青春のたからばこ
アルフが倒れた姿を見て、勝ったのだと確信する。ふと力が抜けて倒れそうになる。
ココがさっと僕を抱きとめるように支えてくれた。
「っと。ありがとう」
ココが心配に曇らせた顔で、僕を見上げてくる。
「座らないと、傷が……」
「あぁ、どうするかな。いま座ると、もう立てなくなるかも。とりあえず、このままで」
「そう……」
僕は大丈夫だよと笑顔を投げかけるけど、ココが目をそらすように俯いた。喧嘩別れではないけどあまり良い別れ方をしていなかったからか、距離感が良く分からない。
人形達がとことこと戻ってくる。
『ふぅ。お疲れさまでした』
『リボンほどいて~、あと足 チョーダイ』
『……自分で結んでおいて、解き方を分からないのはどうかと。皆 疲れていますので、他人の力に頼るのではなく、慎みを気にかけた振る舞いを意識してみてはどうでしょう。自分の意思で行動したなら、行為に対しては責任を持つべきですよ』
『緊急事態が終わったアトから口出しする役ホド 無責任な立ち位置はナイと思うケドね』
ナズナの冷淡な一瞥と、ポプラの侮蔑を込めた視線が衝突した。
「はあ……。お前ら疲れている時に言い合うなよ。止める気力が無いんだけど」
『茫然自失よのっ。多岐亡羊の主張達は、尊重されるべき多様な価値観を全て肯定している世界の懐の深さが窺えるの』
気持ち的に、スミレの小難しさにすら問答する余裕がなかったりする。
サクラは三体の人形の会話を無視しながら、黙々と定位置の肩まで登ってくる。肩元に座って、僕の首元にまったりと寄りかかってきた。
戦いは終わったはずなのに、なぜか疲労が蓄積され続けている気がしてならない。
僕は視線をアルフに向けた。ココと話したいことはたくさんある。でも、今は我慢してアルフと話さなくちゃいけない。
時の逆転はアルフの心から派生した魔法なのだから、アルフをちゃんと説得しなければいけない。
「なあ、アルフ」
「…………」
僕の声にアルフは沈黙で答えた。こちらをじっと見つめる曇った瞳は、何かを怯えているように感じられた。
学園に風が流れる。それがアルフの心の追い風となったように、ゆっくりと言葉を紡がれた。
「お前は……。本当に過去で生きたくないのか。後悔だっていっぱいあっただろ。そして何より――」
激情を言葉にするたびに、アルフの声が滲んでいく。
「過去は優しいんだよ。思い出はな、いつまでも夢みたいに優しいんだ。本当に涙が出るくらいに優しいんだ。それを知っている上で、過去を振り切るって言うのか?」
「ああ、振り切るよ」
「だったら! オレの、オレ達アルフレッドがずっとやってきたことが無意味になる。それを否定するのか!? オレだって、ずっと頑張ってきて、嫌になるほど戦ってきて、嫌になるほど勉強してきて、嫌になるほど……ッッ!」
泣き喚くような声でアルフが訴える。嗚咽の絡んだ声は、アルフの心からの叫びのように感じられた。
「分かっているよ。ずっと頑張ってきたんだろ」
「中途半端な同情なんかいらねぇよ!!」
「同情じゃない。信用だよ」
「…………ッッ!」
アルフが煩悶に顔を歪ませて開口しようとするが、理性が止めたのか口をつぐみ言葉を飲みこんだ。
「アルフがそう言いたくなるくらい、頑張ってきたんだろ。あまり投げるようなことを言わない奴が、初めて俺の前でメソメソしてるんだぞ。親友甲斐の無い奴だなあ、親友面させてくれよ。俺は未来に生きていく意見を曲げないけど、だからこそ アルフが悩んでいたことを聞くくらいはさせてくれよ」
僕はアルフへ言い切ってやる。
「この戦いで、俺がアルフの何を否定していたのか。ちゃんと未来へ背負っていくから」
静寂が流れていく。何かを考えるように沈黙するアルフの姿は、いつもよりも小さく見えた気がした。
アルフは濡れた声で呟いた。
「……ひとつ訊いていいか?」
「いいよ」
小さな声でアルフが問いかけてくる。
「オレらを憎いと思わないのか? お前らの未来を消そうとしたんだぞ」
なんだ、そんなことか。それなら僕の答えは決まっている。
「憎まないよ。憎むよりも、別の気持ちの方が大きいから」
「別の気持ち、だと?」
僕はアルフに頷き、ずっと昔になってしまった記憶に想いを馳せる。
「入学した時に、右も左も分からなくて心細かった。田舎から出てきたばっかりだったしな。でも、そんな不安な時に優しく声をかけてくれたのはアルフだったんだよ。あと、まだ帝国内の街道が整備中でさ、遊ぶ場所がなかった退屈な時、外門に行くための秘密の抜け穴を教えてくれたよな。最近だったら、模擬戦争の時に俺を助けてくれたし、ドラゴンの村のときだって、何だかんだ言いながら俺達を心配してくれていただろ?」
ユーリ、フランとみんなでおしゃべりしている時、アルフは率先してみんなを盛り上げてくれた。ココが初めてやってきたときに、アルフはちゃんと歓迎してくれていた。
かけがえのない日々を思い返せば、いつもアルフがそばにいてくれていた。アルフがずっと日常を支えてくれていたことに僕は気付いてしまった。
「俺はアルフが好きだよ。だからさ、憎めないんだよ。そんなことよりも、『ありがとう』の気持ちが大きいのかもしれない。だから、気持ちは許す方に傾いてるかも。これが……、その……、なんだ……、友情ってやつなんじゃないのかな」
面と向かって言うには恥ずかしい言葉を、僕は苦笑という形にして誤魔化しながらアルフへ伝えた。
アルフが沁み入るように耳を傾けている。
「毎日ってさ、変わり映えのない日々の方が多いと思う。やらなきゃいけないことを把握している過去の世界よりも、ぜんぜん見通せない未来の方が変わり映えしない毎日ばっかりになって退屈に見えるかもしれない」
「――――」
「俺は未来のために戦った。でも、正直さ、俺は未来が怖い。まだ俺は学生で、自分の感情に振りまわされる時もあって、そんな自分を見つけると子供っぽいなって泣きたくなって、こうやって悩んでいる心を見つけるたびに痛ましい自分に残念がって、まだまだ未熟だなって何度も思い知らされる」
「――――」
「でも、俺はお前となら、ユーリとなら、フランとなら、ココや義姉と一緒だったら、退屈な未来でも頑張っていける気がするんだ。退屈だって言える日常を越えたもっとすごい世界に出会える気がするんだ」
「――――」
「アルフが頑張ってきたのは、さっきの戦いで充分に伝わったよ。当たり前だけれども、頑張らないと上手になれないだろ。お前は強敵だったし、すっごく戦うのが上手だった。辛い特訓をしながら、ずっと今日のことを心に秘めながら頑張って生きてきたんだよな」
「…………っ!」
「俺はアルフの頑張ってきた生きざまを肯定するよ。たしかに、アルフは間違った選択をしたかもしれない。でも、その選んだ決心の気持ちや、その努力までも全部を間違えと決めつけるなんて、それこそ間違っていると思うんだ」
「――――」
「だって、間違ったからこそ反省するし、だからこそ次は選択肢を考えて選ぶことができるようになるんだよ。先の見えない未来の選択肢の中で、ともすれば選択肢があったことすら気付かない時だってあるだろう。でも、失敗したからこそ間違っている選択肢を反省を元に見つけられるし、今度は失敗したくないと思うからこそ隠れている選択肢にも気付けるようになるんだよ。だから、お前の未来は明るいよ、勝手に暗いって決めつけるな」
アルフは黙りこくり、表情から感情が抜けていった。そして、かすかに震える声で自問するように呟いた。
「オレは……アルフレッドは、何と戦っていたんだろうな……」
「未来を怖がっている自分自身だったんじゃないのか」
ココのぬくもりをぎゅっと抱き寄せる。アルフの問いかけが昔の僕と重なって見えたからだ。やっとまた出会うことができた ココに寄り添いながら僕は言い続ける。
「取り戻せないかもと思って、失ったと思うと怖くなって、過去に戻りたいって思う。俺も未来が怖い。でも、いいじゃないか、一緒に大人になろうよ。
子どもに戻りたいとか、子どもっていいねとか言われるけれどさ、子どもって意外と制約があるんだよな。
大人は凄いぞ。お酒が飲めるぞ。竜車の免許も取れるから、いつでも乗れるし、どこだって行けるんだ。好きな本だって財布を気にせずに買えるし、レストランに行って、好きな料理も頼めるぞ。その程度だったら財布なんて気にしなくていいからね。会員カードとか大人がいなくても作れるぞ。
みんなグチグチと仕事は辛い、子どもはいいなっていうけれども、それは大人の楽しみ方を忘れているだけだよ。社会に出るのって、本当はワクワクしていただろ?」
「――――」
「なあ、アルフ。俺と一緒に未来へ生きようよ」
僕の問いかけに、アルフはすぐには返事をしなかった。僕の言葉を反芻するように、じっくりと言葉の意味を噛みしめている。
「それでも、オレはそう簡単に変われない……。これからオレたちは何と戦えばいいんだ」
「アルフ、お前は大事なことをはき違えている」
アルフが、きょとんとした。
「戦うとはちょっと違う。たぶんアルフが思っていることは、目標だ。目標というのは人生そのものじゃないだろ。人生の中で何かを目指したくて目標があるんだ」
「――――」
「アルフの強さの源は、努力すれば成功できると信じきれる勝負強さがあることだと思う。もちろん何度も繰り返した過去の世界だからって言えばそうなんだろうけど、先を知っているだけで 本当に自分ができるかどうかってのは分からないはずだろ」
「――――」
「自分が成功できるって信じられないと、努力は身に入らないよ。できるって信じ続けることによって努力が積み上げられていって、そこで初めて強くなった自分が 夢や未来と勝負ができるようになると思うんだ。努力すれば成功できるなんて言わないけど、自分を信じられないと心の底から努力する事ができなくなってしまう。自分のための努力なのに、気の抜けた雑用になっちゃうよ」
「――――」
「夢を、先にある未来に対して諦めないで立ち向かうこと。努力して手に入れた力を使って、どんな人生を描くのかが大切なことなんだ。
お前はちょっと先走り過ぎただけだ。悩み過ぎて、迷い過ぎて、きっと努力が方向音痴になっていたんだよ」
アルフと戦ったからこそ僕は言い切れた。ひとくちに戦闘技術の習得だけでもただならぬ情熱があったからこそ、ここまで熟練できたのだ。
アルフの情熱は、そして積み上げた努力は、過去ではなくて未来に向ければ正しい力だったのかもしれない。純粋であるがゆえに心と向きあい過ぎて、たまたまアルフは努力する方向を間違ってしまっただけなんだ。
アルフが唐突に吹きだした。
「くはははっ。方向音痴って、マジかよっ! オレは本当に何と戦っていたんだろうな!」
「なんだろうな。青春じゃないの?」
「便利な言葉だな、あっはっはっはっ!」
ひとしきり笑ったアルフが、受け入れた言葉を感じ入るように瞳をつむりながら息を整える。
学園に穏やかな風が吹き流れてきた。マナを過剰に含んだぬくもりを感じられる風ではあったが、どうしてか今の僕には心地よい暖かさに感じられた。
「ははっ。やっぱりお前はすごいな。オレの親友なだけある」
「その親友は、ずいぶんと買いかぶられているね。光栄な気分でございますってね」
アルフが笑いを噛み殺した。もしかして、わざとデジャブさせたのに気付いただろうか。
「オレが言うんだから絶対に間違いないな。けっこう感情に生きているところもあるけどな」
「アルフには言われたくないな」
「そうトゲトゲすんなよ。俺の親友は料理は独特だけれども旨いものを作ってくれるし、裁縫も得意だし、一見するとストイックで大人びている性格だけれども、人形を作ったりしてけっこう可愛いところがあるんだぜ。ついでに、未来に生きて愛にまみれているメルヘンチックな思考の持ち主なんだよ」
「……アルフにコロッケをもう食わせないからな」
「らーめんじゃないところに、お前の愛情が感じられた」
「そういう意味じゃねーよ。うるせー、バカアルフ」
ふと、アルフの身体が淡い光に包まれた。
模擬戦争の時に見た、敗北時のテレポートの光と似ていた。
「大人の方のオレが強制転移の魔法を唱えやがったか。……なあ、頼みがある」
「ああ、どうした」
アルフが、急いでいるように少しだけ早口で言う。
「たぶんオレがどんなに想いを募らせても、世界はまた過去に戻るだろう。オレの心のトラウマを媒体にしたそういう魔法として動いているからな」
真剣なまなざしが僕に訴える。まるでアルフの全ての意思が乗ったような眼力だった。
「だからアイツを止めてくれ。――大人のオレを、ぶっ倒して目を覚まさせてくれ!」
そう言い残して、アルフが光の中に消えていった。
まだ解決していない問題の大きさに思いを馳せる。アルフの願いを抱きしめるよう、ぎゅっと拳を握りしめた。




