表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ミスティ・ララバイ──
98/120

#40



 積み上がった幸福は、些細な力で倒れる。

 指の先のチップが雪崩れて広がるように、それもまた容易く崩れていく。


 高ければ高いほどそれは隅々まで行き渡り、人々は群がって盗んでいくのだ。





        #40





「失礼──オーナーがご挨拶を、と」


 舟正がバカラのテーブルに座るハルカに声を掛ける。

 彼女を取り巻いていた客たちがさあっと引いていき、ハルカはカジノに興じるすべての客の視線を受け止めた。


「遊んでいる最中なのだけど?」


 そう挑発し、艶やかに笑む。

 周囲が緊張したように身を固くするのを、舟正が頭を下げた。

 舟正が何者なのかを知っている者たちが慄き、しかし次の瞬間にさらに顔を強張らせる。


 特別席へと来たオーナーの御田に向かって、彼女が席を立ち、両腕を広げ手迎え入れたからだ。


 ぎょっとする周囲の緊張をよそに、御田は穏やかな笑みで同じように手を広げ、ハルカのハグを受け取って背中をぽんぽんと叩き、離れる。


「ハルカさん、相変わらずお綺麗ですね」

「あなたも変わらないわね、浩康(ひろやす)


 御田が「浩康」であると初めて知った丹羽は、隣で「びっくりしたあ」言う素直な瀬世を見下ろした。横に立つ狐刀も、同じように瀬世を見下ろしている。鬼不田に近い場所で生きているというのに、なんと無垢な男だろう──そんな共感に、なんとなく顔を見合わせる。


「なんですか、こっち見て」

「……なんでもねえよ」


 相変わらず相容れない二人は、ふいと前を向く。

 御田が嬉しそうににこにこと笑っていた。


「おや。ハルカさん、随分勝たれたようで」


 それは嫌味が一切なく、客たちがやや安堵したように空気が和らぐ。その瞬間を待っていたかのように──ハルカは手からぬっと黒い大鎌が出した。



 ほんの数秒の間、(ヒト)たちは自分が見ているものを理解できないらしかった。

 ここは臨時首都。

 侵入者などいるはずもないと思っている彼らがそれを、認識できるはずもない。そもそも彼らはもう忘れているのだ。

 世界を制する力を持ったイカれた者たちがいることを。


 丹羽は、備えるように手に銃を出し、握る。

 間抜けな(ヒト)どもは、ハルカの大きな美しい鎌に見入っているらしく、そのことに誰も気づかない。狐刀の手にも日本刀が握られているというのに。


「あ」


 誰かが発した一言で、全員が同時にそれを理解した。

 ハルカの鎌を指差す。


「し、しんにゅう、しゃ」


 ガタッと腰を抜かした男につられるように、悲鳴が上がる。

 一気にカジノが阿鼻叫喚に包まれるかと思われたが、ハルカが釜を握っていない手を上に上げた途端に、それはぴたりと止んだ。指先が踊るようにひらりと動き──彼女の黒いスカートへ向かうと、それをつまみ上げ、淑女のように御田に頭を下げた。

 

 その美しい光景に、誰もが呆ける。

 侵入者が頭を下げた。

 このイノセントのオーナーに。



「……これでどうかしら」



 ハルカが呟く声が、丹羽にははっきり聞こえた。

 そして、平静を保ちながらも「やられた」と言わんばかりの御田の心境が手に取るようにわかる。


 彼女は先手を打った。

 自分の正体を晒した上で、御田に下っているようにここの全員に見せつける。



 ──これでどうかしら。


 これで満足しなさい。



 それが正しく伝わったのだろう。

 御田は悔しそうに、それにしては嬉しそうに笑う。母親にいたずらを見透かされた子供のようだった。


「うーん、あなたまでいらっしゃるとは思っていなかったので焦りました」

「馬鹿ね。狐刀を貸し出すときに私が鬼不田に出向いたのを知らないの?」

「ああ……そういえば親父から聞いたなあ……」


 御田がゆっくりと顎を撫でる。

 ハルカは頭を上げると、丹羽たちを振り返り、手招きをした。

 

「では……私の子どもたちを貸し出すわ。あなたへの親愛の印に」


 声をわずかに張るだけで、隅々にまで彼女の声が行き渡る。

 手にしたものを戻さないまま、彼女に呼ばれるがままに側に行くと、褒めるように肩を撫でられる。


「丹羽と、狐刀と、瀬世よ。三人とも躾はきちんとしているけれど、粗相があったら言ってちょうだい。こうして首を刎ねるから」


 そう言い、ハルカの鎌がそっと下から丹羽の喉仏を撫でる。

 青く滲んだその煙が、イノセントのシャンデリアを擽って行く。


 鎌は丹羽の顔面スレスレを通り、ブンと上へと振り上げられた。

 ハルカはそれを、ゆっくり、ゆっくりと手の中に戻すと、山積みにしたチップを指さした。


「これはあなたに。彼らの世話に使ってちょうだい。残りは……好きに使って」

「多すぎますよ」

「では迷惑料、でどうかしら?」


 息子の尻拭いに来た彼女の意思を汲み取った御田は、何度も頷いた。

 つまりこれ以上の要求は飲まないし、させない。

 これで諦めろ、とのお達しに「ふふ」と笑う。楽しそうに、そして懐かしそうに顔が綻ぶ。


「ええ。でしたらありがたく受け取らせてもらいます。彼らは──このイノセントの警備に使わせていただいても?」


 御田の声が響いた。

 ようやく周囲は「侵入者が乗り込んできたわけではない」ということを理解し始めたらしく、御田を尊敬の眼差しで見始めた。

 彼はこの数分で「イノセントのオーナー」から「侵入者と対等な(ヒト)」へ評価が変わったのだ。畏敬の念を抱かれたのだろう。

 

 仕上げとばかりに、ハルカは丹羽の背を撫でてからそっと押す。


「困っているときはお互い様じゃないの。私とあなたの仲なのよ、好きに使ってちょうだい。ここが人員を確保できたら、そのときは私が迎えに来るわ」

「またあなたに会えるのですか? なんて嬉しい」


 御田は胸に手を当てると、美しく腰を折った。丹羽も狐刀も瀬世も、その姿を見てから御田の方へつき、わざとらしく持っていたモノを手に戻す。



「舟正」



 御田が呼ぶ。



()()()()()をお部屋に案内してくれ」



 その名前に、緩んでいた空気は凍りついたように張り詰めたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ