幸せの尺度
これは私が昔見たテレビ番組を、記憶を頼りに内容を思い出したモノなので多少違う部分があるでしょうが、それは御愛嬌。
どのような内容だったかというと、実験番組というか、検証番組に近いものでした。まずAさんという方がおりまして、Aさんに「あなたの考える絵に描いたような幸せを3つ教えて下さい」という質問に答えて貰います。
それでAさんが3つ回答を用意する訳ですが、実際にAさんがこの自分の答えた内容を体験できる訳ではありません。ここで「被験者」の方々が登場します。これも3人で、それぞれB、C、Dさんとしましょう。この3人は事前にアンケートを採っていて、Aさんの考え方に比較的近い人(B)、Aさんの考え方と反対の考え方をしている人(C)、そのどちらでもない本当に無作為に選ばれた人(D)、の3人です。
ここから検証開始です。3人はAさんの答えた「3つの幸せ」をそれぞれ順番に体験していきます。Aさんはモニターでその様子を見ることが出来ます、というか見ることしか出来ません。これはAさんの悔しがる様子を観察するわけでもありませんよ。Aさんも了承済みです。
一つ目の幸せは……ええと、何だっけな。借家だから持ち家が欲しくて、広い家で暮らしてみたいという感じだったと記憶しています。それでそれぞれ3人は用意された家に向かう訳です。あ、そうそう家族と一緒に暮らしたい、でしたね。
それで3人の検証風景ですが、まずBさん。彼には妻と子ども2人がいたようなので4人でその家に到着します。家族構成もAさんと同じで、まさしく「Aさんの考え方に比較的近い人」です。Bさん一家はこの願いには終始満足していた様子で、お子さんが駆け回っているのを嬉しそうに眺めていたり、庭でガーデニングを楽しんだりと、モニター越しにAさんも「こういう暮らしがしたかったんだよなぁ」としみじみ呟きました。Aさんの顔が曇ったのは、最後の納税時だけでした。Bさんは元々持ち家らしくそれほど驚いていませんでしたが、Aさんはそのシーン中ずっと眉をひそめていました。
次にCさんですが、この方はお年を召されていて奥様と息子夫婦の4人でした。お孫さんは居ません。生活風景は……広い家と云うことで移動するにも一苦労といった様子、息子さんもあまり喜んでいません。なるほど、年を取るとこんな苦労もあったのかとAさん。先ほどとは別の意味で顔をしかめます。
最後にDさんですが、彼女はまだ若く、一人でやってきました。彼女も最初こそ広い家にはしゃいでいましたが、次第に不満を口にするようになります。部屋が多すぎて掃除をするのも面倒だし、たまの休日にそんなことをしている暇がない、とリビングと寝室だけ使用する以外は物置と化していました。モニター越しにAさんは文句を言っていました。一人で暮らすにはちょっと広すぎる家でしたね。
続いて二つ目の幸せになります。確か大好物を好きなだけ食べたい、だったかと。ここでAさんの好物が発表されます。万人が好みそうなモノから好みが分かれそうな食べ物まで様々です。で、驚いたのが「同じ食べ物」が3人にも用意されるとのことです。Bさんの好物、Cさんの好物といった具合に用意されるのではなく、文字通り「Aさんの好物」が用意されるのです。食べ物の好みなどそれぞれ異なるに決まっていますよね。しかしあくまで「Aさんの考える幸せ」が基準なのです。
BさんとDさんの反応はほぼ同じで、本人も好きな食べ物は美味しいがそうでないものは不味い、という結果。まあ至極当然の結果ですね。ところがCさんはちょっと違います。何を食べてもほぼ無反応。最後には血圧が上がるから、と食べることすら拒否しました。ちょっとネタバレしますと、Cさんは入れ歯でほとんど味覚を感じないそうです。だからこの幸せには不満があったようです。どんな食べ物でも味覚を感じられることは幸せなことだ、と後に語っておられます。
最後の幸せです。Aさんは会社である程度の地位のある立場にいるようですが、未だに重要な案件を任されたことがないので、革新的なプレゼンをして皆に実力を知らしめたい、という願いでした。本当にAさんでなければ叶える意味のない「幸せ」ですが、当然これも同じ事を3人が引き受けます。
いきなり出社して、新たな企画を立ち上げるためのリーダーを任されるBさん。仕事内容も何も聞かされず突然の出来事に戸惑います。周囲に尋ねながら何をすべきか必死に考えます。Aさんがいろいろと口出しをしますがモニター越しに聞こえるはずもなく、まるで野球選手にダメ出しする中年男性のようで失礼ながら滑稽に見えました。
そしてプレゼン当日、Bさんは何とか企画案を説明しますが、内容はそれほど革新的なモノでもなければ、途中でミスに気付き修正しようとするもグダグダになってしまい、散々なプレゼンでした。しかし周りからは「新しい」「素晴らしいよ」などと賞賛の嵐で、ようは無理矢理でも成功させる(願いを叶える)企画なのだと気付きました。見ている側も腑に落ちない終わり方ですが、Bさんも納得のいかない様子で会議室を後にします。
次にDさんの場合です。こちらはもっとひどい内容で、事業内容も無視、予算も度外視、言っていることも的を射ないことばかりでどうなることかと思ったのですが、周りの方がフォローを重ねて無理矢理これも成功へ運んでいきました。Dさんはおだてられて全て自分がやってやった、といい気になっていますが、Aさんしかり私を含む視聴者はお膳立てして貰っておいて何を自慢しているのか、と鼻で笑っていました。しかし少し間をおいてよくよく考えてみると、こういった事態は実は日常においてよく見かける風景なのかもしれないと思いました。我々がさも自分の手柄のように扱っていることも、その裏側で周りの仲間や友人が手助けしてくれていたのかもしれない。それを自分の実力だと勘違いして調子に乗り失敗してしまうことは往々にして起こりえることです。Dさんを一概に馬鹿にすることは出来ないのではないかと考えると背筋がぞっとしました。
最後にCさんの場合です。比較的Bさんに近く、自分で行動して答えを探しています。年の功と言うべきか、さっと順応して着々と企画を進めていきます。それでも時間が足りなかったようで、プレゼンは本人の満足いく結果では無かった様子。しかし当然の如く周囲からは企画内容を褒められますが、Cさんは納得がいかず、もっと時間が欲しい。この企画を煮詰めたい、と。これに周りも反対する訳にはいかず、Cさんはさらに時間をかけて本当に革新的な素晴らしい案を発表します。これにはお世辞抜きで周囲から賛辞されます。BさんやDさんの時の無理矢理な感じは一切無く、心からの賛辞でした。Aさんもこれこそ本当に私の望んだ結果だ、とまるで自分のことのように喜んで満足していました。ま、ある意味自分のことなんですが。
さて、これにて検証終了です。まあ、ここからが本番とでも言いましょうか。スタジオにAさんとBさんからDさんまでの4人を、卓を囲むように座らせて議論させます。内容は先ほどまでの「Aさんの幸せ」についてです。被験者の3人は予めそれぞれの幸せについて点数を付けて不満点などを考えておいて貰いました。AさんはAさんで3人の行動に関して改善点や不満点を考えて貰いました。
お互い磨りガラスで仕切られており、相手の顔が見えない状態なので言いたい放題です。いえ、実際には発言内容から誰の発言かすぐに分かりますから、相手の目を見ずに話し合える程度のことですが。罵詈雑言飛び交う面白い展開でした。一応、上手くいかないことを前提とした実験なので、4人とも満足行く結果ではないことを理解した上での討論です。時にはBさんとDさんが言い合いになるなど、被験者同士でも意見が食い違うのは面白いことです。
さて、討論が終わった後に改めてAさんに問うのです。自分の思い描いた理想が、3人による検証を見た結果によりどのように変化しましたか、と。初めは理想であった提案も、いざ経験してみると大したことがなかっただとか、最初は良くても次第に嫌になってくるだとか、被験者からも様々な意見が出ます。今回のAさんの場合、多少頑固なところはありますが他人の言葉を素直に聞き入れる柔軟な姿勢も持っていましたので、最終的には「自分の思っていた幸せとは違うかもしれない」と結論づけました。
……これで終わりですか?と、そうです。拍子抜けするかもしれませんが、これでお終いです。幸せとは何ですか?という疑問に答えるでもなく、投げっぱなしで終わるのもアリです。答えなど無いのですから。
ああ、大したことありませんが、番組の最後にAさん(提案者)の素性が明かされます。特に取り上げるほどのこともない一般人だったんですけどね。
他にも「8時間労働がしたい」と答えたホームレスの方や、「じゃんけんがしたい」と答えた肢体不自由者の方、「浮気がしたい」と答える方や「楽な自殺方法」を求める方など様々な方がいました。それらのお話は追々すると致しまして……
番組の最後にナレーターが尋ねるのです。
「幸せの尺度は十人十色 他人で 測ってみませんか?」