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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ミスティ・ララバイ──
92/120

#34



 嫉妬の目を向けられると、心が弾む。

 何もない自分を羨む哀れな奴を見つけられるからだ。


 そうして笑ってやる。

 馬鹿にしてやる。

 

 それが存在意義というものだろう。




        #34




「あの二人の家族は、俺だ」


 哀れな男がそう言うのを、丹羽は薄く笑って受け止めた。

 男がピクリと反応するので、答えてやる。


「お前が家族? 反対されることをやり続け、挙句の果てに自分の部下に殺されたくせに」

「うるさい」


 無表情に吐き出す言葉には痛みが滲んでいる。

 

「あの二人の家族は俺だ」


 その目に虚無が宿る。

 それをひたすら自分に言い聞かせているのだろう。

 丹羽には理解できない。

 特に発言権もなかった紫と景が、楽園計画に反対したってなんの問題もなかったはずだ。なのに事故に見せかけて殺された。ぺちゃんこになった車の写真が頭の中で浮かんでくる。

 丹羽はそれを沈め、犀を睨んだ。


「それで? 永遠の楽園計画とやらは順調か?」

「……お前になんの関係がある」

「興味本位だよ」

 

 丹羽の物言いに忌々しげに見てくるだけで、犀は何も言わない。


「特別で崇高な存在の善良だけを残せたか?」

「……」

「お前たちは神様とやらになれたのかよ」



 バン、と犀が壁を叩く。

 ぬらりと光る目がじっとりと睨み上げてきた。


「──うるさいよ、クソガキ。お前の声は本当に聞くに耐えない」


 犀が顔を不快そうに歪ませながら、無理やり笑う。

 と、壁がうわんと不気味に揺れた。

 水滴のように波打つ。犀は右手からハサミを出すと、左の手のひらを刺し、抉った。ぼと、と青いゲルが落ちる。


 地面に落ちたそれが、意思を持つようにうねっと盛り上がる。

 見覚えのある動きで──身体のパーツが積み木のように重なりあがって筋肉や皮膚を作り、身体になる。

 あの砂浜で景が紫を引き上げた〝再生〟と同じように。


「!」


 丹羽が瞠目すると、犀は満足そうににんまりと笑った。ゆらゆらと揺れる壁に背を預ける。


「ばいばい、無能なクソガキ」


 子どものようにそう言い、手を振る。

 丹羽が一歩前に出るのを楽しそうに眺めながら「おれが本当の家族だもん」と言うと、犀は後ろに倒れるようにしてそれに飛び込んだ。壁がぬるんとその身体を飲み込み、淡く揺らいで消える。


「……」


 丹羽はそれを呆然と見ていたが、一糸纏わぬ犀とそっくりな者がこちらを不思議そうに見ているのに気づくと、サイレンサーのついたベレッタで撃ち抜いた。


 青く溶ける。

 また再生するのではないかと思ったが、それは水へと変化し、霧散した。

 息を止めていた自分に気づき、息を吐く。


「……」


 丹羽は何も残らない路地裏を後にする。

 馬鹿らしい。

 あの五歳児()のために使う頭も時間もない。

 

「クソガキはてめえの方だよ」


 吐き捨て、あの崖の上のホテルへと戻るために、今見たものを忘れるように歩き出す。

 犀の最後の言葉を塗りつぶすように。



 ──またね。





      ◯





「ねえねえ、一緒に来ない?」


 犀に会った日から一週間後、戸頭間が毎度のごとく叩き起こしに来てそう言った。

 最悪な夢を見ていた丹羽には、彼が救いの天使に見える。随分凶暴な天使だが。


「……急すぎないか」

「おいでよ」


 戸頭間の後ろには武家山が立っていた。

 なんとなく察する丹羽は、起き上がる。


「何かするわけだ」

「うん。そう。うちにお招きするんだあ。お客さんを」


 うちに、お客さんを、お招き。

 誰をどこに連れて行くのかわかった丹羽は、首元の傷を撫でる男を思い出した。

 可哀想なことに、彼女の前に連れて行くらしい。


「……」

「どんな夢見てたの? すっごい凶悪な顔してたよ」


 聞かれるが、無言でベッドを出る。返事を待っていなかったらしい戸頭間は、軽い足取りで部屋から出ていった。

 武家山に「丹羽さんも行くから、ここの留守番をよろしく」と伝えている声が離れていく。



 ここ数日、同じ夢ばかりを見ていた。

 犀について語る様々な断片が、起きてもなお頭の中に囁き続けている。


 ──誰が二人のコピーを──誰かはわからんが、どちらにしろ俺に用事のあるヤツだろう──どうしてあの二人がここに捨てられていたのか、どうして自分を探す必要があったのか──景さんと紫さんを、連れてきた奴がいるそうよ──やっぱり、(さい)さんだった──私、わかってた──あなた、記憶がないのに、犀さんのようになりたくないって常に恐れて──あなたは頷かないって──やっぱり、(さい)さんだった──



 ずっと、ハルカの「やっぱり、(さい)さんだった」が頭を回る。

 自分のコピーを目の前で作った犀を見てもなおそんなことは関係ないと思いたい丹羽に、頭は現実を絶えず突きつけてきた。



 ──あいつが紫と景のコピーを作り続けている──おそらく自分の身体に流れるものをいじって、二人を作り上げている──失敗したのを棄てているんだろう──完璧な二人を再生するために──そんなことをするのはあいつだけだとわかってたくせに──知らないフリをしていた──間抜け──あの二人を絶えず生み出し続けようとしているヤツは頭を撃ち抜くんじゃなかったのか──何もできなかった間抜け──


「……」


 丹羽は息を吐くと、うるさく喚く頭の中の男を黙らせた。

 復讐に歓喜する狂った男が、黙って不貞腐れたように眠る。


 海鳥が自由に羽ばたいている朝の光景は、清々しく、どこまでも青い。

 この海をハルカが止める光景を想像し、笑った。

 彼女はもう誰のものでもない。

 どこまでも自由で、誰もがひれ伏す海上の光となる。


 そんな音がした。


 彼女の足音のような音。ヒールの音。自分から去っていったあの音。海の上を歩く音。

 それはまるで、(ヒト)と侵入者の均衡が崩れる予兆のような音だった。

 

 彼女を祝福するように、海鳥が目の前を横切っていく。



「さて、どうするかなあ」



 丹羽はそう言いながらも、出かける準備を始めるのだった。







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