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出会った定業

 部屋に戻る。純化で作った金塊を商人へ手渡した。

 能力が成功してほっとした。深い息を吐きながら体をあずけるように椅子へ座る。緊張感で汗をかいていたのだろうか。喉を濡らすお茶の感覚がとても気持ちよかった。

 商人が はかりを取り出して片方に金塊をのっけた。最初のおもりと金塊の重さの割合を計算して金塊の重さを計っている。

 計算時間が経つたびに、商人の顔が引きつってきた。


「ほぼ純金ですか……。本当にあなたの物ですか」

「はい。親が鉱山で働いていたので、お金に困ったら使うようにと」


 疑われたけれども、思ったよりもさらりと嘘を吐けた。ちょっと危なかった。

 商人の頬には冷汗がつたっている。もしかして、やりすぎたみたいだ。そういえば、転生したての時に、ここではない村で拾われた時のことを思い出した。能力があると分かった時に、あまり使うなと遠まわしに言われていた気がする。

 バレないとは思うけれども、心臓が張り裂けそうなくらいにドキドキしてきた。なんとなく後ろめたい気持ちになりかける。

 商人が はかりを片付けはじめた。計算が終わったみたいだ。


「ざっと金貨六十枚相当でしょうか。それで取引を致しましょう」


 適正な値段かどうかを調べたかったけれども、冷や汗が出るくらいに凄いものなら嘘ではないと思う。

 場合によっては追加の金を創ろうと考えたけど、これ以上は目立ちすぎる。よく考えたら、さっきやった純化はお金を生産するようなもので、実はすごいことをしているのかもしれない。


 悪い大人に目をつけられたら困る。学生個人ができることなんて、たかが知れているからだ。

 これが、戦闘にも使える能力だったなら強気になれたのかもしれないな。『純化』はパッとしないタイプの能力な気がする。生水を飲める水に変えるとか、古い本が新品みたいに変化するとか、生活的な使い方をした記憶しかない。我ながらすごいことしたなと思えるのは、今回が最初で最後かもしれない。

 金貨六十枚の査定をした商人へ取引の話を続ける。


「その査定を信じます。ところで、他の奴隷を見せてもらえますか?」

「もちろんです。それではこちらへどうぞ」


 ずいぶんと柔和な笑顔になった。学生には買えないだろうと甘く見られていたのかもしれない。もっとも、能力が成功してくれたおかげで、買えるめどがギリギリで立ったようなものだ。あんまり大きな顔もできないかな。


 商人の後へついて行くと、きらびやかに装飾された扉へ案内をされた。扉を開くと凛とした表情で整列している人々がぎっしりと立っていた。重苦しい部屋の温度に鳥肌が立つ。

 今さらだけれども、すごい場所に来ていたんだった。嫌に痛感してきた。


「六十枚以上でしたら……。はい、この辺りからですね」

「ところで、女性はいないのでしょうか」

「女性ですか?」


 チラリと全体を見てみてなんとなく聞いてみただけだ。でも、商人が額にしわを寄せて深く考えはじめた。

 もしかして、けっこう無茶な注文を言ったのかな。相場が分からないし。言ったそばから、ばつが悪くなった。

 商人が悩ましそうな声で低く唸りながらぽつりと呟いてきた。


「お薦めはしませんが……。わずらっているのがひとりいます」

「では、そちらにも案内してもらえませんか?」


 その言葉を言った途端に、商人の表情が明るくなった。

 なんでだろうか。得体の知れない表情に不安を抱きながら商人の後へついて行った。


 奴隷たちが整列していた部屋から出てすぐに階段を降りていく。けっこう降りたので、もしかして目的地は地下なのだろうか。

 地下へ降りると、ひと気を避けるようにぽつりと存在しているドアが見えた。


 商人が鍵を差し込んでドアを開けた。


 ドアの向こうには、薄暗くて窓のない部屋があった。ひやりとした空気に頬を撫でられる。カビのような匂いがちょっとした。

 暗い部屋の中心に、チラチラと光る蝋燭が立っている。蝋燭ロウソクの儚いあかりのそばに、ひとりの少女が横たわっていた。商人が松明たいまつともして、少女の元へかがんだ。


「せめて、起きていなさい。お客さまです」

「ん……。はい……」


 揺れる蝋燭ロウソクの光に反射して、月のようにしとやかな白銀色の長い髪が見えた。背中までたっぷりの艶麗な髪は、癖もなくさらりと流れている。

 ガーネットのように透き通った紅い瞳。身長は自分よりも頭がひとつ下くらいだろうか。やわ雪のように純粋な白さを連想させる頬は、熱を帯びて微かに紅潮している。まどろみに揺れる桜の花びらのように どこか儚い印象の少女が床に寝ていた。

 扉から差し込む外の光を眩しそうに目を細め、腰を辛そうに起きあがらせた。熱で焦点の合っていない瞳で、小首をかしげるようにこちらを見上げている。


 息を呑むように見つめていると、瞳が視線と絡みあった。途端に、顔に熱が走った感覚がして思わず目線を外してしまう。

 トクリと跳ねた鼓動を抑えるように拳を握りしめていると、紙束を持った商人が声をかけてきた。商人が紙を読み上げていく。


「先天性非才症の奴隷です。それとわずらいで衰弱すいじゃくしております」

「ああ、言いたい意味が分かりました」


 先天性非才症とは、魔力が無い人のことだ。境界術も使えずに、魔術も使えない。また、魔力が無いせいなのか、髪の色が透き通るような白灰色の特徴がある。

 魔法が使えるのが基本の世界だから、先天性非才症の人間は労働力としての価値が非常に低い。あまり買い手がつかなそうだ。

 ここに来る時に商人が笑顔になったけれども、この少女が病気になっていることが原因かもしれない。

 国営にしているだけあって、この館内では奴隷の保護が非常に手厚い。もしも、病死した奴隷がいたなら管理が悪いとみなされて、この商人の体裁ていさいが悪いだろう。要するに死ぬ可能性があるなら、その前に売ってしまいたいのだ。

 商人がにこやかな笑顔で訊いてきた。


「金貨 百枚です。いかがでしょうか?」


 純化して手に入れた金塊が六十枚相当。学園で貰ったのは二十枚。最大で八十枚しか出せない。


「もっと安くなりませんか?」

「いいえ、百枚です。もしも生存できて色街へ働かせれば、元が取れるでしょう。これでもかなり安いですよ。納得いかないようでしたら、こちらの資料をお見せいたしましょうか?」


 紙資料を渡されたので見せてもらう。相場は金貨三百枚程度みたいだ。相手から出された資料なので、向こうが有利な資料を持ってきていると思う。でも、差し引いたとしても非常に安価な捨て値のつもりなのが伝わってきた。


「でも、あの金塊の値段は暫定ざんていですよね。もしかして……」

「ご購入をするのでしたら、専門家に正式な査定をかけます。ですが、あまり期待しない方がよろしいかと。仮に低かったとしても六十枚まで私が保証しましょう」


 それもそうだ。二十枚の誤差なんてあるわけが無い。どこまで信じていいか分からないけれども、国営の響きが正確な査定をしそうに感じられた。


「本当に百枚でないと駄目ですか?」

「百枚です。明日の午後まで、その値段で負けましょう。それと、キミのお父さまにも、よろしくお伝えくださいね」


 一瞬だけ意味が分からなかった。でも、すぐに疑問がとけた。

 親から金塊を貰ったことにしていた。だから、すごくお金持ちな息子に見られてしまったみたいだ。商人は「買いたいなら親からお金を借りてこい」と言っているらしい。そして、あの子が安価だったのは、息子を通した宣伝を狙っていたのかもしれない。

 安いのはいいことだけれども、いきなり金貨二十枚なんて稼げるはずがない。どうすればいいだろう。困った。



 ◇◇◇



 疲れた足取りで部屋に戻る。ベッドへうつ伏せにダイブをした。

 交渉しなくても向こうから安価にしてくれたみたいだ。それでも、何度考えても金貨二十枚なんて大金を稼げるアイディアなんてない。それも、ひと晩という制限時間つきだ。正直に言うと無理すぎる。


「あと金貨二十枚持ってこいとか。どうればいいんだろうな……」


 うつ伏せが息苦しくなった。仰向けに寝転がってみる。

 見慣れている天井を見上げる体勢になった。いつもの天井なのに、今日はどこまでも高いように思えた。なんだか、ちょっとだけ嫌気がさしてきた。天井を見ないように 体をごろりと横たえる。

 ふいにベッドの横にいた人形と目が合った。


 三十センチほどの背丈に、紺色を基調とした清潔感のある使用人の服。元来な古典派のメイド服といったところだろうか。メイドというよりも、従者といった言葉の方がしっくりくるかもしれない。

 控えめな白いフリルが上品な愛らしさをかもしだしている。ラピスラズリの宝石のように深い青色の眼差し。清澄さを連想させる少女の人形の瞳が、こっちをじっと見つめているように見えた。


『難しいですね。貯蓄はいくら残っていますか?』


 人形が首をかしげて可愛らしく訊いてきた。癖がなくて腰まで伸ばしたまっすぐの金髪がさらりと揺れる。


「全部をかき集めれば金貨二枚くらいはあるかな。ナズナは、どうやって増やせばいいと思う?」

『正直に言うと、無謀だと思います』

「だよなあ」


 小さな従者の人形であるナズナに無謀だと否定された。この人形には、タパルルと呼ばれている人工精霊が組み込まれている。やり方は、宝石を媒介にして、宝石へ毎日 語りかけるだけでいい。これによって、この宝石は生物であると脳へ誤認の自己暗示をかけてしまう。

 魔法とはいわゆる心象を具現化した現象だ。この誤認症状の宝石に自然魔力を宿らせることにより、霊魂に仕上げてしまう術だ。言わば使い魔というもので、わりとメジャーに知られている。


 隣にいたもう一体の人形が、呆れたように目を細めた。

 こちらも使用人の服装。凛とした黒さを基調として、茶色の差し色があるエプロンドレス。どことなくゴシック調をイメージさせられる。サブカルチャー的な意味では、こっちの方がメイド服に近いかもしれない。

 白いリボンで肘の上を留めて、肩はショルダーパフのまるまったスリーブになっている。肘の上の丸みがあるスリーブには、お姫様のドレスのような愛らしさを連想させる。エプロンやカフスには淡い白さのフリルが可憐にあしらってある。栗色のショートボブの髪の少女の人形が、こちらを覗きこむ。

 重たい息を吐きながら見下ろされた。


『あのさぁ、別にこだわる必要は無いよネ』


 容姿とは相反している面倒そうにダレた声が降ってきた。


「ポプラまで反対なのかよ」

『んー……。まあ、私は止めないよ。ダケド、いくら値引きされようが大金を使うのには変わんないし』


 ポプラの言いたいことは分かる。帝国学園のかよい始めて、お金のシビアさについては何度も痛感した。寮生活で一人暮らしもどきをやっているのだからなおさらだ。

 お金で買えないものだってこの世界にはあると、誰かが言った耳心地のいい言葉がある。けれども、裏を返せば、その特殊な事例以外はお金でなんでも買えるのだ。万能ではないけれども、決して過小評価をしてはいけない力がある。


 だから、お金の大切さについては重く理解をしている。でも、どうにもあの子の影が気になって、仕方がなくてしょうがない。なるほど、どうやらこれは特殊な事例とやらみたいだ。

 ふいに、ポプラが何かを思いついたように、声を弾ませてしゃべりかけてきた。


『正当な手段なら駄目そうだし。デモ、心当たりが無い訳じゃないケドね!』

「本当かよっ!」


 ポプラが腰に付けているポーチをごそごそとあさりはじめた。整理されていないのか、ビー玉やら、おはじきをこぼしながら、紙の塊をえっへんと掲げて取り出した。

 ぽんっ と投げ渡された紙は、くしゃくしゃに丸められたポスターだった。広げて見てみると――《男色の迷路館、逃げきれたら一攫千金のチャンス!》


「行く訳あるかぁ――ッッ!」


 小馬鹿にしたようにニタニタしたポプラへ、おもいっきり投げつけてやった。おでこへ見事に直撃して、こてんとベッドの上で倒れた。

 なんで、そんなポスターを持っているんだよ。




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