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あの日の記憶の狭間Ⅰ
「イクス……イクス、イクス、イクス、イクス……」
名前を呼ぶのはあのお方だ。膝をつき、泣いている。イクスを触ったその手は血にまみれ、手で覆った顔にもべっとりとその血は付着している。「大丈夫ですよ」と頭を撫でてあげたいのに、手を差し出すどころか言葉すら発することができない。ここで、姫を守り通すことができずに死ぬのか。そう半ば諦めの心すら出てきた。この怪我だ。遠からず死はやって来るだろう。初期の魔法しか使えない姫が施してくれたのは、痛みを緩和する幻術と止血魔法だった。それもあとどれだけ持つか。
ふと、途絶えがちになってきた彼の視界から彼女が消えた。いや、正確には立ち上がった彼女の足しか見えなくなったのだ。
「……イクス、待ってて、きっと、あなたを助けに人が来るよ」
そう言って彼女がくすんだ空に打ち上げた魔法、色は青。救援信号だった。敵に見つかる恐れもあり、戦場ではあまり使われなくなった古い魔法だ。そんなものをどこで……と、思ったのが記憶の最後。硬い地面の上でイクスは重たい瞼を閉じた。