えんでぃんぐ : だいすきなひとっ!
「おめでとうなのだっ! ついに主人公になれる権利をゲットできたんだにゃ!」
ポンとにゃんこ丸が現れて祝福する。
「あっ、にゃんこさん」
「今から世界の編成作業を始めるんだにゃ。ちょっと待つのだ」
世界中からホタルのような淡い光がゆらめき始める。これから新しい世界へ生まれ変わっていくのだろう。
ココアはついに義姉を乗り越えることができた。
たくさんの戸惑いがあった。たくさんの悩みもあった。たくさんの苦しみもあった。それがようやく形になることができたのだ。
「そういえばレイドと仲良くなる方法を聞いて回っていたんだよね。わたしも教えちゃおっかなぁ」
「……いいの?」
「うん。守りたい美学があるの。ただそれだけ。だから、わたしは戦ってきたんでしょ?」
コホンとせき払いを一つ。そして、どこかうれしそうに語りだす。
「技術なんかに頼らなくても、結局その人の個性に合わせて一緒に過ごすのが大切なの。もちろん知識がないと失敗しやすいから、参考程度に技術を眺めておくのは賛成だけどね。今が失敗してないようなら『そのままでも良い』という選択を選ぶのも悪いもんじゃないよ」
「そうなんだ」
「二人とも愛し合っていたなら、お互いのことを気にかけてずっとよくなっていくはず。なにも意識してなくてもね。ただ今の幸せを観察してるだけで、見えてくるものもあるんじゃないかな? テクニックなんて必要なくて、お互いに相手を想いあっていく。そうやって夢中に愛しあって求め合う気持ちが大切なんだと思う」
ココアが義姉の言葉をメモしていく。
「うん、分かった……。ありがとう」
「これが、私があなたに贈る餞別。レイドを幸せにしてあげてね」
笑って帰ることができるように。義姉はそんな想いをそっとココアに託した。
☆☆☆
ココアのメモ④:テクニックなんて必要ない。お互いを夢中で求め合いながら愛しあう。
☆☆☆
ココアはベッドからふわりと目が覚めた。
テーブルに飾られた白い鈴のような花がたっぷりの太陽の光を吸って輝いている。その近くで、逆光になっていて誰かが立っていた。そこで誰が何をしているのかわからない。そのはずなのに、いつもの朝の穏やかさからレイドが朝食を作っているのがすぐに分かった。
ベッドからもそもそと降りて、とととっとレイドのもとまで行き、背中へきゅっと抱きつく。窓辺から差し込んだ爽やかな日差しが、ひとつに溶け合った影をうつしだした。
ココアはいつものぬくもりを感じて、はふぅ、と安息を吐いてリラックスする。そしてレイドの暖かさを思いっきり吸い込んで贅沢に味わいつつ朝のまどろみを楽しむ。
「おはよう、ココ」
「ふわぁぁ……。おはようございます、はふぅ……」
あくびをしながらいつもと同じく、ふかくふかく額をぐいぐいとうずめて甘える。一日がはじまる穏やかさをかみしめながらまったりとする。
「あれ? ココ、カチューシャしたまま寝てたっけ?」
ココアの頭の上にはウサギ耳のカチューシャが揺れていた。
「これは……にゃんこさんの?」
「にゃんこさん? ウサギなのに、猫なのか?」
不思議そうに言うレイド。どうやら戦ってきた記憶が抜けているらしい。
ふと小さな影が差し込んできた。ココアは窓辺をのぞくと、あの時の にゃんこ丸がいた。
(おめでとうだにゃ。今日から一週間だけ、主人公ですごすことができるのだ。この前の戦いは歴史には無かったことになっていて、この世界はまっさらな物語になっているのだ。主人公として与えられた幸せを、とくと堪能するのだにゃ)
頭の中で言葉が反響する。テレパシーを送ってきているようだ。
「うん、堪能する」
(ばいばいにゃ)
「ばいばい、です」
(にゃー)
「にゃー、です」
会話をしているはずなのだが、窓辺に向かってにゃーにゃー言っているココアをはたから見ているレイドには奇妙な光景に映った。しかも、にゃーにゃー言いながら、頭にはウサギ耳のカチューシャだ。
レイドはどうしたんだろうかと一瞬考えるが、ココアの様子が可愛いから追求しないでおくことにした。
「そうだ。今日から三日くらい二人暮らしだからな」
「ん……? なんで?」
レイドが説明をしていく。どうやら義姉が仕事で朝早くから帝国外に向かったらしく、長い仕事で三日くらい帰ってこれないらしい。
(二人きりだ! 主役の効果って本当にあったんだ!)
とたんにココアは世界中がまぶしく思えた。これから開かれていく物語のわくわく感が世界を照らし出しているのだろうか。ここから窓を見ても空模様は分からないが、見えない青空が果てしなく広がっているように見えた。
ふと、フライパンの上でパチパチと朝の音を奏でるベーコンエッグの香りがふわりと浮かんできた。オーブンからもれる香ばしいパンの匂いが鼻をくすぐる。今日は珍しくレイドはパン食を作っていたようだ。
レイドが二人分のベーコンエッグを皿に盛り付ける。
「台所からテーブルまで移動したいけど、離れたりとかは」
「いつもの」
「はいはい、そのままだね」
レイドが左右ずつの手で皿を持ち、ココアに抱きつかれながらテーブルへ料理を置こうとする。すると、無造作に置かれたメモ帳を見つけた。
「あれ、このメモ帳は?」
ココアが横から顔をのぞかせると、それは戦っていたときにみんなの言葉をメモしていたメモ帳だったことに気がついた。
「メモ。捨てても、いいよ」
「なにかメモしてたのに?」
「うん」
メモに書いたテクニックに頼らなくとも、ずっと続いていくであろう大切な幸せがここにあるのだ。ココアは義姉の言葉を思い出しながら、ゆっくりと幸せを噛みしめる。
「何を書いたの?」
「見たいの?」
「いや、見てほしくないなら見ないのがマナーだし」
皿を置いたレイドはメモ帳を手にとって迷うことなくゴミ箱へ向かう。
どうやら本当に見ないで捨てるようだ。こういう小さな思いやりの積み重ねから幸せができてるのかもしれないとココアはしみじみ感じた。
すると、戦いでぼろぼろになっていたからか、レイドがゴミ箱へ捨てる前にメモ帳が崩れてしまった。
運が悪いことに、メモがパラパラと床に撒かれて中身が公開されてしまった。
レイドに中身を見られてしまった。『仲よくなるためのメモ』と書かれた題名が、レイドの背中越しのココアからもチラリと見えた。
(ああ、見えちゃった。でも、どうしたんだろう? レイドの心の色が、変わったみたい。すごく恥ずかしそうになっている色をしている?)
「ぇ――っ? …………っっ!」
言葉にならない声を噛んでいるレイド。
(あれ? そういえば何を書いたっけ? 見返していなかったから忘れたかも。あっ、メモが見えた)
『仲よくなるためのメモ』
身も心も預けるような感じに、
たくさん 子作りして、愛を深める。
恥ずかしいのを抑えて、我を忘れるくらい情熱的にソレをする。
テクニックなんて必要ない。お互いに夢中で求め合いながら愛しあう。
ココアからしてみれば一個ずつ書いていたので気付けなかった。しかし、あらためて全部をまとめて見てしまうと、レイドが顔を赤くした理由が分かってしまった!
一瞬でポンとココアの顔が赤くなる。
「にゃーっ! にゃにゃにゃにゃっにゃーーっ!?」
「おっ、おい。ココ、落ちついて!」
にゃんこ丸の加護は解けたはずなのに、パニックになって猫語で暴れるココア。レイドは落ち着けと抱きしめて止めにかかる。
いつものぬくもりでココアの気持ちが落ち着く。だがしかし、冷静になれたからこそ更に意識してしまった途端に余計に恥ずかしさが込み上げてきた。
恥ずかしさにレイドの胸に顔をうずめ、ぽかぽかと胸を甘く叩きながら叫び続ける。
「にゃーにゃー、にゃー!(やーめーてー!)」
「そ、そうか。じゃあ、抱きしめるのは止めて……」
「にゃにゃっ!(やだ!) にゃもにゃ、にゃーにゃーっにゃー!(それも、やーめーてーっ!)」
「……どっちだよ」
(今、すごく恥ずかしい! でも何をすれば良いのか分からないっ!! ぎゅっとしてもらえると安心して、でも恥ずかしくなって。でも、してもらわないと落ち着けなくて……。どっちもダメだけど、どっちも良くて、止められないよ!!)
「にゃっ、にゃにゃにゃー!(もう、なにしたいか分からないよー!!)」
「ほんとうに大丈夫か!?」
「にゃあ、にゃーにゃー!(もう、やだー!)」
ふと、ココアは重大なことに気がついた。急に冷えた顔色になって、レイドにおそるおそる問いかける。
「にゃーにゃー、言ってるのに。なんで、通じてるの?」
「最適化? 翻訳されて聞こえる」
「にゃ――!?」
だって、どんなココアを見ても、もう今さらだろうに。という言葉を呑み込むレイド。恥ずかしさからにゃーにゃー言って隠していたココアの本音がバレバレになっていた。
恥ずかしくなり過ぎたココアは錯乱状態になり、勢いのままにレイドのシャツをめくって内へもぐりこんだ。
「…………なぜそこに入るのだよ」
「あぁ……うぅ……」
穴があったら入りたいということだろうか。レイドはふるふると震えているシャツの中身をやさしく抱き寄せて、落ち着くまでゆっくりと撫で続ける。
十分ほど経っただろうか。レイドがチラリとオーブンを見る。
「そろそろいいか?」
「……もうちょっと」
「パンが焦げるんだけど」
「ウサギは、さびしいと死んでしまいます……」
恥ずかしげに、消え入りそうな小さな声で甘えてくるココア。
さっきまで猫だったのに今はウサギとはなんということだろうか。しかも、最近のウサギはアクティブに捕食してくるらしい。動きを封じられてしまった。
「んぅ、もうちょっとだけ……」
顔をぐりぐりと胸元に押しつけるココア。シャツの内側がちょっとだけぽかぽかしてきた。一人では感じられない愛の温度をじんわりと感じてきた。
「分かった。もうちょっとだけな」
レイドは苦笑しながらも、ぽんぽんと撫でて優しい時間を続けることにする。
たぶん、あのメモは何かの間違えなのだろうとレイドは思った。ココアは自分から主張するタイプではない。むしろ過度に遠慮しているからこそ、妥協しすぎた思考の着地地点がおかしくて今まで散々に振り回されてきたわけだ。
オーブンから漂う香ばしい匂いが強くなってきた。きっと、この後は焦げたパンを二人で食べるはめになるのかもしれない。でも、失敗してもどうしてかお互いに笑いあいながら食べている姿が容易に想像できた。
「ああ。そういえば、そうだったなあ」
僕が未来に求めていたのは、ココと過ごすたくさんの思い出だった。いろんな表情をするココを見つけて、一緒に幸せになっていくこと。だから、どんなココアであっても受け止め続けようと決めていたじゃないか。
失敗したとしても二人で笑いあえたならそれは楽しい思い出になっていくはず。
失敗でも、成功でも。運が良い日でも、悪い日でも。二人で一緒にいるから全部が幸せへ変わっていく。そんなささいな日々からなる幸せの積み重ねが、『愛おしい』という確かな気持ちを未来に形作っていくのだろう。
「大丈夫だよ……。どんなココアでも愛しているから、ね?」
自分でも驚くほどに穏やかな声が出た。心の底から愛しきっているからかもしれない。そっと声をかけながら、もぞもぞと動くシャツの上ボタンを外す。おそるおそるココが顔を出した。
シャツで締めつけられるように重なりあう身体。呼吸のぬくもりが感じられる距離まで顔を近づける。
ちょっぴり泣いていたのか、くりくりとした瞳がつややかに濡れている。恥ずかしさで顔を真っ赤に染めてぎこちなくなっているココに、ゆっくりとくちづけをした。
―― END ――




