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人形紡ぎの統率者

 商人が言った通りに、基本的にはボランティアスタッフは良い人だった。やけに馴れ馴れしいボディタッチに目をつぶれば、話は通じるし驚くほど無害な人が多かった。それどころか、丁寧に対応していると迷路の先の構造について教えてくれる人もいた。

 覚悟して入ったけれども、なんだか肩すかしをされた感じだ。


 もちろん、中には有害な人もいる。道案内してくれると騙して、行き止まりに誘導して金を出せと脅迫してくる人もいた。ちなみにその人は、つい先ほど水塊の魔法をぶつけて気絶させた。狭い通路だったので、ユーリの影から魔法陣を描いて気付かれること無く魔法を使うことができた。


 倒したついでに、カーゴパンツのポケットからテグス糸を取り出して男を縛る。逆恨みで追いかけられないように、あや繋ぎで結んでやる。ハンモックで使われる糸の結び方で、ものすごく頑丈なのが特徴だ。

 縛っていると、ユーリが後ろから声をかけてきた。


「あの、縛るのは やりすぎじゃないですか?」

「人の好意を堂々と逆手に取る人は、人間性を舐めてまた搾取しにくるから嫌いなの。それに、逆恨みで追っかけられたら嫌だろ?」

「まぁ、そうですけれども……」


 ユーリと話しながらぎっちりと結ぶ。ここら辺の境界がしっかりしてるのは、前世と今世の複合した時間を生きているからかもしれない。

 あっ――。場所がアレだけに、男結びにすればシュールでよかったかも。


「ナズナ、ポプラ。この先の分かれ道に人はいるかな?」

『確認して参ります。少々待ちください』

『りょーかい。面倒ダケド、仕方ないから見てくるネ』


 風魔法で抵抗があるけれども吹き抜けている場所があった。人形達に確認させる指示を出す。

 単に迷路の作りが雑なだけなのか、人が立ちふさがっているのか感覚越しでは分かりにくい。最初に出会った武装した男のように襲いかかってくる可能性があるなら、ちゃんと確認をしないといけない。

 ナズナとポプラが、ちょこちょこと歩いて帰ってきた。


『右を確認したところ、道が続いていました』

『左は何にも無いネ。中途半端に壁で仕切られてたし』


 どうやら右の道がゴールにつながっているようだ。


「二人ともありがとう。なあ、ユーリ。右の道は広く吹き抜けていたから、外につながっているかもしれない。もしかしたら出口かもしれないよ」

「ほんとですかっ! よかったあ……」


 ユーリが安堵に頬をほころばせた。

 帰ってきたナズナとポプラを両肩に乗せるように腕を伸ばす。ナズナはとことこと腕の上を歩いてきた。ポプラはぴょこんと、ひとっ飛びで肩に乗り、見下したようにユーリへ視線を飛ばした。


『まァ、ある意味だと一番に緊張感ヲ持って頑張ってるよネ。デモ、なんにもしてないケレド』


 ポプラの皮肉に、ユーリは乾いた笑いになった。




 風が開いている場所までもうすぐだ。閉塞感のある迷路から抜けると広い部屋に出た。小中学校の教室のように机を二、三十個ほど置けそうな広めの部屋だ。部屋としてはかなり大きめで異質な空間に、長身の大男が腕を組んで仁王立ちをしていた。

 圧巻という言葉が似合うような体躯。全身がごつい太さの筋肉におおわれていて、丸太のような腕だった。


「なんで、こんなのがしょっちゅういるんだよ……」


 言葉と共にため息を吐き捨てた。明らかに強盗的な目的で来ている人と遭いすぎる気がする。館の名前が詐欺みたいに思えてきた。絶対に名前を変えた方が絶対にいいと思う。

 巨大な岩を連想させるような頑強そうなたくましい肉体。背負っている二メートルほどの鉄の塊を二本取り出した。命ごと砕かんとする二本の武骨な大剣を片手ずつで持った。大剣の重さで脈動する筋肉に呼応するように、腕に描かれている真っ赤なタトゥーが脈々と煌めく。


「さぁさぁ! 金目の物に、武器も全部置けぇ――ッッ!」


 呆気にとられていると、大男は卑しい表情でにたりと笑った。


「てめぇらは、俺を誰だと思っていやがる! コリトフィトン強盗団の名を知らんとはいわせねぇぞッッ!」


 どこかで聞いたような啖呵たんか。堂々とした悪役のたたずまい。しかし、王道だからこそ実際に目の前で対立されると、身の毛もよだつような恐ろしさがあった。

 明らかにこの大男は一般のボランティアではない。フランがユーリとドロボウの話をした時に、「最近は急に治安が良くなってきた」と言っていたのを思い出した。

 先ほどから何度も会っている いかにもな悪人達は、実は一斉いっせいに館の方へ集まっているのではないかと思えてきた。


 張り詰めた空気の中、ナズナとポプラが肩からぴょこんと降りた。

 ナズナは腰に提げている小さなナイフをひと叩きする。ナイフから魔法陣が飛び出す。小型圧縮魔法を解呪させると、ナイフがバスタードソードへと変化した。ポプラはポーチから折り畳まれた金属質の連鎖棒を取り出した。風を切る音と共に連鎖棒をひと振りする。甲高い金属音が重なって棒状に変化した。金属棒を正眼へ構えたポプラが身を堅くしながら呟いた。


『ナルホドね。ボランティアだけで、運営ができるワケがナイってコトだネ』


 ポプラの発言で疑問が腑に落ちた。よく考えてみれば、正式スタッフがまったくいないなんておかしい。

 完走すれば金貨が貰えると聞いていた。うまみのあるアルバイトの真意は、この大男のことだろう。この大男は金貨をとらせないように雇われた正式なスタッフなのだ。

 迷路で武器を使って良い理由は、正式スタッフが武器を持てる理由をつけるため。アルフの交渉で商人がひとつ返事で時間を延ばしたのも、こいつが最後にいると分かっていたからだ。

 要するに、まんまと無茶な賭けに騙されていた訳だ。

 ユーリが瞠目し、頭を抱えて錯乱している。


「ど、どうしましょうか……っ!」

「ユーリ、落ち着いて。たしかに、この状況はまずいけれども……」


 ユーリをなだめながら、大男の背後にある迷路の続きの道を睨みつける。

 この大男を撒いて、ゴールにかけ込んでみてはどうか考えてみる。でも、ゴールに近いのは知っているが、このすぐ先にゴールがあるとは限らない。更に迷路が続いているかもしれず、行き止まりの道を選んでしまったら、目も当てられない状況になりそうだ。


「ナズナ、ポプラ」


 二体の人形へ呟いた祈りを飛ばす。人形を操る糸を左右の手で一本ずつ掴むように思い描く。

 魔法とは精神を現実に具現化させたものであり、念じる力が強いほど世界に与える影響が大きくなる。祈りの魔法は見えない糸電話のようにしっかりと受信された。

 人形と直接に神経がつながったような感覚。糸と一緒に拳を握ると、人形と繋がっている神経が痺れて指が小さく痙攣した。

 人形達が反応し頷いてくれた。


御心みこころのままに』

『まったく。この迷路で最後の大仕事ってワケだネ』


 ナズナがバスタードソードを両手に持ち変える。剣を後ろに流して、体を前のめりで傾けるように身構えた。

 狙うは逆袈裟のアップスイング。人形のような小さな体で文字通りの最下段から放たれる一撃は、防ぐことが非常に難しいだろう。

 ポプラは様子を見るように後衛へ下がらせる。


 敵対する姿勢に、大男も真剣な顔つきになった。大男が大剣を掲げて腕の筋肉をしならせるたびに、タトゥーが奇異な光で点滅する。おそらく魔法陣を体へ直に縫い付けているのだろう。

 違法とされているはずの身体改造行為。非人道的であると封印されたはずの裏魔法が目の前にある。

 相手は強盗で、外法魔法の使い手。生徒同士の模擬戦の緊張を遥かに超える緊張感。ともすれば命を狙いにかかるような相手だ。


 対立する緊迫感が静かに降り積もっていく。高跳ねる鼓動は拳を握りしめて黙らせる。喉を焼く緊張感に生唾を飲み込んだ。

 人形達と共に大男との距離をじりじりと測りながら詰めていく。一歩ずつ詰めるたびに、立ちすくみそうな弱音が喉元へ迫り上げてくる。漏れないように強く噛みしめながら、さらに一歩を詰めた。


「ナズナ、行ってッ!」

『参りますっ!』


 最初にナズナへ指示を出す。轟音を破裂させてナズナが切りかかる。風の噴流をまとわせた小さな体が、砲弾の如く飛び込んでいく。風を旋転させ、風圧が衝撃波のように唸りをあげる。


『はぁ――ッッ』


 最下段からの強靭な一撃。大男はナズナごと薙ぐように大剣を振り下ろす。

 鼓膜を破るような剣戟が鳴り響く。強引に吹き飛ばされたナズナ。そこに合わせてポプラが飛び込ませる。


つぎ、ポプラ!」

『そらっ! コレならどうだ』


 ポプラの棒が魔力をたぎらせ、九節に可変して折れた。魔力伝達力が高い糸を内部に通しており、可変できるようになっている。送る魔力で、棒状、三節棍、九節棍等の状況に合わせた加工ができる武器なのだ。


 ポプラがむちのようになった九節棍の先を持ち大男の足首へ叩き薙ぐ。

 鞭状の武器は攻撃軌道が分かりづらい。振るった節の継ぎ目が基軸となり隣の継ぎ目へ伝達され 、伝達された継ぎ目が新たな基軸となり、連鎖的に威力が加速していく高い打撃を誇っている。この連鎖反応によって、使い手以外は軌道が予測できない攻撃を扱うことができる。

 九節棍が蛇の如く大男の足へ飛びかかる。噛みつくように足にまきつき、大男の体勢が崩れた。


「良くやった、ポプラ!」


 大男の体勢が崩れた一瞬の隙に、カーゴパンツのポケットから糸の付いた 針を取り出し投擲とうてきする。括り付けられた糸は、ポプラの棒の芯と同じく魔力伝達力が高い糸だ。

 針が大男の体へ刺されば送電線のように魔力を伝達させて、直接に体内へ高圧魔力を叩き込むことができる。防具の魔除けや加護などの影響をまったく受けない一撃必殺の貫通攻撃だ。


 小さく風を切る針の音が男へ翔け迫る。当たれば必殺。魔力が多い者ほど威力が顕著に現われる。

 例えば輸血では、ドナーの血液型が違えば拒絶反応が起こってしまう。魔力も同じく、体内に直接注入された異物の魔力は猛反発を起こす。

 では、反発されることを目的で練成した高圧魔力を叩き込まれたならどうだろうか。大魔力を持つ者だったとしたら、どれほど大きな反発が起こってしまうだろうか。


 大男は目を見開き、首を傾けて針を回避する。擦れる音が頬を掠めて、壁へ静かに突き刺さった。


 見透かしたような視線の大男。それを心の中で冷笑した。針は大男へ刺さらなくてもよかったから。むしろ、そうでなければ困るのだ。


 先ほどの理論は、相手が大きな魔力を持っていた場合に起こる事象だ。相手の魔力が少ない場合や、タトゥーのように別媒体に頼って魔力を稼働させている場合は、本体への大きな損害は期待しにくい。極端な話は、殴った方が強いダメージを与えられる可能性だってあるのだ。確実性を切り詰めたなら、刺さらない こちらの攻撃の方が上策だ。

 糸を堅く握りしめて、魔力を注入する。


「はぁ――っっ!」


 注入された魔力と糸が反応して光の熱線となり、大男の目の前で輝きながら熱を発散する。思わずに大男は目をつぶった。

 その隙にナズナへ渾身の魔力を叩き送る。


「今だ、ナズナ!」


 ナズナを中心として、魔力で薄く色づいた淡い色の風が旋転をはじめる。堅く握られたバスタードソードの刀身が至宝の如く輝き、圧縮された旋風が解き放たれんとする。


『行きます――っ!』

「させるかぁぁああぁぁ――ッ!」


 大男が両手の剣を振りかざした。巨人の剛腕のような威圧感のある大剣が、轟風ごと叩き壊す破砕の一撃を振り下ろす。


『私を忘れちゃ困るナっ!』


 ポプラが九節棍を解呪して、三節棍に変形させていた。三節棍を大男めがけて投擲する。

 使い方としては決して威力の高くない使用方法。無視しても構わないほどの弱い攻撃だろう。しかし、空中を乱れ踊るヌンチャク状の武器は、大男の目線がポプラへ流れるには充分すぎるほどに効果があった。


「人形ばかりに気をとられたか。こっちが本命だ!」


 ポプラに合わせるように、カーゴパンツのポケットから装飾用のビー玉を取りだして大男の足元へ投げつける。ナズナを叩き切らんと踏み込もうとしていた大男の足は、ビー玉を踏んで大きく仰け反った。

 刹那にナズナは圧縮された轟音をまとい弾け飛んだ。轟然とした魔力を迸らせる流星となったナズナが、大男へ切りかかる。


『やあぁぁぁ――ッッ!』


 煌めく旋風をまとった宝剣は大男の脳天へ叩き降ろされた。

 破裂する轟風のけただましい咆哮。大男は苦しげな煩悶はんもんを小さく唸る。重戦車のような威圧感のあった巨体が、大きな音をたてて床へとくずおれた。



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