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ぼく達だけが純粋

作者: 蓮根三久

『嫌いだ』を読むとほんの少しだけ内容が深まるかも……?

 煙草を吸う吸わない。酒を飲む飲まない。彼女が居る居ない。高校生と大学生は、そういった話ばかりするらしい。でも実際、ぼくは高校の頃、彼女が居る居ないくらいの話しかしたことが無くて、そういう世界とは縁遠かったのである。


「ま、理系クラスの奴らなんて陰キャしかおらんかったやん?知らんくても普通じゃね?」


 と、ズバッと言ってきたのは高校の頃の同級生、黒だった。


 黒はインターンの関係で、昨日から僕の家に泊っている。彼は結構嫌な奴で、ぼくの家の中に入った瞬間、汚ねー家だな、と言った。家に帰ってきた後、彼は風呂にも入らず僕のベッドで横になる。僕は自分のベッドで寝ることが出来ず、昨日は椅子で座って寝たのだ。まあ、彼の性格は高校時代からずっと変わらず、こんなもんであるので、今更修正不可能だ。


「そんなことないだろ?タケシとか、俺とか居ったやん。」


 黒に返したのは鷹だった。


 彼は昨日、明日ご飯に行こう、と誘ったら地元から遠路はるばる来たお人よしである。ついでに顔もかっこいい。筋肉質だが。


 今日はこの三人で飲み会をしていた。ぼくは金が無いから嫌だと言ったのだけれど、なんと皆が奢ってくれるのだという。これを良い友人に恵まれたと言っていいのか、いや、良くないな。金だけで友人の優劣をつけてはならない。対面に座る黒は、僕に昨日の夕食を奢ってくれたけれど、家に文句を言い、風呂に入らずベッドを占領し、問題ばかり起こすのだ。発言とかは面白い奴なのだけど、深く関わると損をする、そんな人間だ。


「そういえばさ、馬が前科つくらしいぜ。」


「馬?野球部の?」


「そうそう。あいつさ、これちょっと複雑な話なんだけど、元々ビッチと付き合ってたんよ、アイツ。で、少し前に別れて、でもあいつら好きなバンドが同じなんよ。だから、神奈川のライブで会って、ホテル行ってヤったらしいんだわ。」


 理解の範疇を軽々と超えてくるのが、高校の文系クラスである。馬は一年生の頃に同じクラスで、それなりに仲は良かったけど、二年生になって、文系理系で分断され、それ以降会話をしていない。横柄な奴だけど優しさもある、そんな奴だが、大学生になると、誰でもすぐ、僕の知ってる奴じゃなくなるのだった。


「で、そのビッチのイマ彼が、そのビッチと馬がヤったことを知っちゃったらしいんよ。で、彼氏がビッチにキレて問い詰めたら、馬に無理やりレイプされた、って言ったらしいんよ。で、この…不純異性交遊?不同意性交?は、もう言われたら負けらしいんよ。先に言った方が勝ちみたいな。だから、馬は今、留置所行きで前科持ちになるか、二百から三百万の示談金を払うか、の二択を迫られてるらしいんよ。」


「は?ヤバくね?法律終わってる。」


「で、留置所行ったら前科持ちで、大学を退学させられるから、もうどうしようもないね、って話。」


 黒はそう言って、注文していたキウイサワーを一口飲んだ。


 平然とこんな話をしてしまう黒も、そんな問題に衝突する馬も、それっぽいリアクションをし続ける鷹も、ぼくは信用ならなかった。ぼくはただただ衝撃的で、一人の人生が簡単に台無しにされる様を想像して、戦慄した。


 やっぱりぼくは、彼らとはあんまり関わるべきじゃないのかな、なんて思った。



 八月の下旬、ぼくは中学の頃の友達と江の島及び鎌倉旅行をした。


 M倉とI村、I葉とぼく。ぼくとM倉は男で、他二人は女だ。でも、そういう関係ではない。M倉には彼女が居るし、I葉はその時良い感じの男子が居て、二日後くらいに付き合っていた。I村は外国人にしか興味が無い。ぼくは………中学生の頃のちょっとしたことがきっかけで、恋愛自体が嫌いだった。だから付き合う事をステータスだと言って、ぼくを見下す人の事は、基本的に全く信用できなかった。


「え、男女グループでそういう関係じゃないの?キモ。」


 なんて言ってくる奴は、心の中で可哀そうな奴だと思った。自分の価値観にそぐわなかったら、まず否定する、そんな奴の人生なんて、きっとクソだ。クソのように面白くない。きっと就職したら、仕事が辛い辛いと言って、家に帰ってDVとかするんだ。そうに違いないんだ。


 さて、そんな四人組の旅行だけれど、一泊二日で一日目を江の島観光、二日目を鎌倉観光に分けていた。そう、泊まるのである。泊まるのに、男女の不純な事なんかは全く起きず、トランプでケムス(I村がフランス人から教えてもらったゲーム)をしまくっていた。


 純粋に楽しむ。男女の友情。それが存在しないなんて思っている奴は、縁に恵まれなかった奴か、自分が成長して大人になったと思い込んでる愚か者だけだ。常識がもう誰によっても変えることが出来ない、歪んだ状態のまま、歪まなくなったレンズの持ち主のみである。そしてそれは社会に生きる者の大半を占めるのだ。


 ぼくは、だから、社会が嫌いだった。そういう()()()しかいない社会が、生きにくくて仕方ない。そんな常識人は、黒や鷹や馬みたいな、また馬の元カノみたいな奴のみなのである。


 きっとぼくは本当に、社会に不適合なのだと思う。ぼくは徹底的に自分を守る。だから、高校の頃に酒とか煙草の話が耳に入っても、意識的に、全く聞こえなくなっていた。それを大学生になって武勇伝みたいに語る奴は、とことんガキだ。でもそれを矯正するほどの力を、今の社会は持ち得てない。だからこういう奴が蔓延ってしまうんだろう。くそったれ。でも、そんな思考ばかりする。ぼくの方がきっとずっとガキなんだ。



 そう思っていたぼくなのだけど、江の島旅行から帰った二日後くらいに、ネットの友人から連絡が入った。彼女は中学三年生で、引きこもりである。


 そんな彼女は、ぼくと彼女と同じグループにいる、大学四年生に恋をして、その大学四年生の彼も、彼女の事が好きになってしまったらしい。それはまあ別に、ぼくとしてはあまり気になるところではなかった。社会に出たら、六年差の付き合いなんて普通だろうから。でも、彼女と彼は、ぼくの想像を超える事をしてしまったのである。


 今年の七月に、彼女は出産したのだとか。


 話を要約すると、彼女が去年の夏とかに家出して、大四の男の家に入り浸り、児相によって一旦は隔離されたけれど、彼女が親に許可をもらって、彼と同棲していたのだとか。その結果、去年の冬に妊娠したらしい。男の方は、それに責任感か何かを感じることも無く、やらかした、と思って自殺をしようとしていたらしい。


 よく分からない。それがぼくの口をついて出た感想だった。大学生も、中学生でさえ、そんなことをしてしまうのか。いや、それは少し前から分かっていた話だ。


 当事者は、なんだかそれを大して問題視していなかったみたいで、その姿勢がぼくの理解を拒んでしまって、もう連絡先を消してしまった。


 ネットで出会った異性と性交をしてしまう彼女も、それを予測できずに、いや、予測していても止められなかった彼女の親も、中学三年生と性交した彼も、そいつらが全員、この社会で平然と生きてしまうんだ。悍ましい。悍ましい。とっても悍ましい。


 その辺りでようやく、僕がガキなのではなくて、純粋なのだという事に気付いたのであった。



×××



 ウーロンハイをちびちび飲みながら、ぼくは黒と鷹の会話を聞いていた。


「ほのかとか、みのりとか、アイツらの彼氏ヤバいらしいで?インスタで煙草吸ってるストーリーあがってたし。」


「え?その彼氏の?」


「いや、女の方。」


「やべーな、マジ。」


 ぼくは高校の頃の知り合いをほとんど全く覚えていないのだけど、もしかしたらこういう要因があったのかもしれない。自分の人生を害しそうな者を、頭から強制的に排除していたのだ。


 あるいは、ぼくの思う、()()()()()()は記憶にすら残らなかったのかもしれない。高校の頃の思い出なんて、文化祭実行委員会で、全く働かない相方をハンデに持っていたのに、最優秀賞を獲得したことくらいだ。その相方の事は今でもずっと嫌いだ。というか、僕は好きな奴の方が少なかった。


 純粋に生きてしまったのが、運の尽きだった。社会で生きる大半のカス共の話が、これっぽっちも面白いと思えなくて、僕はこの世に一人だった。でも、そんな僕を救ってくれたのが、M倉、I村、I葉の三人だった。


 M倉とI葉は割と純粋な方で、I村はまあ、社会人に比べると純粋だった。中学生からほとんど全く変わらない彼らが、僕はとっても大事で、これからも大事にしようと、そう思っている。



 彼ら以外は皆、ウーロンハイのグラスの向こう側にいるのである。

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