【2038年1月19日】 第14章
研究室を出たあと、俺はしばらくキャンパスのベンチに座っていた。
頭の中が、うるさすぎた。
佐山の話。
二〇〇八年
二〇一八年
二〇三八年
”選択”
”代償”
そして――彼女。
(……あずみちゃん、どうしてるんだろうなぁ)
現代にいる彼女。
俺はここにいる。
同じ時間を生きていないという事実が、今さら重くのしかかる。
ポケットの中で、指先が無意識に握られた。
何かを確認しようとして、何もないことに気づく。
「……そうだ、スマホはないんだ」
でも、指が止まらない。
(俺は、何を守りたいんだ)
家族か。
過去か。
未来か。
それとも――
全部、欲しがっているだけなのか。
ふと、
自分の手を見た。
小さな手。
九歳の手。
この身体で、
大人の覚悟を語っていいのか。
「……卑怯だよな」
未来を知っているくせに、
傷つく覚悟だけは、
まだ決めきれていない。
そのとき、
背後から声がした。
「悩んでる顔だね」
振り返ると、佐山が立っていた。
「……佐山教授」
「一つ、言い忘れていたことがある」
佐山は、少し言いづらそうに言った。
「人はね、未来を守ろうとすると、
必ず“誰かとの距離”が変わる」
「距離……」
「近づく人もいれば、必ず、遠ざかる人も出る」
その言葉が、胸に刺さる。
「君がどんな選択をしても、全員と同じ距離ではいられない」
佐山は、ゆっくり続けた。
「それでも選ぶのが、大人だ」
俺は、何も言えなかった。遠くで、学生たちの笑い声が聞こえる。
その音が、やけに遠かった。
(……俺は、どこに立つんだ)
その問いだけが、夕方の空気の中に、静かに残っていた。




