後悔と今
時計塔の下、黒い使用人服に身を包む青年が一人。三年前、彼だけはここに残った。責任を感じていたのももちろん、幻想が彼を引き留めて離れられなかったのだ。せめてもの償いだった。
少し長めの金髪を後ろで結って、気弱そうな青年はただ一人で待っていた。みんな、約束は覚えているだろうか。三年後、姫が王位に就くこの年、また姫の護衛として集まろうと誓いを立てたあの日の遠い約束。
男性にしては長いまつげが二度ほど閉じたとき……
「あ、あの……」
聞こえたのは小鳥のさえずりのようなかわいらしい声だった。声のする方向、首だけを向けると懐かしい記憶が一気に流れ込んできた。
「レイリー……?」
「あ、はい! お久しぶりです。イクスさん!」
声をかけてきた少女の顔がぱっと輝き、小走りに近寄ってきた。小柄な少女はイクスの胸ほどまでの身長しかない。しかし、これでも三年前は立派な術師として姫に従っていたのだ。
「レイリー久しぶりですね。お変わりないようで」
「イクスさんこそ、全然変わってない。すごく、すごく懐かしいです」
レイリーはもじもじと俯いた。そして、その俯いた彼女のヘアバンドに、光る宝石がついていることに気が付いた。オレンジ色に光るそれは、まぎれもないあの時の約束の印だ。
「レイリー、これ……」
イクスの手がレイリーに伸びた。優しく頭に触れるようにして宝石を撫でる。つるつるとして、そのオレンジ色の石は少しだけ冷たかった。そしてその細い指はそのままレイリーの頬へと滑る。
「少しやせましたか? この三年間はつらかったのではないですか?」
イクスはそう声をかける。
「いいえ、大丈夫です。つらいなんて言ったらだめです。きっと、もっとつらい思いをした人もいると思うから」
伏し目がちのレイリーからは、この三年間の苦労が容易に見て取れる。楽しかった思い出も嬉しかった出来事も、それはすべて昔の思い出なのだ。
みんなと過ごした六年と少しは楽しいことばかりだった。レイリーはそう思う。でもそれは嘘だとも思う。だって後半はグダグダだったじゃないか、と。仲間が一人消え、二人消え、最後は悲惨な結果だったじゃないか。悔やんだじゃないかと。だから思う。楽しかった思い出だけ抱いていけたらいいな、と。しかし、繊細な彼女は楽しい思い出に縋り付くことはできない。楽しい思い出を汚い手で穢してしまったのは己の弱さだったから。
「他の皆さんはまだでしょうか……」
お互いに口を噤んだ微妙な間を埋めるようにレイリーはつぶやいた。時刻は後半刻ほどで正午になるというところ。約束の時間まであと少し。