時間連鎖の把握
何が起こっているのかさっぱり分からない。少なくとも、僕にも関係あることにも関わらずに、僕が置いてけぼりになっていることは分かった。
「……詳しく話して」
自分でも驚くほどに静かな声が出た。
義姉が戸惑ったようにココに視線を送る。ココがコクリと頷いた。
「分かった。いつか話した方がいいかなとは思っていたから」
「どうしてココに訊いたの?」
「だって、知っているから。それにいろいろと関係があるし」
なんだよ。本当に僕だけおいてけぼりだったじゃないか。
義姉が周囲を見回す。
「なるべく人がいない場所がいいから、バンガローに帰ろっか」
歩き始めた義姉に、僕は黙ってついていく。
ふと何かが足りない感覚がして、左手が空いているのに気がついた。いつもならココが何も言わずにきゅっと袖を握ってきたり、服の裾だったり、腕につかまってくるのに、今はとぼとぼと後ろからついてきている。
なんとなくスカスカした気持ちになった。
歩きながら、ココがついてきているのか気になって時々にふり返る。
ココはちゃんと後ろに歩いていた。でも、僕が振り返った途端に、顔を伏せて視線をはずしてきた。
心が嫌な胸騒ぎで揺れている。なんだか落ち着かない気持ちだ。
◇◇◇
バンガローに帰ってきた。
隅に立てかけてあるテーブルを出して、僕はいつものように座る。
「けっこう話が長くなると思うけれども、飲み物はいる?」
「いいや、それよりも早く話してほしい」
「うん、分かった」
義姉がゆっくりと腰かけた。
いや、僕がゆっくりに感じただけかもしれない。なんの話が始まるのだろうか、少なくとも良い話じゃないのはなんとなく分かっている。神経が高ぶって、だけど怖くて変な気持ちだ。
義姉が重く口を開いた。
「これから話すのは、未来の話。だけど、ほんの先の未来しかないの」
義姉はどこまでも静かに、どこまでも冷静に淡々と説明していく。
「だって、この世界に未来はないから。過去しかない世界ってこと。この世界は、ある一定の時間が過ぎると『時の逆転』が起こってしまう。つまり、過去に戻ってしまうの」
「ちょっと、それってどういうこと?」
いきなり規模が大きい話になって混乱した。
魔法というものがある世界なのだから、何が起こっても不思議じゃないとは思っていた。でも、そんなちっぽけな僕の心構えをはるかに超えた現実に、茫然自失しそうになった。
そういえば、アルフが『便宜上は未来』と言っていたのを思いだした。たしかに便宜上では未来と表現できる。アルフはこの世界の仕組みを知っていたのだろうか。
途端、筋が通っている事実にぞっとする。あまり実感が湧いてなかったけれどもこの瞬間に全てが繋がった気がした。
「わたしはソレの原因をずっと探していた。その情報網の中の一つ、帝国の有力者とコンタクトをとって帝国方面の情報収集していた」
「有力者って、フェリンデールさんのこと?」
そう、と義姉が頷く。
「昔の貸しでね、ずいぶんと出世してたから驚いちゃった。それにしても、手紙で書いてあったけれども、あなたと会ってかなりびっくりしていたよ。なにせ、コンタクトをとろうとしていた相手が直接にやってきたらしいし」
「そうなんだ。ちなみに何が書いてあった?」
「戦いのことが少しかな。あなたのお友達と知り合いになって直接的に、間接的にも査定したとか」
「直接は戦ったけれども、間接的って?」
「護衛の人と戦ったらしいじゃない。留学生でたしか、ロイって名前だったかな」
まじかよ。指輪をしていたアイツかよ。
「その顔だと思い当たることがありそうだね。留学生って立場になれば、急に外から入って来ても自然だもんね。留学して右も左も分からない時に助けてもらって慕っていますとか言えば、いつでも近づいていられるし」
「そうか。なんかやけに強い留学生だなとか、留学の許可が通るくらいだから優秀なんだなとか思ってた」
思い返せば、ロイはサーセリース産の魔装品である指輪を二つ装備していた。魔装品は魔法技術の結晶でもあり、買うならばものすごく高価なものだ。ユーリも裕福だけれども一つしか持っていない。気軽に買えるものじゃないはずだ。
今さらだけれども、二つも持っているなんておかしな話だ。それに、二つとも使いこなしていて練度も高かったから教育係もいたのかもしれない。バックアップがあったとなると頷ける。
義姉が話を続けていく。
「さて、協力してくれたフェリンデールのいきさつを説明しよっか。もともと彼女は学園がキナ臭いことをしているのを感知していたの。でも、学園は生徒をたくさん預っている以上は、生徒の情報の取り扱いに厳しい。情報流出したら大変だからこれは良いことなんだけれども、裏を返すと中で変なことをやられると外からは全く分からない。だから自ら入学して学園の中で暗躍していたの」
なるほど。よく考えてみたら、本来なら帝国学校に無理にいく必要はなさそうだ。王族だからコネもありそうだし、魔術の練度も高いならなおさらだろう。
「もしかして、俺の入学もフェリンデールさん関連?」
「ううん、それは別の話。最初は帝国が怪しいなんて思ってなくて、彼女とは素直に情報のやり取りだけって感じかな。本当の理由は別にあるの」
じゃあ、本当の理由はなんだろう。
僕がそれを訊く前に、義姉が言葉で遮ってきた。
「ちょっと話が逸れてるから戻していいかな? 入学の話は後で説明した方が分かりやすいと思う」
「うん、分かった」
僕は疑問の言葉を呑みこんだ。ふとココが会話の中に入ってこないことに気付いた。
最初に義姉がココも真相を知っていると言っていたけれども、ずっとだんまりしているのは不自然な気がする。
ココの様子をチラリと見る。でも、俯いていて表情が髪に隠れて見えづらかった。
どうしたんだろうか。
僕の心配をよそに、義姉が続けて説明していく。
「それで、フェリンデールの調査に協力していたら、学園全体からおかしな魔力反応が起こっているのが分かった。つまり、学園内にかなり大規模な魔法陣があることが推測できたわけ。そこでわたしも本腰を入れて調べてみたんだけど、確信に変わったのは ほんの一か月前くらいかな」
「けっこう最近なんだね」
「隠されていた場所が巧妙すぎたんだもん。学園は情報が手に入りにくい場所だし、なおかつ魔法を教える場所でもあるから、大規模な魔力反応があってもそういうものなのかなって気付きにくいしね。きっと、わたし一人だけで調べていたら気付かなかったと思うな。それほど綿密に隠されていたってこと。ちなみにずっと学園に通っていて、大型の魔法陣を隠せそうな場所に心当たりはある?」
大規模な魔法だろうし、学園で一番に広いところに隠しているだろう。どこがあるだろうか。
「……せいぜい屋内訓練場くらいかな。耐魔法補強が壁に張られていて、怪しいといえばそうかもしれない」
「そう、やっぱりそこなのかな。訓練場は彼女も重点的に調べたし、それどころか学園中を周ったけれどもまだ見つからないの。絶対に学園のどこかに、大きな力で干渉するものがあるってのは分かってるのに……」
ココが、はっと気付いたように顔をあげて呟いた。
「……地下室?」
ココの言葉に、義姉が「あっ……」と小さく声をあげて呆けた。
「そうだ。そっか、地上とは限らない。さすが、地下室にずっといただけのことはあるね」
「そういえば、ユーリが言っていた。地脈が乱れて魔力噴出しているって。それと関係があるのかもしれない」
「たぶんそうだと思う。そっかあ。ああ、もうっ、これは大変かもしれない、過去に戻る日が近いかも……」
義姉が焦ったよう呟きながら、目を細めて何かを考えはじめた。
フランの桜が咲いた報告もそうかもしれない。地下室から漏れたマナのせいで大地のマナが過剰になったのが原因なのだろう。だから、帝国周辺が大変なことになっているに違いない。
ところで、義姉にココが地下室にいたことを話していただろうか。小さな疑問が湧いたけれども、話が逸れるから言わないでおくことにする。
僕はかわりに別の疑問を訊いた。
「でもさ、地下室に魔法陣を作ったとしても、起動するには魔力が必要だよ。この規模になるとさ、どうやって起動させるつもりなんだろう」
魔法陣を起動させるには、媒体がないと駄目なのは周知の通り。普通は発動させる人のオドや、空気中のマナを媒体として使う。しかし、今回ばかりは規模が大きすぎる。
義姉は本題を思い出したのか、考えふけっていた顔をふっとあげて答えてくれた。
「普通はお金で人を雇ったりとか。でも、内容がアレだし、裏切られる場合もありそうな魔法だもんね。事実、用心深く隠してるみたいだし、きっと雇いたくないんだと思う。そうなると、個人で唱えて、魔力は魔装品で頑張るしかない。でも、たくさん買い漁っていたならおかしいって誰かに気付かれちゃう」
続けて義姉が、諭すように僕へたずねてくる。
「ゆっくりだけれども、確実に。誰からも咎められることなく、ちゃんとした理由に隠れている。かつ広範囲で集められる行事。なにかあったかな?」
「……俺達の課題だっ! ドラゴンの村から宝珠をもらった」
それも、アルフに渡したままだ。そしてアルフは帝国側の人間だと考えると、辻褄が繋がってくる。
義姉が満足げに、小さく笑った。
「うん、正解。頭の回転がいいと教えるのが楽で助かっちゃう。ここまで説明すれば、もう学園が黒いのは分かったかな。おそらく、これをできるのは学園長くらいでしょうね。帝国学校の中心で学園長が大きな魔法を発動させ、おそらく『時の逆転』が起ころうとしている」
その結論に、僕の身体の芯がすうっと冷えた。
今まで積み重ねてきた僕の人生の全部が無駄になってしまう。誰かの身勝手で僕の気付かない間に、僕の人生を巻き添えにしてリセットされてしまうのだ。
リセットは一つの死の形かもしれない。理屈的には永遠に僕が続くけれども、僕自身が僕が続いている意識なんてない。人間として記憶してきた人格の背景が違うのだから、記憶が消えた最初の僕は、記憶があったときの僕とは別人とも考えることができる。
永遠に僕が続くけれども、それは本当に僕なのだろうか。記憶が無くなると分かっていても、無限の過去の渦に溺れ続けている事実に、理屈ではない怖さを感じた。




