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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ミスティ・ララバイ──
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#31

 


 どれだけ足掻こうとも、現実は否応なしに変化していく。

 それを受け入れたとき、ようやく知る。


 残骸を踏みつけてきたことに。


 昨日とは違う今日になるために、昨夜の自分の死骸を見下ろしてドアを開けるのだ。




        #31




「まあ、こっちはどうにかなったよ。疲れたけど」

「そのようだな」


 丹羽の言葉に、戸頭間は煙を吐く。

 丹羽は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。


「とにかくまあ、何だったんだこれっていう疲れがねー」

「そういうもんだろ」


 劇的なことなどそう起きない。

 爽快でドラマティックな解決など、ありはしない。

 ただ、ひたすら続く明日へ行くために、諦めて妥協して、見て見ぬふりをすることを確認して「はい、これで終わりです」と自分たちで「了」の判を押す。一日お疲れ様でした、と判を押したそれをシュレッダーに掛けるまでが業務だ。


「ふふ。確かに」

「……目野は妄執の愛を捧げるために逃げて、君は反抗期の妹を家に連れ帰った。目野は相応の罰を受けたし、みんなそれで溜飲を下げましょう、ってことだろ。家長の決定に文句言ったもんは家から出ていくしかない──終わり」


 丹羽の言葉に、戸頭間は灰皿に灰を落としながら笑う。


「うっわ。くだらないじゃん」

「そういうもんだよ」

「それ二回目ー」


 戸頭間は飽きたように灰皿に煙草を捻り潰す。


「疲れた」

「……おつかれさん」

「丹羽さんもね。こっち(侵入者)は力が物を言う世界だから簡単だけど、向こう(ヒト)での妹の不始末の片付けのほうが頭が痛いよ。で? 昨日で話はついたわけ?」


 灰皿をぐいっと押し付けられ、にやりと笑われる。

 丹羽は辟易とした顔でそれを見た。


「……知ってるのか」

「聞いたもの。お兄さんから」

「舟正か」

「ああ……僕って兄に恵まれてるなあ」


 本音か嫌味か、その両方か。

 どちらにしても伝言は渡さなければならない。

 丹羽は灰皿を見ながら口を開く。死骸が二つ。


「舟正には、男女を引き渡したあとで爆発騒ぎがあったと言っておいた」

「……信じたの?」

「本人からそう確認が入ったぞ」

「……ふうん」


 戸頭間は「どういうつもりで?」と話の続きを促すので、丹羽は簡潔に答えた。


「エトウが目障りだったらしい」

「ああー、なるほど。狐刀さん?」


 察しが良い。

 エトウの侵入者への行き過ぎた憎しみ方は、舟正にとって目障りだったのは間違いない。イノセントの運用方法も、そろそろ恨みで飽和状態だったのだろう。


「そういうわけで、あの件で、君が懸念していた貸し借りの相殺は起きそうにはない」

「……起きそう、には、ない」


 察しが良い。

 丹羽はゆるく頷いた。


「……鬼不田の懐が誰かに襲撃されのは、流石にまずいらしい」

「だよね。で、何が欲しいって?」

「イノセントの減った戦力」



 ──臨時首都の件は、政府に介入される前に別の形で収めたい。



 新正の言葉が頭に響く。

 今のパワーバランスを保たなければ、(ヒト)と侵入者も、(ヒト)(ヒト)も、混迷を極めるだろう。

 いつか戸頭間が言ったように、選ばねばならなくなる。


 (ヒト)か、侵入者か。




「なるほどね。一石二鳥だ」


 戸頭間がグラスに残っていた酒を揺らす。


「侵入者をうち(戸頭間)から連れてくれば、エトウの騒ぎはそれに反対した者たちを葬った内部抗争に仕立てることができる。その上、侵入者がいても安全なイノセント──つまり、鬼不田の力の証明になるってわけか。向こうのほうが利があるよねー」

「そういうことだ」

「ふうん。受け入れたの?」


 丹羽は「いいや」と否定して、明るくなってきたバーの中で自分の影を見た。


「君に伝えることは了承した。本気で頼むつもりなら、女王様に傅いて頼め、とも言っておいたぞ」

「……ふ!」


 戸頭間が吹き出し、グラスの縁をなぞる。


「それって……ああ、おかしい!」

「後は任せた」

「うーん、僕に任されちゃったかあ。そっかそっか、じゃあお兄さんを呼び出さないとね?」

「そうなるな。だが、その前に休め」


 丹羽は戸頭間のグラスを横から攫い、しっしと手を振る。


「えー?」

「動くなら明日からだ。寝ろ」

「はいはい。そうするよ。おやすみなさい」


 珍しく従う戸頭間が、上への階段よ途中で足を止めた。


「丹羽さん、今日の予定は?」


 と、尋ねてくるので、短く答える。


「散歩だ」





        ◯





「やけに懐かしいところに呼び出すのね」


 休業中の、ビルの地下にある薄暗い喫茶店。その昔はジャズバーを経営していた名残で、店の奥にはピアノが一台、じっと丹羽を見つめるように佇んでいる。


 入口を見れば、黒いワンピースを着たハルカが扉を閉めるところだった。


「着物はやめたのか」

「あれは戸頭間ハルカのスタイルよ」


 彼女はそう言いながら、一人掛けのソファ席に座っている丹羽の隣に座り、足を組む。


「で、何よ」

「……そっくりだな」

「カケル?」

「両方」

「サトルもカケルも私の子だもの。似るわよ。イツルだけは父親似だったけど」

「そりゃ会ってみたいね」


 丹羽のなんの気無しに言った言葉に、ハルカが笑う。

 嬉しそうに。


「ふふ。嘘じゃないわよ」

「目野の様子は」

「痛そう」


 子供のように言うハルカは、まるで()()()にいたときのように寛いでいた。


「でも、嬉しそうよ」

「……へえ」

「気にしてくれたの? ありがとう」


 からかうような口ぶりに、丹羽も苦笑する。


「無事に収まったみたいだな」

「目野を特別扱いする私を許す子たちを、私は守る。全員を守るほどの愛は私にはないわ」

「なくていいだろ、そんなもん」


 ハルカが目を細めて笑う。


「ええ。知ってる。あなたは自分を愛したい人だもの──目野はあなたによく似てるわ……自分を愛するために家族を愛そうとしていたところとか、ね」

「悪かった」


 丹羽の突然の謝罪に、ハルカは面食らったようにまじまじと顔を見てくる。

 丹羽はもう一度言った。

 ハルカの目を見て。


 三十五年前に「私を選んで」と言った彼女と変わらぬ、美しい目を見つめる。



「君を選ばなかった。自分を選んだ──すまなかった」







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