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霊能力探偵(仮)  作者: 道化師
目次
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壱 「…なんか、変だ」


 月曜日。

 この日は午後の授業が休講になったため、昼休みが終わると同時に僕の部活は始まった。

 鞄の中で、まだ重たい弁当箱が揺れる。食後すぐに運動するとお腹が痛くなるのは常識。今日の僕の昼食はもう少し後になる。

 僕は陸上部に所属している。入部に深い理由はなかったが、今はけっこう陸上部に居心地のよさを感じている。大会ごとにとはいかないが、タイムがよくなるのは楽しい。それに、部の真面目だが厳し過ぎない雰囲気も好きだ。


 階段をリズムよく下り、ドアを開けて外に出る。行き先は部室。第一グラウンドの裏にある、横長の物置のような建物が運動部の部室だ。十数個のドアがあり、ドアの数だけ部室がある。

 重たいドアを押し開けて中に入る。足で乱雑に道具類を避け、バックからジャージと靴を取り出し着替える。外で着替える奴もいるが、僕はそれにささやかな抵抗がある。

 準備ができると、バックを肩にかけて第二グランドに向かう。第二グランドは第一グランドに比べると、小さくて整備も行き届いていない。でも、自転車用の道に沿って生えている木々のおかげで校舎からは見え難くなっている。

 口がうるさい先生に見つかると面倒だしね。


 そんなくだらないことを無意識に考えていると、準備体操は終わっていた。軽く跳ねてみる。調子は悪くない。

 少し空腹感はあるが、気にするレベルのものじゃない。たまに食事を抜くことがあるからわかる。まだまだ平気だ。

 最初は歩くより少し速いぐらいの速さで走り始める。とは言え、十歩も走らないうちにスピードは上がってしまう。いつもと違う時間に部活をするという新鮮さに、ウキウキしているからだろうか。

 リズムよく、やや跳ねるように走る。呼吸も軽い。調子はいい。

 そんな新鮮さもなくなり始めた頃、僕は頭の中で部活以外のことを考えていた。


 部活はもちろん、最近は学校の行事も忙しい。生徒会の一員である僕の忙しさは一ヶ月前から鰻上り。勾配(こうばい)はXの自乗。

 今日みたいに休講でもない限りは、満足に部活もできないぐらいだ。

 そして、陸上の大会も迫っている。来週の日曜日に、今シーズン最後の全国大会がある。なんとしても、と言える程の気合いはないが、参加するなら、やはり全国を目指したい。

 こんな多忙な日々に対して、僕なりに出した答えが、別れることだった。


 忙しくなって、きっと彼氏らしいことはできなくなるから、別れたほうがいいと思う。


 (おぼろ)げに(かす)む自分の声と、鮮明に残るあいつの表情が、頭の中のスクリーンに映る。

 あいつは笑顔で承諾した。落ち着いたら、またコクると言って。

 僕はそれに肯定をしなかった。否定もしなかった。

 ただ、そうか、と呟いた。

 自分でもわからないが、何か話せば、言葉が言葉にならなくなる気がしたんだと思う。決壊したダムのように、感情が溢れて。

 自分の身勝手なわがままを、あっさりと受け止めたあいつに対して、非常に重たい罪悪感を覚えている。

 今もそれを思い出しただけで、気分が悪くなる。


「…なんか、変だ」


 本当に気分が悪くなっていた。

 頭の中のスクリーンは消え去り、赤いサイレンが点滅し始めた。

 僕は唐突に、気がついた。

 前触れに気づけなかった僕にとって、それは過程を飛ばして結果だけが現れたに近い。


 気分が悪い。


 いつもよりも速いペースで走っていたことは事実。しかし、アップでここまで具合が悪くなるわけがなかった。罪悪感でここまで気分が悪くなるとしたら、立派な精神病だ。

 鈍い頭痛と耳鳴り、そしてじわじわと熱が全身から溢れる。

僕は不思議に思いながらも、落ち着いてグランドの端にある、コンクリートの比較的綺麗な場所にしゃがみ込んだ。

 この時、再び走り出せるコンディションではなくなっていた。

 練習不足か。僕はそう解釈した。練習不足による軽い酸欠に似た症状。正しい処置の方法は知らないが、放って置くことにした。少し休めば気分がよくなると思ったからだ。

 鞄から垂れている無病息災のお守りが、皮肉だった。別れる前に、あいつが僕にくれたお守り。それがなんとなく笑っているように見えた。

 体が熱い。燃えるように熱い。焦げるように熱い。

 内側から炎があふれ出すような錯覚を覚えた。同時に、自身が炎となっている錯覚も。漫画の読みすぎか?

 汗が止めどなく流れる。そのせいなのか、口の中が渇く。息ができない。咳き込む。のどがヒリヒリと痛む。

 倒れこんでしまった。服が汚れることも熱さで気にならない。

 額の汗を拭う。手のひらの汗が代わりについてしまった。終わらないループ。悪循環。もう(つば)も出ない。


 僕は一生懸命バッグに手を伸ばし、携帯電話を引っ張り出した。

 比較的、取り出しやすい所に入ってたのが救いだった。

 汗で携帯電話が壊れないか不安に思いながらも、震える指でキーを押して、僕は親友に電話をかけた。


「…第二グランド、僕、倒れてる、早く」


 カサカサに乾いた声で、単語だけを言い切ると、僕の意識は黒くフェードアウトしていった。

 友人が何かを聞き返す声と、耳元で聞こえる、カツカツ、カチカチという軽い音を聞きながら。




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