後悔と疑い
城に着いた彼らの目の前には甲冑を着た兵士が二人いた。
「お帰りなさい」
深々と頭を下げた兵士は城門を開けた。地面が響く音と共に開かれた門をくぐるといよいよ懐かしい感じがしてきた。
赤いふかふかの絨毯の上を騎士たちは歩く。
「おお、懐かしい感じがするなぁ」
リオンが見慣れた場内をキョロキョロしながら歩く。
「あっちの方が食堂で、ここが書斎で、整備室で……」
「ヤメロ恥ずかしい」
指をさして確認するリオンの腕を、ローザが下へ押さえつける。しかしそんなローザも先ほどから少しばかりそわそわしているようだった。
「えっと、みなさん。最初はお部屋にご案内します。案内すると言っても場所は以前と変わりませんが。荷物などを置いたり、着替えなどを済ませてください。一五分後に私の部屋の前に集まってください。姫様のところにご案内します」
イクスはそう言うと先頭に立って足早に歩き始める。
「姫様は俺たちが来るのは知ってるんだよな?」
その背中にナイトは投げかける。その問いにイクスは答えるが、後ろを振り向くことはしない。まっすぐに伸びた背中から声が聞こえる。
「ええ。知っていますよ。今日から護衛の騎士が来るとは伝えてあります。楽しみにされていますよ」
「そっか。なんか姫様なら向こうから出迎えてきそうだけどな」
「ふふふ、そうですね。向こうの廊下から走ってきそうです。そして元老たちに怒られて……」
ナイトの言葉にすかさずレイリーが反応する。少しひんやりとしたこの空間を三年前、彼らは生きていた。多くの使用人と兵士に囲まれて暮らしていたのだと今更ながら感じ取る。昔はただ当たり前に生きてきたこの場所が、今はこんなにも懐かしい。
「それではみなさん、また後で」
自室の前に着くとイクスは早々にドアの向こうに消えていった。何か言いたげな顔をしていたようで、ローザは顔をしかめた。
「みんな、部屋に戻る前にすまない」
「なんです?」
すでにドアに手を掛けていたシリルが振り返る。
「今回のこと、どう思う?」
「どう思うとは?」
首をかしげるシリルだが、その横でナイトはキッパリと言う。
「おかしいと思う」
腕組みをした彼は冷たい壁に背中をくっつけてため息を一つついた。
「城の場所が変わったわけでもない。国自体が大きく変わったわけでもない。なら、何故集合場所が時計塔なんだ?」
「何故って……」
レイリーとシリルは黙ってしまう。何か考えているのか。そして、その何かを感じ取ったかのようにローザとナイトの顔は晴れない。お互いが黙ってしまう中、リオンだけが口を開いた。
「確かに集合は城前でもよかったはずだよな? それをわざわざ時計塔にしたってのは確かになんかあるよな」
「イクスは何か隠してる。俺は今さっきので確信した。アイツは〝姫様は楽しみにしている〟と言っただろ? 俺らの知ってる姫なら真っ先に飛んできそうなものだ。イクスにくっついて迎えに来ることも十分に考えられる。でも彼女は来ない」
「ああ。私もそう思う。イクスは何か私たちに話したかったことがあったんじゃないか? だからわざわざ城から離れたところに私たちを呼んだ。どうだろう?」
リオンに続き、ナイトとローザも各々思っていることを口にする。その顔はやはり晴れることはない。
「なぁ、この際みんなに聞いておきたいことがある。不謹慎な質問だとは思うんだが……」
リオンは一度全員の顔を見渡してから重たそうに口を開いた。
「姫様の生存確認はどうなっている?」
「なっ……?」
「え?」
息をのむ音、ほんの短い発音のみが彼らだけの廊下に響いた。
「お、お前何言ってるんだ!?」
落ち着いていたナイトもさすがに驚きを隠せないようだ。つけついた背中を放し、リオンに詰め寄る。
そんな彼を見ながらも、リオンは続けて話す。
「……誰もあれから連絡を取っていないと言ったな。俺を含め、あの戦争の後、姫の生存を確認したものはいないはずだ」
リオンの話を聞きながはローザが綺麗な赤髪を搔き揚げた。緩めた指から再び全ての髪が零れ落ちると彼女は続きを話す。
「生きていない、と。お前はそう思うんだな?」
その言葉は、耳触りの悪い音となってザラザラと心を引っ掻いた。もともと温度の低い廊下の気温は体感温度でも数度下がったように感じられた。
「で、でもそれは仮定でしょ?」
黙っていたシリルは一歩前に出て問いただす。そうであってほしいという願いを込めるものの、考え込むローザやナイトからは答えが得られず、青白い顔をしているレイリーは小刻みに震えていた。この話を持ち出したリオンでさえ俯いてしまえばその表情はうかがい知ることはできない。
「……お前らは考えすぎだよ。そんな訃報は届いてないし、俺らが知らないわけないだろーが。きっと今頃部屋でも飾り付けてるんだぜ」
やがてナイトはシリルとレイリーの頭をポンポンと軽くたたくと、着替えてくると言って部屋に戻ってしまった。その後ローザもすぐにわかることだと言って部屋に入ってしまい、この場はお開きとなった。
「やはり、みなさん感づいてますね」
自室のドアにもたれかかっていたイクスはため息をつく。薄いドアからは彼らの声は丸聞こえだった。
上手くできなかった。そんなことを悔やむより、どのようにこれから事を運べばよいかわからなかった。伝えなければならない真実、そして三年前に犯した自分の罪。
守りきれなかった笑顔、果たされなかった約束。ドロドロとしたその鈍色の感情が息をつくことさえ許さないというように口と鼻をふさぐ。
「……ッはぁッ……」
乱れた呼吸を整えるのに数秒。そして胸を押さえ、目を閉じて呟く。
「ヴィル……やはりあなたがいないと駄目なようです……」
死にたがりの病が再発しそうだった。
遮光カーテンの引かれた薄暗い部屋、彼はひとり床に体を預けた。