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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ミスティ・ララバイ──
94/120

#36


 笑え。

 恐れは目に出る。

 怯えは目に出る。

 だから笑うのだ。

 お前など目に入らんというように、笑え。


 屈しないことを示せ。


 



        #36

 



「はい、到着ー」


 懐かしい海野の家に到着すると、後部座席は奇妙な沈黙に包まれた。

 上機嫌になる戸頭間との温度差に、丹羽はシートベルトを外して窮屈なそれから逃げる。


「はあ」

「丹羽さん、ため息吐くと幸せが逃げるよー?」

「俺は今から奇異な目にさらされるんだが?」

「何言ってるの。そんなこと気にする丹羽さんじゃないでしょ」


 けらけらと笑ってキーを抜く戸頭間は、バックミラーに微笑みかけた。


「と、いうわけで、ホテルの人間以外知らない希少種、丹羽さんが、今からこの家にいる人の前に姿を現します。お兄さんのことは気にしないと思うから、大丈夫だよ」

「……なるほど。ご配慮いただきまして、ありがとぉございます」

「いいのいいの。ただ、僕の相棒が〝野良〟だってことは知らない人もいるらしいから、口には気をつけてほしいかな」

「もちろんです。ここまでしていただいて、坊っちゃんを裏切るような真似せんわあ」

「知ってる」


 二人はまたミラー越しに睨み合い、沈黙し、同時にドアを開けて出る。

 狐刀は呆れたように呟いた。


「あの二人、ちょっと合いすぎでは?」

「まあまあ、楽しそうでいいじゃないですか」


 と、瀬世が宥めながら外に出る。

 丹羽が最後に出ると、海野の家だったその家の玄関へ、四人が吸い込まれていくのが見えた。


 また来てしまった。

 

 丹羽は疲れたような足取りで前へ進む。

 自分を拒絶する空気が満ちるそこへ。

 ふと、頬を触っている自分に気づいて笑う。

 はなまるがないだけマシかもしれない。



「おかえりなさいませ、カケル様」


 丁重に迎えたのは女は、美しく結い上げた髪に紺色のワンピースを纏っていた。

 誰を慕っているのかひと目でわかる。


「ただいま、巳夜(みや)

「お荷物は?」

「手ぶらだよ。あるとすればそこの四人かな」


 戸頭間の言葉に、彼女はにこっと笑った。何も言わずに先に廊下へと歩き始める。

 日本庭園を囲む縁側を、()()()遠回りするように先導されているのは、庭にいる奴らに──和室にいる奴らに──すれ違う奴らに──戸頭間の一歩後ろを歩く丹羽と、その後ろを歩く舟正の存在を見せつけているからだろう。狐刀と瀬世が並び、最後尾を隙なく歩く。


 すれ違うものは皆戸頭間に「カケル様」と親しげに声をかけ、その後ろにいる丹羽を見て「あれが」と言わんばかりの顔で恭しく頭を下げる素振りをするが、その目は「三男様の犬だ」という下卑た感情を隠しきれていない。彼らの中では、戸頭間は気に入った者を相棒にしているが、それは「だたの(サンドバッグ)」という認識なのだろう。戸頭間はご機嫌で、舟正は苦笑する。二人に挟まれる丹羽は無表情だ。

 


「ハルカ様。カケル様が荷物とともにお帰りになりました」


 しなくてもいい遠回りをしてようやく到着した大広間に巳夜が声を掛けると、縁側に立っていたハルカが振り返った。

 ゆるく巻いた髪と、ふわりと広がる黒いスカート。

 どこの夜会に行くのかと言いたくなるような完璧な姿の彼女は、控えめな口紅をひいた唇をゆったりと持ち上げた。


「ありがとう、巳夜。そこは開けておきなさい」


 観客に見せていい。

 そう言い渡したハルカに頷き、巳夜は閉まっていた襖まで開けながら退出する。

 タン、タン、タンと小気味良く響く音は、襖に描かれた艶やかな花が一つずつ刈り取られていくようだった。


「ただいまー」


 そんな中呑気な声で話しかけたのは、戸頭間だ。

 ハルカは慣れたように返す。


「元気そうで何よりね」

「母さんも」


 母親の嫌味を正しく受け取った戸頭間は、それを打ち返しながらも、折り目正しい所作で軽く頭を下げた。

 

「お時間をいただき、ありがとうございます」


 まるで戸頭間と糸で繋がっているかのように頭を下げる者たちを見たハルカは、床の間の前に置かれた座布団に優雅に座ると、浅いため息を一つ吐いた。

 スカートの黒い花が広がる。


「……いいわ。座りなさい」


 全員が正座をする姿を見ている視線を外側からいくつも感じるが、広間に足を踏み入れる者はいなかった。

 開け放たれ、風通しのいい広間には張り詰めた緊張感が沈殿している。


 昔はここに座卓がたくさん置かれ、飲みすぎた組員が寝転がり、その横で花札をしていた男たちがいたのが嘘のようだった。

 戸頭間ハルカの城となった家の中で、主が声をかける。

 

「お久しぶりね、舟正」


 甘く声をかけてくるハルカに、舟正は膝に握りこぶしを置き、深く頭を下げる。


「……ご無沙汰、しております」

「少し歳を取ったかしら。丸くなったのね。うちの狐刀が迷惑をかけていないかしら」

「とんでもありません。長く寄せていくださっている鬼不田への信頼に、親父ともに感謝申し上げます」

「いい子ね」


 まるで小さな子供を相手にするような優しい声色に、舟正は頭を上げた。

 ハルカは何も言い出さない舟正を許すように頷いて、話を向ける。


「私に頼みがあるんですって?」

「……はい。臨時首都の騒ぎの件はご存知やと思いますが──うちの戦力が削がれまして、新しく補充する間、確実な力を持つ戸頭間家の方を貸していただきたいのです。大変不躾な頼みで、申し訳ありません」


 丹羽は感心した。

 戸頭間が無理やり呼び出した挙げ句に母親に合わせたのは、そうすれば舟正が平身低頭に()()とわかっていたからだろう。


 丹羽の頭に、いつかの戸頭間の声が響く。


 ──王様と女王様には敬意を払いながら膝を折る、ってことでしょ?


 言葉通り、今まさに舟正にさせているのだ。自分の膝はおらずに、舟正との位置関係を優位なまま固定した。


 満足そうに笑う息子を、母親は呆れたように見ている。

 




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