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未練ある幻視

 頭を抱えながらひとりで悩んでいると、何人かの騒がしい声が近づいてきた。

 ドアが開く。布に巻かれた長柄を背負ったアルフが入ってきた。


「なんだ帰っていたのか。じゃあ、お前は先に武器を……、その顔色は買ってないよな」

「まあね。武器のメドはついているんだけれども、その他のことでな」


 話しかけているのに、寝ているのは失礼かもしれない。ベッドから起き上って座り直す。

 アルフの背中から小柄な体系が二つひょっこりと顔を出した。ユーリとフランも一緒だったらしい。


「心配事があるなら、ボクらに相談してください」

「私も相談されますよ。解決できるかは分かりませんが、言うだけでもスッキリすると思います」


 仲間の心遣いにちょっとだけ胸にくるものがあった。一人で悩んでいても行き詰ったので相談することにする。でも、みんなからも同じような反応が返ってきた。

 アルフが唸りながら、諭すように語りかけてきた。


「無理だろ。ちなみに、オレはお金を貸さないぞ。それどころか、オレと同じでみんな武器に命を賭けてるんだから、そんな大切な資金に手をつけるなんてとんでもないだろ」

「ボクは貸してもいいですが、すでに買った後なのでちょっと財布が苦しいですね」

「やっぱり、そう簡単にいかないよなあ……」


 実は理屈では諦めている。だけど、どうもあの子の苦しげな表情が、脳裏に焼きついたまま離れなかった。


 窓に視線を向ける。蒼く染まった空の上に、煌びやかな太陽が浮かんでいる。遠くから流れる風が、さくらの香りを乗せて頬に触れた。

 そういえば、あの子のいた場所には窓が無かった。この眩しさも、風の柔らかさも、花の香りも、きっと知らないかもしれない。

 突如にフランが、ぱっと晴れたように表情を変えた。


「ひとつだけ、方法がありますっ!」

「えっ――。フラン、本当かい!?」

「はいっ、ひと晩で稼ぐ驚きの裏技です! ついて来て下さい!」


 フランが意気揚々と立ち上がり、ついて来いと手招きをした。アルフとユーリも興味を持ったようで、三人でフランの後をついて行った。



「ここです!」


 得意満面で大きな館を指さした。どことなく異様な空間。なぜか、ぬめりがある生温かい空気に咽せそうになった。

 ものすっっごいピンポイントで、ちょうど十分前に心当たりがある。なにせ、看板には『男色の迷路館、逃げきれたら一攫千金のチャンス!』が描かれていた。

 アルフは看板を見て渋い顔をしている。ユーリはおぞましい空気に固まっていた。


「とりあえず、これを見てください」


 掲示板の紙を指さしている。そこにはこの館のルールが書かれていた。

 この館に入る人は、より複雑にする迷路の研究のアルバイトとして入ることになる。ただし、迷路の中で起こったことは誰も責任を負わない。トラウマになるような事態に襲われたとしても、館は責任を負わない。

 魔術を使っても良いが、境界術は禁止。武器を持ってもいいけれども、迷路を傷つけた時点で失格になる。チームでの参加も認められ、一人ずつ賞金が貰える。そして、お尻専門の治癒術師がいるので、怪我をしても大丈夫らしい。

 どうやらネタじゃないらしい。それにしても、お尻の専門家ってなんだろうか……。


 隣には男色の館のスタッフの運営ボランティア募集のポスターが貼ってある。内容は館の中での治安整備委員で、館内で起こしたことは何をやっても問わないらしい。参加費は昼食代が自腹で金貨二枚。昼食代がこんなに高いわけないので、ボランティアの建前でほぼ無法地帯となっている館中で好き放題やるための料金なのだろう。


 別に変わった趣味がある人を否定はしない。例えば男を一例に挙げたって、女性を胸の大きさで判断する人もいるのだ。逆にあまり気にしない人もいるし、結局は 好みも個性なんだと思う。一方で、ここのボランティアスタッフは、相手の性が女性である部分とは違った角度で愛を見つけた人達なのだろう。


 だから、理屈的には確かに分からなくもない。だけど、こうして自分の身に危機感を覚えている状態だと、得体の知れない怖気に体の芯が震えあがりそうになってきてくる。


 肩にのっそりと乗っていた ゴシック調のメイド服のポプラが、突然にけらけらと笑いだした。俊敏しゅんびんに肩からずいっと乗り出して爛々(らんらん)と輝いている視線と合う。


『サスガ、私が最初に見つけただけあるネ』

「なにがだよ」


 ポプラのマロンブラウンの髪が妖艶に風に流れる。面白いものを見つけたような弾んだ声で、注意事項の下の方を指さした。


『なんかサ、完走するダケでも金貨を五枚貰えるらしいネ。シカモ、時間内に抜けれたら四倍ダカラ、二十枚ちょうどだし』

「あっ――。本当だ」


 一攫千金とはこのことだったらしい。二十枚なんて大金は、逆に大きすぎて実感が薄かった。でも、この看板を目の前にして、一気に現実味が帯びてくる。やっぱり、このような場所じゃないと一気に稼げなさそうだ。


「なんか、気が引けるよなあ……」


 ふと あの子の無垢な表情が浮かんできた。黒洞々(こくとうとう)とした暗がりに、心細く揺れる蝋燭ロウソクの明かりの中で、ぽつりといた少女。至宝のような赤い瞳と視線が交わった時、あの瞬間だけ部屋の空気が澄み渡ったような感覚が忘れられない。


 悩みながら空を大きく仰ぐと、分厚い雲からひと筋の光が柔らかく降りていた。煌びやかな光のカーテンが差しこんでいる。なんとなく縁起が良さそうなものを見つけてしまった。

 頑張ってもよさそうな建前を見つけたなら、それなら仕方がない。深く息を吐いて決意を固める。口では嫌だと言いながら、内心ではいつの間にか覚悟を決めていたみたいだ。


「ナズナ、ポプラ。入るぞ」


 左肩に乗った従者の服のナズナは、落ち着きを払いながら悠然と座りなおした。肩からいつでも飛びかかれる座り方だ。右肩のポプラは、けらけらした笑いが止まり、驚いたようにヒュウと口笛を吹いた。

 人形達はあえて返事を言わずに同意の行動をとった。返答は言わなくても分かってくれているという信頼の証からだ。


 これでも帝国の学生をやっているのだ。しかも、成績は上位の実力を誇っている。もっとも、学業の成績は前世の蓄積のおかげもあるから胸を張れるかはちょっと疑問かもしれない。

 とにかく、腕には多少の自信がある。一般人に襲いかかられる程度なら、かえりうちにできるはずだ。


 今だけ頑張れば、もういち度あの子に会うことができるのだ。それを踏まえながら見上げると、なんとも頼もしい看板に見えてきたではないか。


「じゃあ、ボクもお供しましょう」


 ユーリが左隣に並ぶように踏み進んだ。視線が合うと、にっこりと柔和な笑顔が返ってきた。ユーリのチョコレート色の髪が優しげに風に揺れる。


「オレは仲間はずれかよ。しょうがねぇな、チームでも良いんだろ」


 アルフが右隣に踏み出して、肩を組んできた。力強く抱かれた肩に頼もしさを感じられた。

 フランも一歩前を踏みしめて、勢いを込めて挙手をして――。


「じゃあ、私は遠慮しますねっ!」

「てっ――! えぇええぇぇ――ッッ!」

「ユーリくん、叫び過ぎだよ。だいたいさぁ、私は境界術専門だし、足手まといでしょ」


 手をひらひらとさせながら、軽い口調でユーリをあしらっている。もっとも、参加資格は男性と書いてある。どちらにしたところで、フランの参加はできない。


 フランと別れを告げて館の門をくぐる。

 中にいたスタッフへ迷路に入るアルバイトのことについて話すと、契約書を持ってきた。ほとんど看板に書いてある通りだったが、念を入れて全てに目を通してからサインをする。


 館の前で待つように指示される。手持ち無沙汰に館を見上げた。

 風格のある漆喰しっくいの真っ白な壁。館の大きさは前世の記憶にある小さめの学校ほどだろうか。グランドを抜くと同じくらいの広さかもしれない。貫禄のある金属質の冷たい扉が、これから立ち入る者の覚悟を睨みつけているように感じた。

 これから迎え撃つ巨体に少しだけ慄然りつぜんとしそうになる。


「ねぇ。ナズナ、ポプラ」

『分かっていますよ。いつでもどうぞ』

『まァ、裁縫道具もあるし。ソコソコ、充分に戦えるよネ』


 二体の人形は力強く頷いてくれた。背後から二人の気配が歩いてきたので振り返る。


「アルフも、ユーリも本当にいいのか?」

「オレたちはある意味では渡りに舟って感じだ。新しい武器の手慣らしもできるしな。だから、そんなに気にすんな」

「そうですよ。それに、三人で行けばどうにかなっちゃいますよ。金貨にも惹かれたってのもありますしね」


 なまじに、武器を買うのに金貨を使ったばかりだからこそ、賞金も魅力的に見えるのだろう。

 もういち度、館を見上げてみる。重圧感を感じていた館が、すこしだけ印象がやわらいでいた。ここにいる全員が協力すれば、きっと攻略できるような気がしてきた。


「それじゃ、行こうか」

「おうよっ! さぁ、はやく金を貰いに行こうぜ」

「頑張りましょうね」


 一緒に肩で風を切って扉に触れる。重たい音を立てた扉を開けて入館した。



 入館した途端に、背筋が寒気に舐められた。

 目の前には、ゴツゴツしたトゲの付いた頑強そうな鎧。鬼のように角の生えた威圧感がある兜。鎧の上からでもわかるほどに、はち切れんばかりの筋肉質な肉体。風格が漂う重たい眼圧。熱気が吹き出してきそうな圧迫感に戦慄せんりつしそうになる。


 チュートリアルからラスボスみたいなのがいた……。




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