男、約束の場所へむかふ
あなたはこの物語にハッピーエンドを望みますか? バッドエンドを望みますか? 生きているものは死んでしまいます。愛していても、嫌っていても。死んだものは生き返りません。生まれ変わりはまったくもって別の人物なんですから。
拙い作品ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
一章 約束の場所で
「ここまでする必要がどこにあったッ!」
そこに立つのは自国の少女と敵国の誰か。向かい合う二人はどんな顔をしていたのだろう。髪の毛を振り乱した少女は血で塗れている。手と顔に付いたべっとりとしたそれは他人の物。首から肩にかけての血液は高貴な彼女の物。
周りに倒れている人たちは動かないし、しゃべらない。そんな異様な光景の中、少女は言った。
「認めない、許さない、こんなこと。終わらせてやる……私が」
その後は何があったのだろう。ハッキリと覚えている者は誰もいない。彼女を含めて。
◇◇◇
守れなかった後悔というものは、どうしてこんなにも自分の心を縛り続けるのだろう。暗雲の立ち込めた鈍色の心は、少しも晴れ間を見せることはない。何年たっても忘れない。長い長い間の後悔は。
「今度は絶対に、私が助けてやる!」
彼女は今、どうしているだろう。少年は思う。少し傲慢で、よく笑って、いつも明るかった彼女。最後に見た顔は笑顔であっただろうか。粉塵の中にたたずんだ彼女のその後ろ、自分は抉られた硬い地面に倒れていた。次に目を覚ましたその場所は、清潔な部屋で、そこにいる人たちは慣れた手つきで怪我をしていた少年を手当てしてくれた。その後、彼女には会っていない。
今日、三年ぶりに出会うことになる彼女たち。長いようで短かったこの間。自分はどれだけ強くなれただろうか、と感慨にふけるのも数秒。高台から見た風景は、この町に連れてこられたあの日と同じに見えた。復興にはどのくらいかかったのだろうか。
春の風に吹かれたフードつきの汚れたマント。元の色は白だったか。揺れるフードの下から見える少年の目は赤。そしてイヤリングは同色の石がぶら下がっている。少年の名前はリオン=ハゼルド。三年前、主を守れなかった男。
◇◇◇
町に降りたリオンは時計塔を目指した。町のどこにいても、その時計塔の存在感は大きく確認することができる。その時計塔を目指して歩く中、上からではよく見えなかった変化に気が付いた。建物自体が少し古くなったとか、そんなことではない。お気に入りのお店がなくなったとか、そんなことでもない。建物の間の石畳を行く中、すれ違う人々が何となくだが元気なく見えた。三年前はあんなに活気にあふれた町だったのに。
「リオン! パブというところに行きたい!」
「はぁ? 何言ってんですか。姫はまだお酒飲めないでしょう?」
「飲めるぞ! ヴィルが行ったという話をきいた。そこにはいろんな人が集うらしいな! だから私も……」
「ヴィルヘルムさんは十八です。姫はまだ十四でしょう? 無理です」
早々にキッパリと話しを打ち切り、仕事にかかる。ちらりと後ろを振り返ると、ブツブツ文句をたれている彼女が見えた。むくれた彼女の顔は案外可愛かったりする。
そんな昔のことを思い出して思わず笑みがこぼれた。今年で彼女も十八だ。連れて行ってあげてもいいだろうなんて考えてしまった。仮にも姫であり、王女になるお方であるのに。そして思い出にはには鈍色の心が支配がある。「ああ、自己嫌悪」と口にしそうになるのをこらえた。ネガティブはいけない。持って行かれてしまう。頭を振ってリセットした。
彼女は怒っていないだろうか。最後まで守ることができなかったのに。合わせる顔がない。それでもリオンは歩く。俯きかけた顔をあげ、時計塔を見上げた。いそがないと。そろそろ約束の時間になってしまう。