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非常識へのいざない

 見慣れた木製の安っぽくて薄い材質の寮のドア。開けると中には既にアルフがいた。二段ベッドの上段でごろりと体を転がしてこちらを見下ろした。


「よう、やっと帰って――。それはなんだ!?」

「買ってきた」

「影武者をか?」

「誰かに狙われてるのかよ!?」

「残念な事を言うようだが……。お前とは似てないし、性別すらも違う。お前はきっとめられたんだ」

「この会話はアルフにめられてるよな!」

「おかしいとは思わなかったのか?」

「凄くおかしいよ! アルフの頭がな!」


 アルフがくすくすと笑いながら二段ベッドから飛び降りてきた。初めて同じ部屋になったときのように、丁重に手を差し伸べてきた。


「はじめまして、アルフレイドです」

「はじめまして、アルフ。こっちは本体だから、向こうに握手しろよな」

「ああ、わるい。どうにも、まだお前の顔がなかなか一致しなくってな」

「何年も一緒に住んでるよ! そろそろ一致をしてもいいだろ!」

「それにしても、今さらだが お前 男だったのか?」

「そこから 一致してないの!?」


 からからと笑うアルフをしり目に部屋を見渡す。とりあえず少女が座って落ち着ける場所が欲しい。すがるように組まれた腕をひきながら、二段ベットの下段のベットに一緒に座る。アルフへ視線を向けると、いつもの飄々(ひょうひょう)とした表情で勉強机の上に座って対面していた。


「まぁ、冗談だけどな。にしても、まさか奴隷なのか?」

「そのまさかだよ」

「ワケあり品ってやつだな。風邪でもひいてるのか?」

「風邪なのかな。国営だけあってしっかりしてるから、風邪なんかひきにくい気がするけれども」

「げっ! 変な病気だったら嫌だぞ。うつすなよな」


 言いたいことが分からなくはないけれども、本人の前で言うのはどうかと思う。抗議の意味を込めてアルフを睨みつけた。


「わるかった、わるかった。そんなに怒るなよ。どちらにしたところで、栄養で体力をつけるに越したことはないよな」


 アルフがひょいと立ち上がって据え置きの小さな台所へ向かう。冷蔵棚を解呪して開き、何かを二つ取り出した。こちらへ向けて二つとも投げ渡される。

 握り拳ほどの大きな赤くて丸い塊をキャッチした。ゴツゴツといった表現が似合うような微妙に歪な形。濃緑色のヘタに、表面にはゴマのような種が立っている。おそらく、前世でイチゴと呼ばれている物の亜種なのかもしれない。


「これはたしか……」

「イゴチムの実だ。銀貨を貰ったからちょっと奮発してきた」

「そっか。イチゴの実だな」

「お前って、変なところで訛るよな。お前の田舎だと イチぁゴォ……、発音がしにくいな……」


 タ行のあとのカ行系が言いにくいらしい。

 実は以前に食べたことがある。外見は変だけれども、イチゴらしい繊細な甘みに、それを引き立てる ほどよい酸味が素晴らしく絶品だった。ひとくちかじれば蜜柑のようにたっぷりの果汁が口の中で溢れだし、甘い香りが口の中でとろけるように広がる。やたらに高い果物ではないが、果物の中ではそれなりに値が張る高級品な食べ物だ。


「とにかく、お前らのおかげで銀貨が貰えたんだからな。まぁ、これでさっきの件は目を瞑ってくれよ」

「まぁ、アルフがそうやって気を使ってくれるなら反論はしない」


 大きさを見比べて大きい方を少女へ渡す。受け取った実をじっと見つめながら、こちらの顔色を探るようにうかがっている。


「食べてもいいよ」

「……はい」


 戸惑っているようにイチゴとにらめっこをしている。初めて見たのか、ツブツブしていて歪な形の真っ赤な物体に警戒しているようだ。

 意を決したように小さな口を開けてぱくりとかじった。二、三秒ほど固まった後に瞳の色を変えてむきゅむきゅと食べ始めた。どことなく小動物を連想させるように、小刻みに可愛く食べている仕草がちょっとだけおかしかった。となりで見つめていると、あっという間に拳ほどの大きさの実を食べきってしまった。


「まだ食べれる?」


 おじおじといったように こくりと頷いた。おいしいけれども、特別に盲信するほど好きな食べ物ではないので、少女へ譲ることにする。今度は味わっているように、ゆっくりと美味しそうに食べ始めた。


「そういえば、名前を教えてもらってないよね。訊いてもいいかな?」


 警戒心をく芽になればいいなと尋ねてみる。


「……ココア・ルルリス」


 食べていた口が止まり、鈴の音を転がしたような透き通った声がぽつりと呟いた。そして、相変わらずに無表情でむぐむぐと食べ始める。


「そうなんだ、綺麗な響きの名前だね。ココアって呼べばいいのかな。よろしくね」


 おそるおそる頷かれた。何かひっかかる言葉があったのだろうか。そんなに深い意味はないけれども、なんとなく落ち込みたくなってきた。もちろん、実をあげたくらいで警戒心が解けるなんて思っていなかったし、むしろそれなら倫理観を心配してあげたいくらいだ。けれども、これはこれでなんとなく辛い気がする。


 それにしても、ほんとうに美味しそうに食べている。いつの間にかアルフも勉強机の上に座っている。まだ残っていたのか、アルフも美味しそうにかじっていた。ちょっと食べたい気がしてきた。


「なあ、アルフ――」

「オレの分はひと口たりともお前にはやらねぇぞ」


 せめて、全文を言わせろよケチめ。


「クチが寂しいなら、会話でもしたらどうだ? 男色迷路館から帰ってちょっとしか経ってないし、自己紹介もままならなかったんじゃないのか。そうだなぁ……。たとえば、お前の義姉あねの話とか話題はイロイロとあるだろ」

「まぁ、あの人のネタには困らないけれども……」


 アルフが言っているのは、右も左も分からないこの世界で拾ってくれて、姉代わりに世話をしてくれた人の話だ。

 視線を感じたので隣へ向く。ココアが小鳥のように小首をかしげて見上げていた。


「なんと言うかさ、常識的に非常識をき散らす人なんだよ……」


 本人いわく、ある日、ドラゴンに襲われている村に遭遇した。ドラゴンは強靭な体であると恐れられていたので、それを常識的な事実で非常識に覆すために、攻撃手段は『頭突きだけ』で戦って勝ってきた。人間の体の方が強靭なのだと見事に証明?してきたのだ。

 本人いわく、盗賊団に搾取されている町に遭遇した。村人たちは武器を手に取って抵抗できないよう小指を詰められていた。村人を勇気づけたくて、小指が無くても戦えると訴えるために、攻撃手段は『薬指だけ』で戦って壊滅させてきた。指の中でも最も用途が無いと言われてきた薬指を用いて、見事に指の不要さを証明?したのだ。


「おい、薬指の話は初めて聞いたぞ……」

「一番にうそっぽいから話してなかっただけだ」

「お前の姉は、どうやって戦ったんだよ」

「刺して戦ったみたい。一人ずつ捕まえて、何本目で抵抗する気がなくなるかなとかしてたらしい」

「頭突きと言い、指で刺したと言い。お前の姉って、鉄で できてたりすんのか?」

「どうだろう。魔法なしで壁を走ってたのを見たことあるし、もうなんだか分かんない」

「まったく面白い話だな。そのうちに、風を踏んで空を飛ぶとか言いそうな勢いじゃねぇかよ」

「…………」

「お、おいっ!? いまの沈黙はなんだよッッ!?」


 アルフ、常識は捨てるものなんだよ。魔法なんてある世界に投げ出された瞬間に、何が起こっても驚かないことを学びました。

 そういえば、ひときわに派手な話だと百万人部隊の話があった。どこから話そうかと考えていると三半規管が暴れたような大きな地震が起きた。


「――ッッと!」

「おわわっ――!」

「……っ!」


 ココアを落下物から庇うように覆いかぶさる。突き上げられるような縦揺れが十秒ほど続くと、徐々におさまってきた。今日で二回目の地震だ。少し多すぎないかと思ったけれども、午前中にあった余震なのかもしれない。


「ココア、だいじょうぶ?」


 ココアの前髪が小さく小刻みに揺れた。もしかして頷いたのだろうか。そのまま、なにごとも無かったかのように、つくねんといった表情をしている。

 なんとなく悔しくなる。咄嗟とっさに危険を庇ってドキドキする効果とかを狙っていた訳でもないけれども、こうまで反応が無いと男として魅力はあるのかなと気が沈みそうになる。


「なぁ、お前らって仲がいいのか?」

「なんで?」

「くっついてるし、撫でてるし」


 ここに連れてきた体勢でそのままベッドに隣で座らせてた。地震が終わって緊張が溶けると、いつの間にか人形を使う癖でココアの頭を撫でていた。


「あっ――。その、ごめん」

「いいえ。体が……楽になりました」


 言われてみると、ココアの息が荒くなくなっていた。もしかして、能力は人にも使えるのかもしれない。

 ずっと他人の体にくっつき続けていることなんて無かったから分からなかった。どんな風に純化が適応されるのか予測はできないけれども、もしかしたら治せるかもしれない。


「アルフ、人にも能力は使えるのかな」


 アルフには能力がある事も、秘密にしている事も教えている。ずっと一緒に暮らす仲間だし、ルームメイトに裏を取ってもらえば学園全体に裏を取ってもらえると考えたからだ。


「使えるんじゃないのか。お前に包帯を巻いてもらうと、馬鹿みたいに治りが早くなるし」


 何でそんな重要な事を今まで言わなかったんだよ。知らなかった。

 でも、他人の怪我なんて、その人にしか分からないからある意味だと当たり前だ。けれども、少しだけショックを受けた。でも、いまは治るメドが立ったことを素直に喜ぼう。

 治療について考えていると、アルフが思いついたように声をかけてきた。


「そういや、オレはベッドも譲らないからな」


 アルフの言っている意味が分からなかったので、首をかしげて疑問を投げる。呆れたように目を細められた。


「何年も暮らしてるんだ。おまえの性格なんてお見通しだ。たとえ相手が奴隷だったとしても間違い無いな」

「アルフ、意味が分からないんだけれども」

「あのな、お前は病人をどこに寝かせる気なんだよ」


 指摘されて はっと気がついた。アルフにやれやれと肩をすくめられる。言い訳になるけれども、今日の一日だけで色々な事が起こりすぎて、疲れていたのか気がいってなかった。

 アルフが底イジワルそうな声色で言ってくる。


「いっそのこと、一緒に寝たらどうだ? ずっと抱いてりゃ能力で治るだろ」

「えっ……。えぇぇええぇぇ――ッッ!!」

「――ッッ! おまえ、ユーリじゃないんだから叫ぶなよ! 耳が痛い!」


 隣からドンと怒ったように壁を叩いて注意された音がした。隣人にも聞こえていたらしい。ココアも目をきゅっと瞑って耳を塞いでいた。

 申し訳なくなって心の中で小さくなる。


「えっと、どうするココア?」


 隣で未だにぎゅっと腕につかまっているココアへ視線を送る。ゆっくりとした動作で とろんとした赤い瞳が見上げてきた。ちょっとだけ頬が赤いのは、まだ熱が引ききっていないせいだろうか。


「……なんでも、どうぞ」


 一番に困る解答を返された。




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