農家のはずのじいちゃんが、馬一頭で沼を水田に変え、独力で家を建てた話。
いつも応援ありがとうございます。武徳丸です。
本作は、現在連載中の『小説の主人公になれない理由は、異世界転生でもなく、原付で走る14kmの田んぼ道にある。~二人乗り?一緒に帰ろう?今日もカエルしかいない道〜』の主人公・竜胆楓の「ルーツ」を描いた物語です。
私自身の祖父との実体験を元にした「実話」でもあります。
一人の農家が馬一頭で土地を切り拓き、独力で家を建てた。
その血がどのように次世代へ受け継がれたのか。
一族の「弔い合戦」の記録を、ぜひ最後まで見届けていただければ幸いです。
※「第14回ネット小説大賞」応募作品です。
一月三日。
世間が箱根駅伝の熱狂に沸き、正月の残り香が漂う中、俺の大好きなじいちゃんは静かに天寿を全うした。
大正三年生まれ。
第一次世界大戦の年に産声を上げ、第二次世界大戦では、火薬と血の匂いが立ち込めるチチハルの最前線へ。
足に銃弾を受けながらも生還し、札幌の病院で終戦を迎えた。
教科書の中の歴史をその身に刻み込んだ男。それが、俺のじいちゃんだ。
晩年は脳梗塞を患い、入退院を繰り返す日々。
自由を奪われた体で、ベッドの上が世界のすべて。
それでも、俺がお見舞いに行くと、じいちゃんの目に「現役」の光が宿る。
「楓が迎えに来たか。わしは家に帰るぞ」
麻痺の残る足で、必死に靴をまさぐる。
リハビリ用の手すりを無視し、「ほら、一人で歩けるべさ」と不器用な足取りを見せつける。
病院の白い天井ではなく、自分が耕した土の上、自分が建てたあの家へ帰るために。
俺はじいちゃんが大好きだった。
容態が悪くなってからも、狭いベッドの横でじいちゃんの温もりを感じながら眠った夜。じいちゃんと繋いだ手。
馬を引き、土を耕してきたゴツゴツとした、でもとても優しかったあの手の感触は、今も俺の掌に残っている。
そんなじいちゃんが遺したのは、広大な田んぼだけじゃない。
今の俺の根底に流れる、竜胆家の「血」とも言える教え。
――壊れたら直す。無いなら作る。
その言葉が持つ、真実の重み。
小学五年生の俺は、まだそれを何も知らなかったんだ。
***
葬式のために親戚が集まると、あちこちから俺の知らない「じいちゃん伝説」が聞こえてきた。
「楓、知ってるか? この家、じいちゃんが自分で建てたんだぞ」
「……え?」
親戚の叔父さんに言われて、俺は思わず天井を見上げた。
今俺たちが住んでいるこの家も、二階建ての大きな納屋も、車庫も、トラクターを収める高いガレージも。
そのすべてを、専門の大工でもない一介の農家が、独力で組み上げたというのだ。
さらに驚いたのは、敷地の隅にある「鍛冶小屋」の正体だった。
古びた小屋の奥には、煤けた鞴と火床が鎮座している。
かつて、そこでじいちゃんが真っ赤に焼けた鉄を叩いていたのだという。
物心ついた頃から、床の間や納屋にひっそりと置かれていた、あの錆びついた古い刀。
正月にしめ縄や餅が飾られるたび、不思議に思っていたその刀さえ、じいちゃんが自ら打ち出したものだった。
鉄を叩き、焼き入れ、鋭い刃を研ぎ出す。
農器具が壊れれば、自ら火を熾して叩き直し、より使いやすく作り変えてしまう。
――壊れたら直す。無いなら作る。
それが、竜胆家の家訓。
言葉として教わったわけじゃない。
じいちゃんの生き様そのものが、家の壁に、柱に、錆びた刀に、深く刻み込まれていたんだ。
「これだって、じいちゃんのお手製だ」
見せられたのは、俺もよくじいちゃんと指していた将棋盤と碁盤だった。
重厚な厚み、彫り込まれた足。
どこからどう見ても市販の高級品にしか見えなかったそれが、じいちゃんの鑿一本から削り出されたものだと知って、俺は絶句した。
さらに、古いモノクロの写真を見せられた時、俺の常識は音を立てて崩れた。
今の家の裏には、青々とした水田が広がっている。
けれど写真に写っていたのは、底の見えない大きな「沼」だった。
「これ……埋め立てたの? トラクターで?」
「トラクターな訳ないべさ。馬だよ、農耕馬」
思わず耳を疑った。
重機も機械もない時代。
じいちゃんは馬を一頭引き、文字通り「土地の形」すら自分の力で変えてしまったのだ。
「パワフルすぎんだろ、じいちゃん……」
俺が知っていた「農家のじいちゃん」は、世間一般の物差しでは測りきれない、とんでもないクリエイターだったんだ。
じいちゃんは、ゲームの世界を現実でやってのける、とんでもないクリエイターだったんだ。
まさにマインクラフトを地で行く人物。……いや、じいちゃんの方が先を行っていたんだな。
世間一般でイメージする「農家」とは、あまりにかけ離れた光景だった。
***
通夜のために親戚一同が集まる中、男たちはしんみりするどころか、鋭い目つきで家の中をチェックし始めた。
まるで、獲物を狙う職人のような顔で。
「楓、なんか困ってることはないか?」
不意に聞かれて、俺は正直に答えた。
「……ゲーム機の調子が悪いんだ」
「千島はないか?」
兄の千島は少し言い淀んだあと、消え入るような声で打ち明けた。
「中学生だし、自分の部屋が欲しいけど……。でも、そんな部屋ないから……」
初七日が終わり、ようやく静かな日常が戻る。
そう思っていた俺の予想は、見事に裏切られた。
松下電器に勤める従兄弟の兄さんが、いきなりテレビとゲーム機をバラバラに分解し始める。
叔父さんは手際よく玄関の扉を外してしまい、大叔父たちは天井裏へと続く階段をトンテンカンと作り始めた。
さらには父さんまでもが、納屋にこもって激しい火花をバチバチと散らしながら何かを溶接している。
初七日からの一週間。
まさに「弔い合戦」だった。
天井裏に上がった大叔父たちは、平屋だったこの家に、なんと「二階」を作ろうとしていた。
普通なら、そんなことできるはずがない。図面さえないのだから。
けれど、大叔父だけは違った。
じいちゃんの年の離れた弟である大叔父は、かつてじいちゃんと共にこの家を建てた本人だったのだ。
柱の太さ、梁の組み方、釘の一本に至るまで。
家のすべてを熟知している大叔父の指揮のもと、一族の技術が結集し、不可能を可能に変えていく。
従兄弟の兄さんはあっという間にテレビとゲーム機を完治させた。
そして、千歳に帰る直前まで、屋根に登ってテレビアンテナを二階へ引き込み、電源まで確保して見せた。
叔父さんも、長年立て付けが悪かった玄関扉を、吸い付くように滑らかな動きに直してしまう。
二階の工事も叔父さんが合流し、床を張り、窓を設え、部屋の形を整えていく。
外では雪が降り頻る中、父さんが高さ十メートルにも及ぶアマチュア無線用のアンテナタワーを完成させていた。
まさに、じいちゃんが遺した「家の記憶」を次世代へ繋ぐ、文字通りの継承作業だったんだ。
俺のゲームは元通りになり、兄には立派な個室ができあがった。
玄関が直った母さんも、これには大喜びだった。
手伝ってくれた親戚たちに、父さんは酒やご馳走を振る舞ったが、彼らは一銭の金も受け取らなかったという。
今思えば、あれはじいちゃんへの「報告」だったのかもしれない。
じいちゃんが遺した「壊れたら直す。無いなら作る」という意思。
俺たちはちゃんと受け継いで、これだけの技術を身につけたぞ、と。
そうやって、じいちゃんを安心させたかったんじゃないだろうか。
***
あれから、数年の月日が流れた。
高校生になった俺は、部活の仲間と焼肉をするため、庭先で父さんと並んでいた。
目の前には、転がっていたオイルの香りがする無骨なドラム缶。
それを切り出し、脚を溶接し、俺たちは自分たち専用の特製コンロを作り上げていた。
飛び散る火花。鉄が焼ける匂い。
作業に没頭する父さんの横顔に、あの冬、十メートルのアンテナタワーを建てていた時の熱が重なる。
あの時、親戚の兄さんや叔父さんたちが、なぜあんなに必死に腕を振るったのか。
それは単に便利にしたかっただけじゃない。
じいちゃんが守り抜いてきたこの家を、自分たちの技術でさらに磨き上げることが、唯一無二の「恩返し」だったんだ。
俺は将来、どんな仕事に就くかはわからない。
農家じゃないかもしれないし、ものづくりに直接関わる仕事でもないかもしれない。
攻めてくる不便さや、足りないもの。
何かが目の前に現れた時、俺は真っ先にこう考えるだろう。
――壊れたら直す。無いなら作る。
じいちゃんのゴツゴツとした手から、親父たちの力強い腕へ。
そして今、その熱は俺の手にも伝わっている。
竜胆家の家訓は、今も消えることなく、この場所で生きている。
「……じいちゃん。見ててくれよ。俺も、ちゃんとやってるからな」
完成したばかりのコンロを撫でると、少しだけ熱を帯びた鉄の感触が、あの日のじいちゃんの掌のように温かかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
作中で描いた「一週間で二階が増築された」エピソードや、じいちゃんが遺した錆びた刀、そして「壊れたら直す。無いなら作る」という家訓は、すべて実話です。
この不器用で熱い一族の精神は、高校生になった楓の物語(本編)へと続いています。
もしこの短編で「竜胆家」に興味を持っていただけましたら、ぜひ本編も覗いてみてください。
▼本編はこちら
https://ncode.syosetu.com/n7733ll/
(小説の主人公になれない理由は、異世界転生でもなく、原付で走る14kmの田んぼ道にある。)
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