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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ミスティ・ララバイ──
97/120

#39



 宝石を散りばめた景色を、一つずつつまんで指で潰せば、何が出てくるのだろう。

 

 赤い血か、青い血か。

 それとも見知らぬ生き物の血か。


 絶望の色は、きっと美しいに違いない。




        #39




 足元で、夜景がチカチカと瞬いていた。

 丹羽はイヤーマフに軽く触れる。それを少しでもずらせば、回転翼が夜空を切り裂く轟音が耳に襲いかかるだろう。

 顔を顰める丹羽とは違い、目に座る三人は緊張の中無心で夜景を見ていた。

 この中で寛いでいるのはハルカのみという、異様な空間。


 空を悠然と飛ぶヘリコプターは、真っ直ぐに臨時首都へと向かっている。




 彼女がエレベーターに向かった瞬間から、四人の男は口を噤んでついていくしかできなかった。

 屋上についた途端に見えたそれにも、一言も発しない。ただ彼女の言う通りに乗り込み、イヤーマフをつけ──無言の時間は計四十分にもなる。


「──いい加減誰か喋りなさいよ。暇ね」


 マイクが拾った彼女の声が、耳元で囁く。イヤーマフに触れた丹羽は、仕方なく口を開いた。


「なんでヘリ」

「だって運転に時間をかけるなんて無駄じゃないの。私はカケルと違って車は嫌いなの」


 あなただってそうでしょ、と言わんばかりの視線から逃げる。

 隙間を埋めるように夜景を眺めながら、丹羽の脳裏には潰れた車の写真が浮かんでいた。

 紫と景の顔が浮かぶ。

 白いプレゼント──赤いリボン──臨時首都の爆破される車──舞う紙吹雪と、銀のテープ。


 『あの二人の家族は俺だ』


 嫉妬に狂った男の声も。



「ねえねえ」


 楽しげなハルカの声で、思考が遮断される。

 一つ開けて隣りに座っている彼女が、組んだ足のヒールを揺らした。


「……なんだ」

「あの子、大人しく待てそうだった?」

「ありゃ無理だろ」

「よく出てこれたのね」

「武家山さんが黙らせただけだよ」


 言葉通り、武家山は腕を白金に変化させ、戸頭間の首根っこを掴んで「はやく行け」とばかりに丹羽を睨んだ。夜津や数河が苦笑しながら見送られたのが、およそ一時間前のことだ。


「ふ! 絢乃が止めたのなら成すすべもなかったでしょうね。見たいわあ。あの子のブスッとした顔を。写真を送るように連絡しようかしら」

「……やめてやれ」

「どっちの肩を持ってるの?」

「両方だよ」


 即答した丹羽を、ハルカが笑う。

 どうやら繕うのが面倒になったらしい。

 誰かに気遣って生きていく女でもないし、そんなことをするくらいなら誤解をさせておいたほうがいいと割り切る女だ。というより、単に元夫を愛人に仕立てるのが楽しいのだろう。

 仕返しにしては安いものだと思う丹羽は、それに付き合うしかない。


 ハルカが囁く。わざとらしく、妖艶に。


「臨時首都、ね。楽しかった?」

「……別に。彼が派手に負けてただけだよ」

「そうらしいわね。取り戻しちゃおうかしら。何で負けたの?」

「バカラ」

「ふうん。そう」


 ゆらんゆらんと揺れるつま先。

 赤いピンヒール。

 彼女の赤い爪。

 その手にチップを持つ光景を想像する。


 やけに美しかった。





        ◯





「──PLAYER WIN!」


 バカラのテーブルに乗る、2と7のカードと、4と3のカード。

 見覚えのあるディーラーが〝PLAYER〟に置かれたカードを前へ滑らせ、ハルカの前にコインの山を築く。


 おお、と周囲の客がどよめいた。

 以前も戸頭間が座った席にいるのは、ハルカだ。


 イノセントのホテルのヘリポートに降り立ってまだたった三十分。

 狐刀と瀬世と丹羽にアタッシュケースを持たせた彼女は、カジノへ入ってすぐに舟正によって特別席へと案内された。

 周囲は騒然とし、丹羽の顔を知っているディーラは顔を青くする。

 男を三人引き連れたハルカを誰もが警戒していたが、彼女が豪快に賭け始めると、他の客まで盛り上がり始めた。


「place your bet」


 ハルカは迷わず〝PLAYER〟積にみ上がった〝イエロー〟のチップを、腕で〝BUNKER〟へと移動させる。


「……本当にもう、大胆な方ですね」


 狐刀が呟くと、瀬世も「僕は怖くてできません」と頷く。

 丹羽は妙におかしくなった。

 今の自分達は、無邪気に遊びに来ている観光客そのものだ。

 

「no more bet」


 今や賭けているのはハルカだけだ。

 周囲はついていけないというように脱落し、今は子供のようにワクワクとした顔でテーブルを見つめている。

 サッとカードをすべらせる音が四回響く。


 〝PLAYER〟に二枚。

 〝BUNKER〟に二枚。


 先に開かれた〝PLAYER〟のカードは、10と1──1。

 次の〝BUNKER〟が2と2──4。


「おっと」


 狐刀が声を漏らすが、周囲も同じ反応だ。

 ディーラーが三枚目に手を伸ばし〝PLAYER〟に一枚。


 

「6……ということは、バンカーもヒットですね。プレイヤーは合計7。バンカーが4か5を引かなければ負けですね」



 狐刀が腕を組んでいうと、瀬世が「どきどきしますね」と胸に手を当てる。

 三枚目のカードがやけにゆっくり返され──わっと場が湧いた。人がテーブルに押し寄せ、見えなくなる。


 出たのは4か5らしい。


 気安く彼女に触れるような愚か者はいないが、それでもまるで崇めるように周囲の表情がきらめく。それはさながら、聖母に会えたことに歓喜する幼い子どもたちのように。


「勝ったみたいだな」


 丹羽が言えば、瀬世はほっと胸を撫で下ろし、狐刀は「あれが吸い取られてもハルカ様は困らないでしょうけどね」などと言いながら笑んでいる。



 そこへ、見計らったかのように舟正が特別席へと上がってきた。


 御田を連れて。


 カジノの中が、嘘のように静まった。




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