伍 「何が見えますか♪」
「呪いの例というと、丑の刻参り。聞いたことはありますよね」
「はい。人形にくぎを刺すやつですよね」
「呪いとは、人が人にかける、まじないです。病気になったり、不運が続いたり、効果は様々だけど、そのどちらも、過程なく結果だけ表れるという特徴を持っています」
琥珀という子を待つ間、学校の体育館もしくは、道場のような広い板の間で、お喋り会が開かれていた。まず、僕が症状を説明し、次に凍空さんに呪いの話を聞いていた。
それにしても遅い。マジで来るのかよ。琥珀とかいうやさぐれ。
「呪いの原動力は憎悪です。憎悪が弱いと、呪いは成立しません」
いつまで続くのかわからない呪いの説明。頭が疲れ始めた頃、ガラガラという音とともに、一人の青年が入って来た。
「琥珀さん以外にもう一人、息子さんがいらっしゃるんですね」
「あれが一人息子の琥珀ですよ」
なんというか、予想外だった。
髪は明るい茶色でツンツンしてるし、耳にピアス。失礼だが、神社には不釣り合いだった。僕と同じぐらい規格外なのかも。
「ったく。無視したら、俺が悪者みたいじゃねぇかよ」
「来てくれると思っていたよ」
凍空さんは笑顔で言った。
「んで、呪われてるのはコイツだな?」
琥珀は顎を僕のほうに振る。
「そうです♪ なにが見えますか♪」
「ちょっと待ってろよ。だいたい、人が呪われてるのに、いつも楽しそうだよな、アンタは」
もっと言ってやってください。そう思う僕の心は悪くない。
琥珀は何回か、まばたきすると、じっと僕のことを見た。男にじっとみられるのは、普通に気持ち悪い。
「何が見えますか♪」
「しゃれこうべ」
それって、放置されて汚れた頭蓋骨のことだよな?
「数えきれない数のしゃれこうべが、テメェの後ろに見える。テメェに噛みついてるぜ、ソイツら」
「僕は、しゃれこうべに悪さをした覚えはないんだけどな」
ていうか、見たこともない。
「コイツらから、かなりヤバいものを感じる。まだ、肩と背中だけが放っておけば何をやらかすか、わからねぇ」
「完全に呪いですね。考えていたものよりも、悪質な」
そういう凍空さんの口調は、今までと変わっていた。
「どんな呪いなんですか♪」
この人だけは、楽しそうだ。
「もしも、私の考えが正しければ、小鳥遊君は、死ぬ」
「……僕が、…死ぬ?」
「はい」
その短い返事は、真先生の笑みと、僕の余裕を奪っていった。
「平清盛はご存知ですよね?」
「はい。もしかして、僕の呪いって平清盛が死んだときの」
「そうだと思われます」
平清盛は呪い殺されている。彼は死ぬ少し前から、衰弱し、また、大量のしゃれこうべの幻覚を見たという。
「発熱もあったようですし、間違いないでしょうね」
「冷水のお風呂に入れても、一瞬で蒸発させたという話ですね」
真先生は真剣な顔で確認を取った。
「禍々しい邪気。大量のしゃれこうべ。衰弱。発熱。確かに、全部、繋がってやがるな」
琥珀も肯定した。
「呪いを解く方法はありますよね?」
僕は、勇気を振り絞って凍空さんに尋ねた。
「呪い返し、それしかないでしょうね」
「呪い返し?」
「呪いをかけた本人に、その呪いをはね返すということだよ」
真先生が解説してくれた。
「そのためには、やらなきゃいけないことがあるぜ。呪いをかけた奴を特定しないとな」
「簡単じゃなさそうだね」
「そして、期限もあります」
凍空さんは難しい顔をしてこう言った。
「今度の土曜日。それがタイムリミットでしょう」
神主さんがカタカナを使うのか、なんて思う余裕はなかった。
そして、思い出した。気絶する瞬間に聞いたカチカチって音は、歯と歯が噛み合う音に似ていたことを。