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プロローグ

 薄暗い部屋の中で、パソコンのディスプレイが放つ青白い光だけが、その部屋の主を浮かび上がらせた。


 女である。まだ若い。少女と言える年齢だ。

 しかし、今やその女の顔には歓喜の色が浮かび、口をいびつにゆがめて「うふふふふふふふふふふ……」という奇声を発している。

 笑い声らしい。


 女は、手元も見ずに、驚くべき早さでキーボードをたたきまくる。

 意味のない連打ではない証拠に、ディスプレイには次々と新しい文字が生まれていた。


     +


「……あっ……」

 思わず口をついた嬌声を、ユウが呑み込むように堪えた。


 遠く、教室の外から、幾人かの笑い声がする。

「我慢するなよ」


 アキラが薄く笑うのに、ユウが唇を噛みしめながら首をふる。

 その頬が赤く染まっているのは、無論、窓から教室の中へと差し込む夕日のせいだけではない。


「……だめっ……誰か――来たら……っ! んっ……やぁ……」

 ユウが身をよじって抗議の声をあげるが、その仕草すら、はだけた胸元を更に露出させる手助けにしかたならい。

「だめ? ここはもうこんなになってるのにか?」


 かすかに熱を帯びた声で耳元にささやかれ、びくりとユウの肢体がはねあがる。

 アキラの手が、たった今までもてあそんでいた平らな胸の頂から滑り落ちる。優しく、それでいて傲慢にも思える指先が腹をなで、その下に届いt_


     +


「ほぉう。香歩(かほ)は、ボーイズラブ(こーゆーの)が好きなのか」


 びびびび、と雷に打たれたかのように、香歩と呼ばれた少女が痙攣した。

 景気よくキーボードを叩いていた手が硬直し、怪しげな笑みはひきつり笑いに変化している。

 条件反射のようにウィンドウズアイコン+Mのショートカットキーで全ウィンドウを最小化するものの、タスクバーにはばっちり『アキラ×ユウvv』……とか書かれていてすべてが台無しだ。


「ゆ……友希乃(ゆきの)叔母さん。何の話ですか?」

 つとめてにこやかに言うものの、香歩の声はかすかに震えている。


 友希乃と呼ばれた妙齢の女性も微笑んだ。

 こちらは完全な笑顔だ。


「アキラの手が、たった今までもてあそんでいた平らな胸の頂から滑り落ちる。優しく、それでいて傲慢にも思える指先が腹をなで、その下に届……」

「ぎゃ――――――――――――――――――――――――――――っ!!」


 一瞬で暗記したのか、スラスラと暗唱する友希乃に、香歩が身も世もない悲鳴をあげた。


 香歩は耳まで赤くなってぎゃー、ぎゃー! と女の子らしからぬ叫び声で騒ぎ立てる。

 何というか、好きな子の縦笛舐めちゃったのを目撃されたのに匹敵する恥ずかしさらしい。


「うるさい」

「……はい」

 わめきたてる姪を、友希乃が一言で黙らせた。


 流石は弓原(ゆみはら)友希乃。

 香歩の叔母にして、香歩が先日転入した私立梅華(ばいか)高等学校理科教師。美しい容貌と人を人とも思わぬ真性のサド体質から『雪の女王様』なるあだ名もあるという。


 香歩は、友希乃と暮らす数日でよくよく理解した。理解せざるをえなかった。


 ――曰く、この人に逆らってはいけない。


 そもそも、何故に叔母と姪が共に暮らしているのかと言えば、要するに両親の転勤というヤツで。

 しかし何としてでも日本にいたかった香歩は――だってボーイズラブのもっとも盛んな地はどこだと思ってるの!? とは香歩の言だが――転校をしてまで日本に残ったのだった。

 すなわち、その香歩の引取先が、母の妹である友希乃の家だったという訳である。


(――失敗だったかな)

 香歩はだらだらと嫌な汗をかきつつ思った。


 香歩とてボーイズラブが、身内に対しおおっぴらにカミングアウトして好まれるモノではなく、ましてや書いているだなんて知れたら白眼視されるのはよく承知している。


 欧米に比べれば同性愛を禁じるキリスト教の縛りが薄い日本では、同好の士も多く、また仲間も集めやすい。

 昨今のブームでにわかファンも増えたと言えるだろう。


 それでも、まだボーイズラブはマイノリティであり、秘すべき趣味の類だと香歩は思っている。

 要はエロ本とかエロビデオと同じだ。おおっぴらに置かれ誰もが購入できるが、同好の士以外には自慢にならない。


 それがこんな形でバレようとは香歩も考えていなかった。


(やっぱりてっとり早くネットとかでボーイズラブ仲間作って、空輸で手を打つべきだったかな?)

 香歩は、以前海外の同好の士は、空輸でもってボーイズラブ本を読み漁るのだと何かで読んだことがあった。


(いや、無理だわ! 空輸しようにもお金がない……っ!)

 彼女の小遣いはすべて、膨大な量のボーイズラブ本やグッズに捧げられている。


 ぐるぐると忙しく思考を巡らせる香歩を見て、友希乃がにっこりと笑った。


「ふっふっふっ。このことをまわりにバラされたくなければ、私の言う事を聞きなさい!」


 人の弱みにつけ込む事に、いっぺんのためらいもない人種である。

 うっかりそんな人に弱みを握られてしまったのが、香歩の運の尽きだった。



 ――弓原香歩。15歳。高校1年生の夏であった。

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