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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ミスティ・ララバイ──
95/120

#37



 愛と恐怖と罪悪感で支配する。


 そう言った彼の笑みは、優しい天使のそれだった。





          #37




「いいわ」


 ハルカが軽やかに言う。


「舟正。おまえが自分から頼みに来たことに免じて、快く貸し出してやりましょう。期限も設けなくて結構よ」

「……それは、どういう」

「好きに使いなさい。狐刀と瀬世を渡します」


 ハルカは舟正をどこか優しげに見つめた。


「今もおまえが一緒に過ごしているんだもの。不安もないでしょう」


 侵入者を、鬼不田の看板にはさせない。

 そう示したハルカを「ああ、困ったなあ」と言わんばかりに、舟正は見つめ返した。母親に叱られる息子のように。


「……ええ、はい」

「お前が自分の右手として狐刀を使いたいのなら、おまえも臨時首都へ行けばいいわ。自らエトウの代わりを務め、こちらに戻りたいのならさっさと人員を補充なさい」

「ご尤もです」


 本気で臨時首都に侵入者を「用心棒」として使う魂胆だった舟正はあっけなく挫かれた。

 引き上げる前提の貸し出ししかしない、とハルカは提示したが、舟正が侵入者を二人手配しただけでも、周囲に畏怖を与えることだろう。


「欲張ってはだめよ」


 ハルカの穏やかな声が舟正を撫でる。


「私たちは大人しく見世物にはなれないの。こういう性分だから。だとしたら、安全に使えるものしか使っちゃだめ。私はおまえを気に入っているしね」

「……気に入って……ですか?」

「狐刀が十年も返されてないんですもの。うまくやってくれて感謝しているわ」


 ああ、本当に怖い女だ。

 先にこう言われてしまっては、深く項垂れるしかないだろうに。

 丹羽の思い通り、舟正は「こちらこそ、深く、深く感謝申し上げます」と畳に額を寄せた。

 その背中を、戸頭間がぽんぽんと撫でる。


「まあまあ、母さん。彼を怖がらせないでよ。僕にとって兄みたいな人なんだから」

「あら、カケルまで懐いているの?」

「坊っちゃん、勘弁してください」


 そのやり取りに狐刀がクッと笑い、場の緊張がやわらぐ。


「狐刀、瀬世。彼の言う通りに向こうでいい子にしていなさい。いいわね?」

「はい、ハルカ様」

「はい」


 二人も頭を下げ、ハルカは満足したように笑い、厳かに立ち上がった。

 よく通る声で言う。


「──私の友の願いを聞き入れ、狐刀と瀬世、それから()を鬼不田に貸し出します。無期限で。異論あるものは?」


 しん、とする家の中を見渡して、ハルカはにっこりと微笑んだ。


「いい子ね、子どもたち」


 呆気にとられているのは、座ったままの四人だ。

 今、ハルカは「()」と言った。

 丹羽を指さして、彼、と。


「……母さん?」

「なあに。異論はないんじゃなかったの」

「びっくりして反応できなかっただけ」

「ぼんやりしてるのね」

「これ、僕のなんだけど」

「だから何? おまえのものは私のものです」


 聞き覚えのあるフレーズを聞き、丹羽はズレそうになる眼鏡を抑える。

 サトルのお決まりのセリフが、母親から継承したものだったとは。


「さあ、帰りなさい。私は暇ではないのよ。カケル、おまえは自分の城を守りなさい──部屋をサトルに模様替えされたくなければ、ね」

「うわあ」


 ぶすっとした顔で、しかし文句は言わない戸頭間は「帰ります」と言うと一番に大広間を出ていった。狐刀も瀬世も舟正もついていく。



「……あらあら、あの子ったら躾がうまいのね」



 ハルカがおかしそうに笑った。

 腹を立てている様子はなく、どこか嬉しそうな顔は母親そのものだ。


「彼を留守番させるつもりか」

「あなたまで……あの子、周りに好かれやすいのかしら」

「……違うと思うぞ」

「私に似て、好かれるのねー」


 棒読みだ。

 それでも、広間を出ていく息子の背中を慈しむように見ている。


「できると思う? お留守番」

「無理だろ……」

「でも、してもらわなくてはね。あなたと近すぎるというのも、周囲への刺激になるわ」

「なんでまた」

「あの子の相棒になりたがる者は皆無よ。だからこそ孤高でいてほしいって理想を押し付ける馬鹿たちもいるの」

「犀に会った」


 脈絡なく切り出した丹羽を、ハルカが睨むように見上げる。


「なんですって」

「君に会ったあと。交差点にいた」

「あの日? そう……遭遇しなくてよかった。絶対殺しちゃうわ」


 腕を組む彼女は、続きを話せ、と言わんばかりに身を寄せるように立つ。

 あの状況をどう説明するべきか、丹羽は少しだけ思案してそのままを口にした。


「消えた」

「……はあ?」

「追い詰めたら、路地から消えた。自分のコピーを置いて」

「うそでしょ」


 紫と景のコピーを作っていたのは犀だと察した彼女が、殺気を孕んだ目で舌打ちをする。

 ずいぶん遠い昔の話でも、今でも彼女が二人を想っていることに、丹羽の何かが揺さぶられる。甘い、幸福のようなもの。


「待って。消えたって……もしかして行き来ができるの?」

「だろうなあ」

「信じられない。どこまで腐った男なの」

「そういえば」


 そういえば、あの男は丹羽だと気づいて一歩前に踏み出そうとしたが、何かに気づいて逃げ出した。

 そしてこうも言った。


「──またね、だってよ」

「あなたに用事があるのね。碌でもない用が」

「らしいな」

「まあいいわ。その時に対処すればいい。相手は私たちと同じ存在なんだから。今度は容赦しないわよ」

「ほう。君も助けてくれるわけか?」


 丹羽が聞けば、何故か彼女は丹羽の腕にそっと手を当てて、引っ張った。

 いとも容易く身体が傾く。


 頬に、軽く触れる唇。


 ハルカはそのままそっと丹羽の背中を撫でた。思わず怪訝な顔で見下ろす。


「……()()()を貰うようなことはしていないが?」

「あら。これは違うわよ。言ったでしょ──カケルがあなたを連れていることに嫉妬する者がいるって。ここに()()を集めといたの」


 にっこりと笑うハルカの意図を察した丹羽は、彼女の腰を軽く抱きよせ、耳元で「これでいいか」と尋ねる。


「上出来よ、さすが私の愛人ね」

「……君たち親子はとんでもないな」

「褒めてくれてありがとう。頬ならここよ?」

「遠慮する」


 キスを辞退した丹羽は、ハルカの腰から手を離し、昔のように彼女の後頭部を撫でてから「じゃあな」と大広間を出た。


 ()()の慄く視線を、背中に受けながら。




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