遠い日の約束
「まったく! あなたのせいで僕まで遅刻するじゃないか!」
「もとはと言えばお前が野宿なんかするって言うからだろッ!」
何もない大地を走る者が二人。足をつき、蹴り上げると同時に細かな黄色い砂が舞う。背の低い男の胸にはチェーンに通した紫のリングが踊っている。背の高い方の男の腰に携えている剣には青く光る宝石がついているようだ。太陽に反射して光るそれらはレイリーの宝石と同質のもののようであった。
この二人は一昨日とある宿場で再会した。お互いの代わり映えのなさに、顔を合わせた瞬間苦笑いが漏れたものだ。そして昨日。目的地が同じならばと、同時に宿場を出た。まぁ、それまでは良かった。しばらくして、背の高い方の男、彼は昨日と同じように宿場で休もうと言い出したのだ。
「なぁ、今日はここに泊まろうぜ」
目的地の隣にある町。とはいってもかなり離れてはいるのだが、日が暮れ始めたころ、これ以上歩くのは危険だと判断した彼はそう切り出した。しかし、
「いや、もう少し進まなきゃ明日完璧に遅刻ですよ。それならもっと進んで野宿でもするべきだと僕は思いますけどね」
「はぁ? 野宿って……」
「順番に交代で休めばさほど危険でもないでしょう。あなたも僕もそれなりに戦える人だ」
そう言って小さな彼はどんどん宿舎を通り越して進んで行ってしまった。町を抜け、小一時間進むとゴツゴツした岩の転がる砂の多い土地に出た。そこから北に数十キロ進んだところに目的の町はある。星が輝き始めたころ、なるべく平らなところで岩陰に隠れられるところにキャンプを張ることにした。
「では、僕が見張るので先に休んでください」
持っていた食料をあらかた食いつくしたあと、小さい方の彼が切り出した。小さな体をさらに小さくするように、足を抱えて座りなおす。闇の中、彼の顔だけが炎に照らされた。
「んーじゃぁ休ませてもらうわ。おやすみぃ」
遠慮なくごろんと大きいほうの彼は地面に転がる。彼の武器は身から離され少し離れたところに置かれている。
「まったく……緊張感のない人だ」
ため息をつき、小さな彼は後ろに向けた首を炎のある方へと戻す。
「信頼、しているんだよ」
そんな声が背中に投げかけられ、思わず笑みがこぼれてしまった。確かあの日も同じような言葉をかけられたなぁと感慨にふける。
「姫を守れ。これが俺らの最優先事項だ。お前ならできるさ。信じてるからな」
あの日、自分の手とは違い、大きな手で頭を二、三度叩かれた。それっきり彼とは別れてしまい、戦乱の中気を失った彼は気が付けば、病院の天井が見えるところにいた。そこで彼とも再び出会ったわけだが……あの時の約束はお互い守れなかったということだ。それでもまだ、信頼してくれるのだと、うれしさ半分せつなさ半分が彼の感情に新しく流れ込んだ。
この二人の関係は昔からつかず離れずの関係だった。いつも軽いこの人を戒めるのは、大体決まって小さな彼、シリルだった。月日が経つのは早い。あれから三年経ったのだ。自分はどれほど強くなれただろうか。シリルは小さな手を見つめて握った。この、小さな手が好きだと言ってくれたあの方の下でまた働ける。それは何とも誇らしく、うれしいことなのだろう。そしてシリルは再び誓いを立てた。君主に忠実であるように、今度こそは命を張って守れるように。
しばらくし、シリルは見張りを交代し、眠りに落ちた。朝、見張りの彼までが眠り呆けてしまって寝坊してしまうまでは……