漆 「面目ない」
結局、僕を呪った奴のことはわからなかった。
琥珀君に僕の呪いを見てもらった部屋で、僕と琥珀君、凍空さんの三人は、座って成果を話し合っていた。もとい、反省会を開いていた。
「最初の質問が「僕のこと、どれぐらい嫌い」ってなんだよ」
「それはプレッシャーをかけようと思って」
「逆に、用心されたじゃねぇかよ」
「そんなこと言ったら、君だって「呪いって信じるか?」なんて聞いてたじゃないか」
「あれは相手の虚をついたんだよ」
「確かに、ポカンとしてたよ」
やり取りを聞いていた凍空さんは、穏やかな顔で口を挿んだ。
「話をまとめてもらえますか?」
「まず、田所一は僕を恨んでいて、呪いは信じてない。
次に、小倉翼は僕を恨んでなくて、呪いを信じるタイプ。
黒崎瞳も僕を恨んでない。呪いは占い程度に信じる。です」
「面と向かって恨んでいるって言えるなんて、田所君はよほどの時計マニアなんだね」
「僕、ちょっとショックでした」
うん。ちょっとじゃなくショックだった。
「あと、何かあったかい?」
「翼って奴がすごくコイツのことを心配してたな」
「貴重な親友だからね。翼は」
「大会に出られなかったのは、気にしてなかったみたいだし。コイツは違うんじゃないか?」
それは違う。翼は、とても悔しがっていた。ただ、それを表に出してないだけだ。でも、犯人じゃないって考えには大いに賛成したい。
「財布をなくしたって言ってたな。お前、疑われてたぜ」
「前科はないよ。盗みはしない主義だからね」
落とした場所を知っていて、教えてあげないことはあるけど。
「あと、小鳥遊は黒崎瞳に頭が上がらないみたいだな」
「うっさい」
ニタニタと笑う琥珀君に、僕は噛みつくように言った。効果はなかったけれど。
「一番怪しいとか言っておきながら、目も合わせられないなんて、男として情けないぜ」
「色々と事情があるんだよ」
「そのお守りも、黒崎瞳から貰ったんだってな」
「悪いかよ」
「挙句の果てに、呪いを言い訳にして中断して逃げやがるし」
「面目ない」
青菜に塩という諺がある。同じ意味の諺で、「小鳥遊天に黒崎瞳」というのもあるので覚えて帰ってくれ。
「そう言えば全員、平清盛が呪いで死んだってこと知らなかったみたいだな」
「呪いで死んだ人なんてそうそういないでしょ? ピンと来なくても仕方がないんじゃないかな?」
「そうでもないぜ?」
琥珀君は得意げに自分の知識を披露し始めた。
「一説では、源頼朝も呪われて落馬して死んだしな」
「そうなんだ。さすが琥珀君」
「他にはな…」
「今は、それどころじゃないんじゃないかな?」
凍空さんに怒られた。話を戻さなきゃ。
「要するに、あの三人の中に犯人がいるのか、否か。まったくわからないってことだぜ」
「素人の僕たちが尋問したところで、成果が出るわけなんてなかったんだよね」
「そゆこと。仕方がねぇんじゃねぇの?」
お互いに傷を舐め合う僕たちを見て、凍空さんは静かに言った。
「死んでも知らないよ?」
沈黙。
「忘れてたぜ。かなり深刻だったんだよな」
「そうだったね。文字通り、死活問題だったんだよね」
僕の身の危うさを認識し合い、絶望した。
「さて、どれぐらい呪いが進行してるか確認しましょう。琥珀、見てあげてください」
「陰険な親父だぜ」
そう言うと面倒くさそうに、立ち上がり僕をジッと見つめる。
僕も立ち上がった。バッグを肩に下げたまま立ち上がってしまい、今からでも、バックを置くか置かないか少し悩む。結局、置くタイミングを逃したので、バックは持っとくことにした。
「かなり進行してるぜ」
琥珀君が冷や汗を流しているのが見えた。
「しゃれこうべが、もうすぐ全身を覆う」
背筋に、いや、全身に悪寒が走った。
「自分の置かれている状況はわかりましたね?」
「はい」
力なく返事するしかなかった。
「おい」
琥珀君が目を見開いて僕を呼んだ。彼の視線の先には、僕の愛用のバッグがある。
「このお守り、例のお守りだよな?」
「そうだよ。それがなにか?」
「なら、犯人は黒崎瞳で決まりだ」
「え?」
僕は間抜けな声を出してしまった。
「このお守りから、しゃれこうべが出て来てるんだよ」