大慌ての祝祭
お祭り当日のせいだろうか。あちこちからの楽しげに弾んだ声に街は活気づいている。今日は露天市の規模が広がり、意外な場所にも店ができていた。がらりと変わった街並みに、自分がどこを歩いているのか分からなくなりそうだ。
酔いそうになるくらいに多い人だかりを避けて、裏道に行ってみる。いつもは人がまばらな小道でも人通りがやけに多かった。混雑とまでは言えないが、それでも普段に人とすれ違わないはずの道で、何度も人と交差していく体感はとても妙な気持ちになった。
お祭りのために一時的に作られた木製のベンチを見つけた。座ってポケットから街の地図を取りだして眺める。隣にココアがちょこんと座った。ココアは人波に圧倒されているわけでも無く、無機質な視線で呆然と人の流れを眺めている。時折に気にするように、冷えた無表情でこちらを見上げてきた。
横目で気付かないふりをしながら地図を見つつ考える。ココアの表情が初めて出会ったときと同じように、どこか堅い雰囲気が出ているような気がする。もちろん、相変わらずに何を考えているのか分からないから気のせいだと言われたらそれまでだけれども、昨日からなんとなく距離感もおかしい。でも、決して昨日のことで怒ってるわけでもなさそうだったりする。それが、いまの混乱に拍車をかけている。
今日は課外実習のためのマントを見ようと、外出をしようとしたらついてきてくれた。荷物持ちはいらないよと言ってもコレなのだ。
今もいつものように、遠慮気味に服の裾を握ってくっついている。
「あっ――。あそこの店みたい。行ってみようか」
「……はい」
鈴の音を転がしたように澄んでいる声。細くて儚げな声色だけれども、それでもしっかりと返事をしてくれた。
分からないことを気にかけても仕方がない。いっしょに来てくれているなら、それでいいじゃないか。目的の万屋を見つけたのでココアと一緒に入店する。
扉を開けると鐘の軽い金属音が鳴った。窮屈そうに並べられているキャンプ用具を掻きわけて、奥にかけられているマントを見つける。
マントは旅をする必需品のひとつだ。鎧を守る効果も勿論あるが、基本的に鎧から体を守るためのモノだ。例えば熱い時は、直射日光を鎧から避けて火傷にならないようにするためだ。ものすごく簡単に云うと、太陽の熱を使った鎧の鉄板で体が焼き肉にならないようにするということだ。また、冬は鎧が外気で冷えすぎない効果や、保温効果のためもある。鎧は金属でできているので、外気とはデリケートな関係にある訳だ。
しかし、それは昔の話で今は魔法陣が縫い込まれた簡易のローブのように着られている。例えば加護が縫い付けられていると、魔法攻撃による奇襲を完全に防ぐことはできないが軽減を狙える。また、背後からの攻撃に急所を隠す目的や、縫い付けられている魔法陣の特典で旅を快適に過ごせるなど様々な効果があるのだ。
今回に万屋へ寄った理由は、マントを買うためではなくて見るために寄った。人形や小物を作っているせいか、あの三人にマントの制作を依頼されたのだ。それも、どこどこの店でこのマントと似たデザインがいいと伝えられた。詳細まで似ることを求めていないとは思うけれども、仲間に頼まれたからにはしっかりとやり遂げてみたい。
「えっと――。フランはたしか、この番号棚だったはずだけれども……」
メモにしたがって手に取ったものは、淡く黄色がかったバニラ色のマントだった。パステルカラーが好きなフランにしてみれば、思っていたよりも落ち着いた色を選んだみたいで――訂正する。マントの裏地がすごいことになっていた。なんというか、ひと言で表すと孔雀が羽を広げたみたいな感じ。
こんなものを作っていたら、一週間で三人分とか絶対に出来ない。あとで丁寧に断っておこう。そういえば、以前に万華鏡を作った時に、とても気に入ってくれたのを思い出した。カラフルな色が好きなのかな。
それにしても、まったくどうして寸前に言い出すのだろう。その癖に出来が悪かったなら、仲間内だから遠慮なくぶーぶーと文句を言いそうな気がする。言われないようにするためには、様々なマントのデザインを何度も見て、目利きができるようにならないといけなさそうだ。ここ以外にも何カ所かを見に行った方がいいだろうか。なんだか、想像していたよりも手間がかかりそうだ。安請け合いをしすぎたかもしれない。
要所の縫い方やデザインをメモしていると、ココアが横から控え目に覗きこんできた。屋内にいるからか、いつもよりも詰まった距離で今も服の裾をしっかり握っている。
そういえば、学校から武器のために支給しされたお金で奴隷を買いましたなんて、あまり体裁が良い行動じゃなかったかもしれない。もちろん、武器はすでに持っていたし、これから課外実習が多くなるから付き人が必要と考えれば建前がまったく無い訳じゃない。
でも、今回の模擬戦争でそれなりの成績を残さないと、講師からの視線が痛いそうだ。もちろん、学校からの視線が世界の全てじゃない。だから、多少はきつくなっても別にどうぞとは思うけれども、痛い視線を大歓迎なんてはずがない。今日はなんとかして勝ち星が欲しい。
なんだか、やらなくちゃいけないことが思ったよりも沢山ありそうだ。どこ当てもない気持ちを深い息と一緒に吐いた。
心配そうな赤色のつぶらな瞳が見上げてくる。慌ててため息を止めた。こういう苦労を表に出すのは同情してほしいみたいで好きじゃないし、ココアに気使いさせるのも悪い。心配そうな顔じゃなくて、もっと別の表情をしてほしい。
「そういえば、ココア。フランと遊びに行かなくて良かったの? 見て回るだけだし、ついて来て退屈だったかな?」
ふるふると首を振って構わないと答えてくれた。本人が納得しているならいいけれども、ついて来てもらった側としてはなんだか釈然としない気持ちが出てきた。
マントの基軸となるデザインのスケッチが終わった。マントに縫いつける加護や魔法陣は学校で習ったし、専門的なものは魔法屋に縫い付けてもらう。だから、あとは作るだけだ。
さて、作るためには気力が必要だ。外の騒がしい空気が気力を補給しないといけないと朝からずっと誘っている。それに、ついてきてくれたココアへ、お祭りを教えてあげたいという建前まで見事に揃っている。
「せっかく、外はお祭りなんだし、一緒に見て回ろうか?」
こくこくと嬉しそうに頷いてくれた。ココアの視線が窓の外へ移り、まぶしそうに目を細めた。きょういち日だけ特別に街が生まれ変わる珍しい光景。館のずっと変わらない真っ暗な世界の中で生きていたココアには、信じられないような風景かもしれない。しっかりとエスコートしてあげたくなってきた。
店から外へ出る。たくさんの人が行き交う圧迫感が出迎えた。朝と比べて随分に人が増えたようだ。
そういえば、ココアは まだこの周辺の地理には疎いだろうし、お祭りで街の風景も相当に変わっていて土地勘も麻痺している。子どもみたいに迷子にはならないと思うけれども、はぐれてしまったら大変なので釘を刺しておく。
「そういえば、これからもっと人が増えるし、はぐれたら探せなくなるかもな。あまり離れないでね」
「――っ!」
裾を握った手が離れて、素早く両手でぎゅぎゅっと腕へ抱きついてきた。少し痛かったのでほどこうとしたが、命綱のように必死に掴まって離れてくれなかった。
ふいに思ったけれども、昨日の一件から距離を置かれているような感覚がしたのは、気のせいかもしれない。距離を置かれているならこんな状況にならないと思う。それどころか、そもそも嫌われているなら、必要がないのに一緒に来るなんてしないだろう。
杞憂だったかもしれないと気が抜けてきた。それにしても、奴隷相手に気を使うのは何なんだろうか。普通の物語だったなら献身的に尽くすようなポジションだと思う。逆に献身的に尽くされている奴隷とは何者なのだろうか。そうだ、ポジションが逆なら発想も逆転して考えれば対称になるかもしれない。つまり、ココアは奴隷じゃないかもしれない。むしろ逆の存在だ。奴隷を逆にして、真ジャンルな隷奴の存在かもしれない! と、冗談事を考えながら人混みの中へ歩き出そうとする。
刹那に大きく金属を叩く音がした。お腹の底から響く大きな鐘の音。周囲の人たちは嬉しい驚きに声を上げた。道を歩いていた人が、足早に店や喫茶店に入り始めていく。
去年のことを思い出す。この大きな鐘の音と、人が道から撤収する景色。模擬戦争が始まった風景と酷似していた。
「うそっ! 予定よりも早いっ!」
サプライズが大好きな風習の帝国。地球出身の自分にとっては、手放しに喜べる文化じゃないと思う。こんなときは、アルフみたいに血が煮えたぎるぜぇッ! とか思わない。どちらかというと、何で平気でみんなに迷惑かけるの? それ、サプライズじゃなくて、イジワルの間違いでしょ。わけが分からないって感じてしまう。
錯乱した狼狽を漏らしてしまった声に、ココアが心配そうな上目づかいで見上げていた。
「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけだから、安心しててね」
できるだけ柔らかい声をかけ、安心させるようにぽんっと撫でながら思考を巡らせる。
本音を言うと大丈夫じゃない。まず、メインの武装となる人形を寮に置いてきて持っていない。さらに、ココアを引き連れて戦うのは言わずもがな不利な状況だ。人質になどにされたならシャレにならない。ココアが戦力外なので、非戦闘区域に送り届けるのが最良だろう。
最初に思い浮かんだのは学園寮だ。学園全体は非戦闘地域に指定されている。来客が来ているのに、学園の中でドンパチなんてできないからだ。
幸いにも学園寮には近い場所にいる。そして、人形もそこにいる。誰にも気づかれないように用心してココアを送り、武器となる人形と、ココアの安全の両方を手に入れなければならない。
必死に思考を巡らせていると、くいくいと左袖を引っ張られた。
「あの……。いっしょに…、がんばりましょうか?」
「ありがとう。でも、これくらい任せてよ。何もしなくてもいいからね」
しゅんと悲しげに俯かれた。言い方が悪かっただろうか。
ふいに建物越しから歓声が聞こえた。ひとつ向こうの道だろうか。突如に大きな爆発音が鼓膜を乱暴に殴り、余波が体の中心を震撼させた。焦げ臭く生温かい風が頬を舐めるように吹き通る。思ったよりも戦場が近くに出来ているようだ。この大音量なら遠くからでも聞こえただろう。援護や影討ちをするために、近くにいた生徒達が集まってくるかもしれない。
とにかく今は無事に逃げきらないといけない。ココアの手を引いて、隠れるように学園寮へ急いだ。




