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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ミスティ・ララバイ──
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#32



 もし時間が巻き戻ったとして、別の選択ができただろうか。

 できないだろう。

 どうせ彼女を傷つける。





        #32




 謝ったからと言って、どうにかなりたいわけではない。

 ただ謝ったという事実が欲しいだけだということは、自分が一番わかっている。


 丹羽はじっとステージを見つめた。

 埃っぽい空気の中に、乾いた年月が横たわっている。

 少しの沈黙の後、彼女は笑った。


「なんのことかしら」


 穏やかな声が、その昔音に満ちていた空間に響く。


「忘れたわよ。そんな遠い昔のこと」

「……そうか」


 丹羽の柔らかな笑みに、ハルカも目を伏せて笑う。


「それにしても、何なの急に」

「自分を振り返る機会があってな」

「あらまあ。自分さえ良ければいいあなたが。カケルの影響かしら。ほら、あの子って愛情深いでしょう?」

「……」

「何よその顔は」


 ノーコメントで意思表示をした丹羽は、ハルカの睨み無難に答える。


「なんでもないよ」

「そう? あの子……なんていうか、強いのよね。ふてぶてしいくらいに。上に立つのはサトルが相応しいけど、カケルは……相手を更生させるのかしら?」

「……反面教師という言葉があってだな」

「私のこと、愛してた?」


 ハルカからの軽すぎる質問に、丹羽も軽く返す。


「ああ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「惰性で一緒になったのかと思ってた」

「愛してたよ」


 その言葉を始めて口にして、思い当たる。

 彼女に伝えたことが一度もなかったことに。


「へえ。そうなんだ」

「……」

「なんで自分で驚いてるのよ」

「いや」

「ふ。どうせ、初めて言った、とか思ってるんでしょ」


 言い当てられて口をつぐむと、ハルカは「ああ、面白いもの聞いたわあ」と組んだ足の先をブラブラと揺らした。

 赤いヒールが遊ぶように揺れる。

 

「それで、用事って?」

「鬼不田が数名イノセントに寄越して欲しいんだと」

「……新正?」

「と、御田」

「目野のことは」

「連れ帰ったと話した」

「それでいいわ」


 肯定とともに軽い応酬の会話が途切れる。

 ハルカが何を考えているのか、丹羽には手に取るようにわかった。

 付き合いの長い新正と御田のことを、彼女はよく知っている。

 彼らのやり方を。


 複雑に絡まりあったものの後始末には「力の誇示」が必要になるということを。


「爆破騒ぎの件ね」

「ああ」

「侵入者の仕業だと思ってる」

「……」


 丹羽の沈黙を正しく受け取ったハルカは「嘘でしょ」とパッと顔を向けた。

 彼女の目に映る自分は、間抜けだ。


 ものを爆発させるような力を持った侵入者。

 あんなにも信じられなかったというのに、ハルカの思考に重なるように、丹羽はその存在を受け入れる。

 

「……見たの?」


 紫の姿を。


「いいや。でも白い箱は見た」

「赤いリボン?」

「ああ。金の紐もな。多発していたことを考えれば、一人じゃないんだろう」

「……嘘でしょ。また? あの人何がしたいのよ」


 (さい)が何がしたいかなど、全くわからない。〝楽園計画〟の中枢にいた彼の頭の中など、想像でもきないし、したくもない。 


 善良な人々と美しい世界を構築することを目指していたそうだが、永遠の楽園とやらはまだできていないらしい。

 どの世界にも絶望が存在する限り、彼の目標はいつまで経ってもクリアできないというのに。

 なぜそれがわからないのだろう。

 

 丹羽の険しくなった顔に、ハルカが笑う。

 

「怖い顔しないでよ。余計にガラが悪くなるわ」

「……失礼しました」

「さあて。じゃあ、目野を見逃してくれる新正と御田に、相応以上のお返しをしなきゃねえ?」


 恩を売るチャンスだと微笑む彼女の横顔は美しい。

 丹羽の頭の中から、犀の幻影がきれいに消し飛ぶ。

 話は終わったとばかりにハルカは立ち上がった。


「この話、カケルには?」

「言ってないが、舟正からの頼みとして〝一人侵入者を貸して欲しいと言っている〟とは伝えた。君に頼みにいけ、と答えた、とも」

「あらそう……ふうん」


 ハルカは思案した後、何を思ったのか、丹羽の頭を撫でて唇を落とした。

 まるで映画の中で子どもに「行ってきます」をする母親のように、軽やかに。

 

「……なんだそれは」

「いい子ね、っていうご褒美のキスよ」

「なぜ」

「成長したから。新正と御田から伝言を預って、私に報告したでしょう? あの徹底的に自分主義のあなたが周りのために動いているのよ。褒めてあげなきゃ可哀想じゃない」

「……」


 言い返せないまま見上げれば、ハルカは丹羽と一緒にいたときの格好で、隙のない顔で微笑んだ。

 

「唇に欲しい?」


 悪魔のように囁く。

 丹羽はため息を吐き、ひらひらと手を振った。


「いらん」

「迷いなさいよ。失礼ね」

「帰れ」

「あなたもね。カケルのところに帰りなさいよ。じゃあね」


 去り際まで息子とそっくりな嫌味を添えるハルカの靴音を聞き、見送る。

 ドアを開けても出ていかない気配に丹羽が顔を上げると、彼女が丹羽をじっと見ていた。


「ねえ」

「……」

「私、わかってた」


 昔の無邪気な彼女の面影が重なる。


「あの時、あなたが頷かないってわかってた。記憶がないのに、犀さんのようになりたくないって常に恐れてたもの。誰かの上に立とうとするわけがないって……あなたのことを一番よくわかっていたくせに、私は無謀にも賭けたの。負けるってわかってても賭けたかった私が愚かだったのよ。あなたは何も悪くない」


 丹羽は黙ってハルカを見つめる。


「おかげで、覚悟できた。あなたに愛されたがっていた私はあの日に死んだから、ここまでやってこれたの。あなたが気に病むことはないわよ」

「……それが君からの本当のご褒美か?」

「ふ!」


 ハルカは笑って、出ていった。

 その姿は、三十五年前に鎌を突きつけて自分の下から去って行った背中とは違い、明るく晴れやかだった。




 新正の声が頭に響く。



 ──一美さん、あの時(三十五年前)、ハルカさんは一人で出ていこうとしたんです。駆け落ちなんかじゃなかった。愛し合った男女が出て行ったのでは、なかったんですよ。







 

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