁ。視線が痛いよぉ。

『長篠先輩!』

 愛歌と未宇が、声をそろえる。

「なに?」

 なんだか、あまり興味がないような返事だな。

「いえ。今日も大変っすね……」

「別に」

「料理得意なのですか?」

「別に」

 二人は、はぁとだけ言って、こそこそと話始めた。どことなく落ち込んでいるように見えるのは、俺の見間違いだろう。

「陽先輩」

「何、桜井」

「いや、先輩も一緒にどうです?」

 馬鹿野郎! これ以上陽が俺の近くにいたら、俺が死んじまう。

「いい。気持ちだけ、貰っておく」

 ふぅ。なんとか命拾いしたのか? だけど、陽だけ仲間外れってのもどうだろう? 

「食ってけよ」

「え?」

「だから、飯ぐらいここで食っていけばいいだろ?」

 俺が少し照れ隠しをするために素っ気なく言うと、少し考えた後、

「拓夢が言うなら」

 と言って、その辺にいる男子生徒から、席を借りてきた。もしかして、俺に気を使ってたのか?

「うっ!」

 光線でも出ているかのような視線を感じる。いつも弁当作ってきてくれる陽のためだ。耐えろ俺!

『拓夢!』

 そんな中、いきなり名前を呼ばれるもんだから、驚いて倒れそうになった。

「な、なんだよ!」

「あのさ、あたしさ、弁当作りすぎちゃって……拓夢、食べてくんない?」

「はぁ?」

「その、私もなんです。よかったら、拓夢食べてくれませんか?」

 俺の目の前に並ぶ弁当箱。数は三つ。無理だ!

「バカ! 弁当三つも食える訳ねぇだろ! 昇と大河に分けろって」

「あ、僕いらない」

 この野郎。いつも以上の速さで即答しやがって!

「ほら。昇もこう言ってることだしさ」

「拓夢。食べてくれませんか?」

 大河の奴は気絶してるし、食べきれないと言っても残すのはもったいない。

「はぁ。もらうよ。残すのは勿体ないしな」

『ありがとう!』

「拓夢。私のも、食べて。拓夢の為に作った」

 弁当三つにパンが二つ。胃もたれ確定だ。

「ラブコメだねぇ」

「うるせぇ!」

 笑顔の昇は、妙に嬉しそうだった。愛歌と未宇も何故か一緒に昼を食べることになり、結局部活メンバーで、昼食を共にした。

「はっ! あれ、なんでみんないるんや? あれ? はるっちまでいるやん! どうした? また拓夢に弁当?」

「…………」

「ぐはっ!」

 大河が復活したと思ったら、今度は吐血して気絶した。おそらく、陽に無視されたことが原因だろう。

「大変だねぇ。大河も拓夢も」

 俺と大河を交互に見てニヤニヤする昇に、無償に腹が立つのはなぜだろう。

「拓夢、どうだ?」

「どうです? 拓夢」

「どう?」

「……とても、おいしいです」


俺の昼食は、視線と満腹との戦いだった。




「げふっ」

 昼食が終わり、俺は満腹で死にそうになっていた。

「ラブコメだねぇ、本当に。流石は主人公」

「俺の見解では、さっきのは各個人ルートへの分岐点やったな。で? 結局誰を選んだんや?」

「お前ら……主人公、交代しない?」

『結構です』

 他人事だからって、好き勝手言ってくる二人。よくもまぁ、この俺を見てそんな事が言えるもんだ。

 俺は、一息つくために、懐に手を伸ばし、煙草を取り出す。

「あれ?」

 ライターがない。どっかで落としたか?

「どないしたん?」

 大河が、寝転がりながら言う。

「いや。ライター落とした」

「いらないでしょ? 拓夢には」

「まぁな」 

 煙草の前に、手を拳銃のような形にして添え、指先の一点に集中する。すると、指先に小さな火がついて、煙草が煙を出し始めた。

「ふぅ」

俺は、物心ついた頃から、普通の人とは少し違った。性格でも趣味でもルックスの話でもない。他の人には無い能力が、俺にはあった。

 初めて気づいたのは、小学校に入学してすぐの時。

 家族で、紅葉を見に行ったんだ。辺り一面、燃えるような赤に染まっていたのは今でも覚えている。ふと、拾った落ち葉がいきなり手のひらで燃えだした。驚いて落ち葉を離したが、その落ち葉は灰となって風にさらわれてった。

 最初はなんで燃えだしたのか分からなかった。その後も、触れたものが燃えたり、小火が起こったりして大変だった。

そして俺は気づいた。

燃えているのは物ではなく、俺の手だということに。



『パイロキネシス』



 日本語でいう発火能力。これが、俺が持っている力だ。

 自分の両手から、火を出すことができる。出せる火自体は微弱だけど、普通の人間からすれば、いわゆる超能力ってやつだ。

 そう。俺は、超能力者。またの呼び名をサイッキカー。

 聞こえだけはいい。でも実際に、この力でいいと思った事は一度もなかった。今となっては、自分でコントロールすることができる分、マシになったと言えるだろうけど。まだコントロールができなかった幼少期。かなりの苦労をした。変人と呼ばれ、自ら孤独を選んだ。何かと接触するのが怖かったんだ。

 煙草も俺が超能力者というのを隠す為の手段でしかない。俺は一定時間立つと、身体の熱によって生み出された煙が口から漏れてくる。それをごまかす手段として、煙草を口にしていた。

「いつ見ても、拓夢の力は人間離れしてるよね」

「せやな。名付けて火だるま男」

「お前らも人の事言えないだろ」

 特能部。

 そんなはみ出し者達の居場所。

 俺を含め、部員全員サイキッカーだ。大河の力はサイコキネシス。つまり物体を手を使わず動かすことのできる念力男。昇は、自らの行動から風を起こせる風車男。とは、言ったものの、大河は文房具程度の物しか動かせないし、昇の場合は、その行動の大きさに比例するようだが、せいぜい人一人を吹き飛ばすくらいの風しか起こせない。

「ここにいた!」

「なんだ、愛歌か」

「なんだとはなんだ!」

 煙草を隠そうとした手を、口元に戻す。

 愛歌は、エレクトリックマスター。つまり、電気人間だ。彼女も俺たちと同じで、発する電気は静電気レベルだ。

「愛歌。屋上って言ったのは私ですよ」

 氷山未宇は、人の心が読める力を持っている。彼女の力に関しては、俺も分からないことが多いが、人の心を読めると言っても、意識した単体のみらしい。

「二人とも、こんなとこに居ていいの? もう授業始まるよ?」

 腕時計を見ながら、昇は言う。

「うちのクラスは自習になったんだよ! お前らと違ってサボりじゃない」

「おい愛歌。パンツ見えてるぞ」

 寝転がってる大河が、また余計な事を言う。

「おらぁぁ!」

 鉄拳が飛んでくる。何故か俺に向かって。

「ぐわぁぁぁ!」

 またまた何故か、俺が地面に叩きつけられる。あぁでも、体に電流が流れるいいパンチだ。あ、これ比喩じゃないよ。

「じゃなくて! なんで俺が殴られるんだよ!」

『ぐはっ!』

 続いて昇と大河も、俺の横に吹き飛んでくる。いや、大河はもともと寝転がっていたから、そのままか。

「見たなバカッ!」

 ずいぶんと愛歌の声が遠くに聞こえる。相当吹き飛ばされたようだ。

「この野郎。お前のせいで、俺までとばっちり食らったじゃねぇか」

 殴られた頬が痛む。強く言いたくても言えない。

「三人揃って空見上げるっちゅうのも、ガキの頃みたいでええな……」

 そんな事を口走る大河。どうした? 頭でも打ったか?

「大河の感想は聞いてないよ」

 昇も俺と同じ状態のようだ。いつもより言葉に力がない。

「まったく、このバカ三人は死なないと治んないのかね」

「昔からでしょ?」

 女子どもは好き勝手言っているようだ。言われ慣れているとはいえ、さすがにこうも無罪だと頭にくる。

 と、考えてると未宇に読まれて、また大変なことになっちゃうな。それだけは避けないと。明鏡止水、明鏡止水……。

「さて。ちょっと反抗してくるわ」

 途端にゆっくりと立ち上がる大河。俺たちも、それに続いて体に鞭打って立ち上がった。

「俺もな、いつまでもサンドバックになっとる訳にはいかへんねん」

「待って大河。君、何するつもりだ?」

「花火、上げようと思うてな」

 何を言い出すと思えば……。

「今は花火の時期じゃないぞ」

「いや、そういう事を言ってるんじゃないと思うけど」

 え? 違うの?

「お前ら。これは俺なりのけじめなんや。俺は後悔なんてしない。ふっ。例え死ぬとしても、最後までやり通したいんや」

 ふっ、じゃねーよ。馬鹿だろお前。それ死亡フラグだからな?

「覚悟は分かった。もう止めないよ」

「俺もだ。お前の好きなように生きろ」

「ふっ、ありがとな」

 大河は俺の懐から煙草取り口に銜えた。俺はそれに火をつける代わりに、大河の鼻先に着火する。

「熱っ! 何すんや!」

「いや、気合入れてやろうと思ってさ。『花火』だけに」

「上手くないわボケェ!」

 そんな俺たちのやり取りを見ながら、女子二人は少し離れた場所でこそこそと話していた。何を話しているかは聞こえないが、いい話でないのは明確だ。

「とにかく、俺は行くで!」

「あぁ」

「無事を祈る」

 薄々だが、何をしようとするのかは分かった。大河は力を使おうとしている。それも、禁断の使い方で。

「サンキュー、相棒。最後にもし生きて帰ってきたら、その時は、一緒に朝まで飲みに明かそうや」

 うん。完全なる死亡フラグだ。

『分かった……』

こいつが生きて帰ってくることは、まず無いだろう。完全に主人公みたいだが、見方によっては脇役の最後のシーンだ。

「ほな。最後にでっかい花火、打ち上げるでぇ!」

 そう言って、女子二人に向き合う大河。女子共は、不満そうにこっちを睨んでくる。

 嵐の前の静けさとは、まさにこの事だろう。数秒の沈黙の後、大河の叫びでゴングが鳴った。

 さよなら、大河……。

「いっくでぇ!」

 そう言って、両腕を前に出し、勢いよく下げる。その行動と連動するように、二人の悲鳴が響いた。

「きゃぁ! パンツが!」

「うそっ! いやぁぁ!」

 俺は、大河を甘く見ていた。

 俺の考えはこうだった。サイコキネシスで、二人のスカートを捲る。これだけでも重罪で万死に値するが、今日の大河は一味違った。

 二人の足元には、黒とピンクの絶対不可侵トライアングル。通称パンティが下がっていた。

 いや、ちょっ待て! 黒、黒だと! なんてアダルトなパンティを履いてんだ未宇の奴。

「こんの大河! てめぇ!」

「やめなさい!」

「威勢がいいのは口だけか? 俺を甘く見た罰や」

 不敵な笑みを浮かべる大河の前では、あの二人の怒号も、小鳥の囀りのようだ。隣の昇を見る。いつもの笑顔は崩さないものの、鼻からは赤い筋が伸びていた。

「まだまだこんなもんじゃ、てめぇらの罪は償えへんでぇぇぇ!」

 一際大きな叫びと共に、大河の両腕は振り上げられた。

 前方の女子二人からは、この世の終わりのような悲鳴が聞こえる。

 そちらを向くと、今にも翻りそうなスカート。それを必死に抑える二人がいた。

「きゃぁ! 洒落になんないぞコラ!」

「いやぁ! やめなさい!」

「くはっはっはっは! いったいそれがいつまで続くかな?」

 その通り。人間の腕力と超能力では、どちらが強いかは一目瞭然だ。みるみるうちにスカートが捲れていく。もう完全に太ももは露わになっている。後数秒で、秘密の花園への扉は開かれるだろう。まさに鬼畜。いや、悪魔だ! 

あ、やべ。鼻血出てきた。

「おらおらおらぁ!」

「いや! 馬鹿! ホントにぃ!」

「それ以上はだめぇぇ!」

 なんとも色っぽい声を出すんだ二人とも! おじさん、興奮してきましたぞ。

「これで、終いじゃ!」

 一際大きな声が響く。その後には、二人の悲鳴が……って、あれ? 聞こえてこないぞ? 二人を見ると、スカートは所定の位置に戻っていた。咄嗟に大河を見る。その顔は、何か信じられないようなものを見ているようだった。俺のとなりにいる昇も同じ表情だった。俺は恐る恐るその先を見る。

そこには少女が立っていた。

「おいたはダメ」

「陽!」

 陽が、俺たちと愛歌たちの対角線上に立っている。いつの間に現れたのだろう。いや、そんなの決まっていた。今、現れたのだ。何故なら、陽は俺が知る中で、最強の超能力者なのだから。

「えっ、はるっち! なん――」

「死ねやこらぁぁぁ!」

「ぐわぁぁぁ」

 大河が陽を認識した瞬間、雷のごとき閃光が、彼の顔面を貫いた。もちろん、愛歌の鉄拳だ。

「おらおらおらぁ! さっきの威勢はどうしたこのエテ公が!」

「すびば――ぐはっ! ぜん――げはっ! でじだはっ!」

 横で大河が馬乗りになられて、なぶり殺しにされていた。めずらしく、未宇も参加してるようだ。いやは、死亡フラグは伊達じゃない。ご愁傷様。

俺は、黙祷を済ませ陽に向き直った。

「陽? お前が力を使ってまで助けるなんて、どういう風の吹き回し?」

「拓夢が、見てた」

「え?」

「拓夢が、愛歌と未宇のパンツ、見てた」

「だから?」

「そんなに見たいなら、私の見せる」

「バカバカバカ! 脱ごうとするな!」 

 陽は、たまにこういう行動に出る。俺の事を慕ってくれているのは良く分かる。でも、やめてください……。

目の前で、陽が赤くなっているが、何を想像しているかは、聞かない事にしておこう。

「ラブコメだねぇ」

「うっせ。お前は鼻血拭け」

 そう言いながら、俺は煙草を口に銜える。

「ふぅ」

「煙草、駄目」

「大目に見てくれ」

 俺は煙草を蒸かしながら、口元を緩ませた。

 俺は、こんな居場所が欲しかったんだ。


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