#41
なぜ彼女だったのだろう。
なぜ、彼女は自分を選んだのろう。
そんな不毛なことを問いかける自分を、笑って蔑んでやる。
そうでなければ、哀れで仕方ない。
もう遠くまで来た。
引き返せない道を歩き続けている。
#41
「と、言うことで……今日のところは、お部屋で休んでもらえますか?」
イノセントのホテルの最上階のフロアは二部屋。
一つをハルカに、もう一つを三人に渡した舟正が首を撫でながら言う。
それを見たハルカは、部屋のカードキーを差し込みながら笑った。
「浩康もしっかりしたわねえ。私を滞在させるなんて、中々やるじゃないの」
「……戸頭間のご当主様、申し訳ないです、今日だけですので」
「舟正」
ハルカがドアを開けながら振り返る。舟正の肩が、一瞬だけ強張った。
それを満足そうに見つめる顔は誰かとよく似ている。
丹羽の頭に誰かの後ろ姿が浮かんだ。
今頃不機嫌な誰かを。
「名前で呼んでくれると嬉しいのだけど?」
「……はい、ハルカ様」
「また明日」
そう言って、彼女は優雅に部屋に消えて行った。
舟正が見送り、ぼんやりと呟く。
「……なんやろ。どこで間違えたんやろか」
「全部じゃないですか?」
狐刀がばっさりと切れば、瀬世はなぜか嬉しそうに笑う。彼は積極的に発言はしないが、二人の間で普通にいられるのは、もしかして普通ではないのかもしれない。丹羽は天井を仰ぐ舟正を見た。お疲れらしい。
「全部かあ。どうにもならへんなあ……」
「諦めなさい。戸頭間くんに関わった時点であなたは負けているのですから」
「狐刀さん……坊ちゃんのこと好きやなあ。なんでなん?」
「強いからですよ」
狐刀は細い目をさらに細める。
「戸頭間カケルは強い。彼の精神力の強さは並大抵のものではない。グラスしかなければグラスで殺しに来る──そういう、強さなんです」
「……あー……」
「一度手合わせしていただきたいんですが、全く」
「狐刀さんも変わってはるなあ」
舟正は「では下準備してきますぅ」とその場を離れていく。
彼の苦労も絶えないな、と丹羽は部屋にカードキーを差し込んだ。
ドアを開け、入ろうとしたところで止められる。
「お前、何をしてるんですか?」
狐刀だ。肩を掴む力が強い。丹羽は二年経っても狐刀とはうまく付き合える気がしない。
本人もそんな気はないのだろう。というか、彼はハルカの言う「戸頭間カケルの信奉者」の筆頭らしい。
無意味に込められる手の力。
丹羽はそれを剥がしながら端的に答えた。
「……休みたいんだが」
「休めばいいでしょう。あちらで」
と、ハルカの部屋に目配せをされる。
「……」
「気を使ってあげてるんですが?」
「はい、あの、どうぞどうぞ!」
わざとらしい狐刀、明らかにただの善意の瀬世。
丹羽の無言をどう取ったのかわからないが、二人は「それでは」とさっさと部屋に入り──ご丁寧に鍵までかけてくれる。
仕方なく、丹羽はハルカの部屋をノックするのだった。
◯
「一美。起きなさいよ」
バスンとソファを殴られて、丹羽は目を覚ました。
昨夜は呆れ顔のハルカに部屋に招き入れてもらい、そのままソファを寝床にもらったのだが、目を閉じてからの記憶がない。
「死んだかと思うくらい静かに爆睡してたわよ」
「……時間」
「朝の七時」
「……早くないか」
「緊急事態よ。起きて」
彼女がカーテンを開ければ、窓の向こうに煙が上がっているのが見えた。
間違いでなければ──あれは高速道路だ。
「……は?」
「爆破よ。ついさっき。高速道路の出口付近が落とされたらしいの」
「なんで」
「馬鹿なの? 私が知るわけ無いでしょ」
その通りだ。寝ぼけた丹羽の頭のなかで、男が腹を抱えて笑う。
お前間抜けだな、と。
そいつが言う。
この街から出したくないんだろ、と。
「君は早く帰れ」
「そうしたいんだけど、そうもできないのよ」
「はあ?」
「ヘリを手配しようとしたら、今は出せないって」
「……なんだそれは」
「ニュース見る?」
ハルカがテレビのリモコンを投げて寄越す。それを手にした丹羽がつけると、全てのチャンネルが同じ映像を使ったニュースだった。
『──今朝午前五時、臨時首都の高速の出口で爆発があったもようです。事故か事件か詳細は未だわからないままですが、政府は臨時首都への出入りの自粛を求める方針です。警察関係者によると、すでに県境に機動隊を配備しているとの情報です。なお、近年問題になっていた臨時首都への外国勢力の介入による治安の悪化からくる暴動と見られる動きもあり──』
「出入りを自粛?」
「そう。出るなってことよ」
「突然過ぎないか」
「他の問題でも起きたのかしらね。前の爆破騒ぎのときにはニュースにならなかったのに……随分強硬な姿勢ね」
「どっかのカジノが政府関係者の子どもの身代金でも要求してるんだろ」
「なによそれ」
「馬鹿馬鹿しい理由だって話だよ」
丹羽は頭を掻きながらリモコンをソファに投げ、窓際へ行く。
トラックでも吹っ飛ばしたのだろう。不吉な煙が上がっている。
「見たか」
「いいえ。あの二人かしら」
「さあな」
あの二人が臨時首都への道を落としたとしたら。
また誰かのもとで働いているとしたら──なんのために?
丹羽の寝ぼけた頭が少しずつ覚醒する。
「気が重いわね。あのクズも現れるかもしれないっていうのに」
「……言うんじゃない」
丹羽はこめかみを揉むと、ハルカは腕をぽんぽんと叩いた。同士のような軽いそれが、丹羽の嫌な予感を中和する。
「とりあえず、舟正に事情を聞くしかないわね」
そう言ったハルカの同意する丹羽だが、舟正から『財務状況が厳しいカジノが大勝ちした男を痛めつけたが、なんと政府関係者の息子でそのまま返せなくなってしまい、いちゃもんをつけて身代金を要求して立てこもっているらしい』という、馬鹿馬鹿しい理由を聞かされることとなるのだった。




