第一節 零章
どうして、こんなことになったのだろう。
俺は普通の高校生だったはずだ。
いや、俺がそう思っているだけで、実はそれを演じていただけなのかもしれない。
そうだ。
ちょっと他の人と違うだけで、それ以外は何も変わらない。
同じように怒り、同じように泣き、同じように笑う。
でも、俺たちはそれを演じていただけなのだろう。
そう。
何故なら、俺たちは他とは違い。
――誰よりも、力を持っていたから。
朦朧としていた頭がはっきりとする。目の前に広がるのは、まさに地獄絵図だった。床に広がる赤い水たまり。人が人であるが為に出るその液体は、死を連想させる。
軋む筋肉に鞭打ってどうにか身体を起こし、倒れている仲間に駆け寄ろうとするが、足が思うように動かない。
痛みはない。大きな怪我をしている訳でないのは自分が一番良く知っていた。
ただ、恐怖ですくんで動かないだけだ。
口元を触る。血は出ているが、傷は深くないと思う。
「た……いが……のぼる……」
親友の名を呼ぶ。返事はない。
目の前で血を流し倒れている二人は、息はしているものの、ピクリとも動かない。
「くっ!」
辺りは炎で覆われている。気を抜けば、俺でさえ飲み込まれてしまいそうな業火。
「まなか……みう……あくつ」
さっきの二人とは別の位置で倒れている仲間に声をかける。
「うぅ……」
反応は薄い。それでも、まだ息があることに安堵した。
「もう終わりか? 異世界の超能力者よ」
野太い声が響く。
俺は声の方向に振り向き、睨みつけるように見た。
「この魔王。そう易々と倒せると思うな?」
歯ぎしりで嫌な音がする。口の中は血の味がするし、頭はくらくらするし、状況は最悪だ。
「なに。これ位、愛歌の鉄拳に比べたらなんてことない」
「ほう。まだそんな減らず口が訊けたか小僧」
「生憎俺は中二病気質を患っててな。こんな場面でも減らず口を叩く主人公ってのに憧れてんだ」
強がりなのは分かってる。だが――。
「愚かな。それが自らの寿命を縮めるとも知らずに」
ここで諦めたら、俺が俺じゃなくなる気がすんだよ!
「はぁぁぁ!」
両腕に全神経を集中させる。
瞬時に燃え上がる両腕。その炎を両手に纏めるようなイメージを描く。
「炎弾!」
ボールを投げるように、両手に作った火の玉を飛ばす。
「くたばれマオォォォ!」
二つの火の玉は、寸分の狂いなく魔王を目指す。あと数センチで直撃という時に、魔王のにやりとした口元が見えた。
だがそれも一瞬の事。轟音と共に白煙が立ち上る。
「やったか?」
肩を下ろせたのは、ほんのひと時だった。晴れはじめる白煙の向こう。人ではない大きさの影が底には存在した。
――刹那。凄まじい衝撃が俺の腹部を貫く。
「ぐはっ!」
血と胃液を同時に吐きながら、俺は吹き飛んだ。
逆らう事も出来ずに、背中に鈍い衝撃が走る。壁にぶつかり、ようやく俺の飛行は止まった。
同時に、骨や肉が引きちぎれるような感覚が俺を襲う。
「もう遊びは終わりにしよう。わしも忙しい身なのでな」
一歩一歩振動を起こしながら近寄ってくる魔王。
殴られた腹部を押さえる。アバラを何本か持ってかれてるなこりゃ。
「どうした? 抵抗しないのか?」
自然と笑みがこぼれた。
「俺も抵抗したいんだけどな。どうやら身体が言う事を聞いてくれねぇ。なら、敵に背中を見せるより、正面からぶちのめされたいもんだ」
この状態で抵抗したところで、魔王を倒せる保障はない。むしろ、無様な最後を俺は遂げることになるだろう。それなら――。
「何カッコつけてるんや拓夢。まだ死亡フラグは立ってないでぇ!」
「僕も今回ばかりは大河に賛成。何カッコつけてんだい拓夢?」
壁にもたれ掛っている俺と、まるで壁のように立つ魔王の間にのこのこと入ってくる人影が二つ。
「大河! 昇! 何やってんだ!」
その影はまさしくさっきまで倒れていた仲間だった。
「何やってんだは、こっちのセリフや!」
大河の魂の叫びは、血と共に吐き出された。
「な、にが――限界や。お前が諦めてどないすんねん!」
「自分で主人公だって言ってたよね? その主人公がやられたら、僕たちの物語が終わっちゃうじゃないか?」
「……そうだな。すまん」
眼前には、まるで遺言を聞いているかのように黙っている魔王がいた。
「覚えとけ拓夢! 俺たちはなぁ、お前の手駒でも盾でもない。桃園の誓いをした、立派な親友や」
「桃園の誓いは義兄弟の契りだけど、まぁいいや。大河の言う通り、僕たちはそういう仲だ」
昇も涼しい顔をしているが、腹部の服は赤く染まっていた。
「もう……やめろ」
「だからそんなお前を」
「……やめろ」
「守って死ねるなら」
「やめろぉ!」
『本望だぁぁぁ!』
「お前たちの心意気。しかと受け取った」
俺の制止は二人には届かなかった。魔王は一言そう言って腕を振り下ろす。殺気に満ち足りた一撃。こんなものをまともに受けたらひとたまりもない。
そこからは連続写真を見ているかのように、時がスローモーションに流れた。
「たいがぁぁぁ! のぼるぅぅぅ!」
俺の雄叫びはゆっくりと流れる時の中で、悲痛にも響き渡った。
二人に、その一撃が届くまで……。




