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剣聖の弟  作者: fem
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剣聖の弟

小さい頃から姉は大きかった。大きく強く勇気あふれる姉だった。いつも守られていた。いつか守りたいと思った。しかし姉は遠ざかっていった。姉の剣の才能は強すぎた。誰もかもを凌駕するその闘争の才能。それを誰もが持ち上げた。国は姉を見逃さなかった。姉はさらに遠ざかった。僕の姉は、沢山命を懸けて、沢山の傷を負い、自由を犠牲にして、

「剣聖」になった。


──────────────────


模擬戦で使われる簡易甲冑の中では呼吸音がやけに大きく聞こえる。自分から発せられる音がノイズになりもとよりの緊張と合わさり全く集中できずにいた。視界の狭い面の外に見える相手は既に攻撃を仕掛けているのにもかかわらずネズの手は一向に動かない。時間とは無慈悲なもので、ネズの手が動かないことなど構わずに相手の木剣は振り下ろされる。呼吸音に気を取られたまま、気づかないうちにネズの正規兵昇格試験は終わっていた。結果は言うまでもなく失格。つまりまた来年ということだ。

春の芽吹き時、花が咲き始め暖かくなってきた今、1年とはどれくらいだろうかと想像し自分にとって途方のないものであると再認識する。今日正規兵になれなかったのは自分の人生において大きな失敗なのだろうと感じていた。

「いってぇ…」とつぶやく。甲冑があるといえ、木で模られた模造剣に打たれれば痛い。特に頭を打たれればさらに痛い。前頭部がズキズキと痛む。結局、この一太刀で試合は終わった。面一本、つまりは頭ぱっかーんである。これでは戦場に出るのは難しいなと自分ながらに痛感する。

何思い得ぬぬるい絶望にベンチの上で項垂れているネズは疲れ切ったその顔を誰にも見せまいと、元より下を向いた顔をさらに下げた。そんな様子を気にせんとして見知った顔が近づいてきた。「ね、どうだった?」等と聞いてくるのだから、ネズは誰が近づいてきたのか一瞬の隙もなく理解した。「姉さん」剣聖エナリーアレクサンドルである。数多くの敵を葬り去った彼の英雄。それでいてネズの実姉である。

「駄目だったよ」ネズはありのまま結果を伝えた。姉の顔は見れていない。自分のせいで姉の名声が落ちてしまうことを自覚するたびにネズは自らの存在価値について吟味しなくてはならなかった。それがたまらなく辛い。そんなことをうじうじ考えているネズをみて、エナリーはふと微笑んで無理くり顔をあげさせた。

「お昼まだなんだ、行こ」そう催促すると同時にネズの手を引っ張って持ち上げる。ああ、とネズが生返事で返したからかエナリーはムッと顔を強張らせ、掴んだ手をそのままに無理やり引っ張って歩き出した。「ちょっと、引っ張るなよ!」

「いいから行くの」

そういいながら進んでいくと、どんどん人気の多い道に出てきた。剣聖に手を引っ張られる人間には戸惑いの目を向けられた。多くの人間は弟の存在など知らないのだから。ネズは羞恥に顔を伏せた。

エナリーに手を引かれ着いたのは、よく行く安めのレストランだった。周りの人等はエナリーにもっと良いものを食べろと言うのだが、エナリー自身は馬鹿舌で、「何を食べても美味しい」と言って結局此処に来ることが多い。ネズも個人的に味を気に入っている。安物でも美味いものはウマいのである。

食事中はどうでもいい話が多く、ネズは殆ど聞き流していたが、姉は自分を元気づけんとして滑っているということを感じるので反応が薄いなりに楽しく振る舞った。

パパっと食事を済ませ、ネズは大した用もないので早々に帰り支度を始める。エナリーも同じようなタイミングで食べ終わったのだが、既にバッグを手に持つネズに「ちょっと待って」と制止を求めた。

どうしても話したいことがある、と前置きしてからネズの目を真っ直ぐに見た。「なんだよ、急にかしこまってさ」

「うん、やっぱり落ち込んでるよね。でも今日元気ないのは仕方ないと思う。」エナリーの目はネズを捕らえたまま。ネズは落ち込んでない、と言い返すつもりが変に詰まって口をもごつかせる。姉に嘘をついても嘘だと押し切られる。感がよく、意志のつよい姉に口で勝てたことなどなかった。

姉も騎士である。自分に対してどんな文句があるかなんて想像がついた。「剣聖の弟のクセになぜそんなに弱いのか」ちょうど教官に言われたことである。姉がそんなことを言わないと分かっていても、どんなつらい文句が飛んでくるかと身構えてしまう。その後少しの沈黙があった。姉が口を開き背筋に冷や汗が流れる。しかし姉は「大丈夫」とひと言だけ言った。想像とは違う言葉にネズは少し拍子抜けした。

「大丈夫だよ。今芽吹かなくても、いつか流れが来る時が必ずある。それを掴むかは自分次第だけど、それを無駄にしない力をネズは十分持ってるんだよ」

優しく励ましの言葉を述べた後、エナリーはこれから任務だと言い残してその場をあとにした。姉の忙しさを考えるとここに来るだけでも仕事を中断したのだろうと推測する。ネズは申し訳なさを感じた。



エナリーは追われていた。なににって?仕事である。多忙な毎日の中、愛しの弟との会話は実に心が安らぐのである。今日のネズは試験に落ちて落ち込んでいる。自分がしっかりしているところを見せてネズに笑顔でいてほしい。そういった思いでいつも剣を振るってきた。今日も明日もそうだ。

午後の訓練が終わると上等兵練場にてけたたましきサイレンと共に出撃作戦を言い渡す放送が流れた。

罠人(ラーデ)というのが我々の敵である。長らく魔物との戦争に明け暮れていたこの世界に突如として現れた未知の生物である。魔物と人類はこの危機を重大と捉え、汚し合った手を取った。この事は民間には未だ知られていない情報である。何故か。その理由は単純。彼らの存在を認識すれば何らかの呪いのようなものにかかってしまうからである。その内容とは、呪いにかかった人の身体がだんだんと罠人の身体に変わっていくというものである。最初は人間離れした強力な力を手に入れることになる。しかしその体は人の物から未知のものへと徐々に代わり、いつしか意思疎通の出来ない罠人へと姿を変える。罠人になる過程で力はどんどん強まり、力を使えばどんどん罠人へ近づく。呪いのトリガーは認知すること。私も、上等兵達も皆がこの呪いにかかっている。上等兵になって初めてこのことを知らされ、ようやく掴んだ夢の先でお前は死ぬと言われる。この絶望を希望に変える為、エナリーの仕事がある。

死ぬ前に相手を滅ぼす。負けたら身内に被害が行く。私達なら負けない。手を取り合えば誰も死なない。

そういう綺麗事が兵士達を動かすし、命を繋ぐ。兵達もこの綺麗事にしがみついて、絶望に歪む脳味噌をぶち壊す。ついてこない者もいるが、殆どは覚悟を決め戦場に赴き死ぬのだ。エナリーもそうなるだろう。しかしエナリーはその日を今日にする気はなかった。幼少、罠人をその目で見た日から、力を得た日から、ネズを守ると決めた日からその目には覚悟がともっていた。

今日までは。

──────────────────

エナリーは我が目を信じられなかった。戦場には罠人が虚ろ真っ黒の双眼でこちらを見ていた。それは問題ない、いつものことだ。問題は「()()」である。

何故、王国内に居る?何故私達の家に居る?何故ネズがボロ雑巾の様に捨てられている?疑問は浮かび次々と憤怒へ変わる。ネズは罠人を見ただろうか。見てなければいいな。そんな有りもしない希望がエナリーの胸で炸裂した。

王国内に罠人が出現したということは、少なくとも罠人は空からやってきているということだ。これでは防壁など意味を持たない。とりあえず、これらを一掃しなくてはならないのでエナリーは慣れない大声で勝鬨を上げる。

「これより!作戦を開始する!逃げる者は罠人に殺される!戦うものは生き残れる!防壁内に彼らが現れたということは我々が対処しなくてはならないということだ!範囲は狭い!罠人は六体!村人の保護を優先し、攻撃に自信がある者から続いて突撃しろ!目の前に勝利があれば全力で掴みかかれッ!鋭意·鋭意·応(えい·えい·おう)ーッ!!」

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