拾 「アイツ、馬鹿だぜ」
日曜日。素晴らしい朝だった。
「アレから、もう一週間だな」
「結局、小鳥遊君は呪い返しをしなかった」
「それでよかったんじゃね? 結果論だけどな」
俺の部屋で、なぜか親父はお茶を飲んでいた。
そして、話題に持ち出したのが、アイツのことだった。
「『誰かを殺して生きてしまった。そんな十字架を背負って生きれるほど、僕は強くない』だっけ?」
気持ちが言葉をさえぎる。
俺は気持ちを飲み込み、言葉を続ける。
「アイツ、馬鹿だぜ」
「彼は、そんなことを言ってしまったばかりに、大会にも出られず、黒崎ちゃんにも会えない。小倉君の望み通りになったね」
「皮肉にも、な」
「みんな傷ついた。一番傷ついたのは、田所君と小倉君の二人から殺意を抱かれていた、小鳥遊君だけれども、ね」
「アイツなら立ち直り早いんじゃねぇの?」
「そうだろうか。お前と一緒で、きっと繊細な子だよ」
「ケッ。俺とアイツを一緒にするなよな」
俺は立ちあがり、自分の部屋を後にした。
「アイツ、規格外なんだぜ?」
「確かに、まだ生きているからね。規格外なんだろうね」
俺はアイツの部屋に向かった。
「よ! 起きてるか?」
「目覚めは比較的いいほうでね」
小鳥遊は親父と同じ格好でお茶を飲んでいた。似合ってやがる。
「あれから一週間だね」
「そろそろ死ねよ」
「それが、あの日以来、体の調子がイイんだよ。困ったな」
呪いは、対象者への憎悪をエネルギーとしている。そのため、小倉翼から小鳥遊天への憎悪が消え、憎悪とは逆の感情、「生きてもらいたい」という感情が芽生えたために、呪いはエネルギー源を失い、一時停止の状態にあるらしい。親父の推測だとそうなる。
もしも、小鳥遊が生きているということが、小倉翼の耳に入ったら、そして、騙されたと思い込んでしまったら、憎しみを抱いてしまったら、その時は、呪いが再び動き出し、小鳥遊天は命日を迎える。
結局、コイツは、生き延びたが、小鳥遊天として生きていくことが、できなくなってしまった。
「僕の新しい名前を考えなきゃだね」
「好きにしろよ」
「読者の方の投票制にしようか」
「何を言ってるんだよ?」
「僕って規格外だからね。こういうこともできるんだよ」
わけがわからん。笑うところか?
「あのさ、琥珀君」
「なんだ改まって」
「感謝しないとね。命の恩人だし」
「なにもしてないぜ。お前が自己解決したんだろ?」
「そんなことないよ。アッシー君としての君の活躍がなければ、コスプレをしてくれなかったら、僕は死んでいた。ありがとう」
「感謝と侮辱を一緒に言うな」
器用な奴だ。
「本当に、感謝しているよ」
「男に言われても嬉しくねぇよ」
ま、悪い気はしないけどな。
「そうか、悪い気はしないのか」
「テレパシーかよ!」
「僕はエスパータイプだからね」
琥珀君はかくとうタイプだよね。と言いたげな目でこう言った。
「琥珀君はかくとうタイプだよね」
「そのままなのか! これもテレパシーなのか?」
「なんのことかな?」
「とぼけてんじゃねぇよ!」
この後も、アイツがこの呪いで死ぬことはなかった。
俺としては、どうでもいいこと、だけどな。