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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──哀れなバロック・クイーン──
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#25


 狂おしいほどの執着は、判断力を狂わせる。

 一つの道しか目に入らなくなるのだ。


 ただ褒められるために、どこまでもやる。


 あれも、そういう男だった。





        #25




「早かったな」


 何事もなくホテルに戻ってバーに上がると、優雅なBGMに迎えられる中、サトルがカウンターで酒を飲みながらそう言った。

 こちらを見て、グラスを置く。


「ご苦労だった。丹羽一美」

「……嘘でしょ。まず僕を褒めてよ」

「なぜお前を? お前らの兄妹喧嘩の迷惑を被ったのはこいつだろう?」


 丹羽は「本当にな」とゆるく頷く。

 後ろに隠れるように立っていた目野は、サトルの言葉にどことなく嬉しそうに身を小さくした。自分から前に出る。


「……申し訳ありませんでした。サトル様」

「おかえり、目野。よく帰った」

「!」


 優しく笑ったサトルに、嫌な予感を覚えるのは丹羽と戸頭間だけだ。

 目野はホッとしたように肩の強張りを解いていたので、彼女はある意味純粋なのかもしれない、と丹羽は思った。


 サトルはステージに向かってひらりと手を振る。


「絢乃」


 サトルが呼ぶと、ステージにいた武家山がバイオリンを肩から外した。

 その顔は「ようやく終わった」と言わんばかりの辟易したものだ。

 戸頭間は思いっきり不機嫌に腕を組む。


「勝手に弾かせるとか……ありえない」

「あれは今は俺のだ。俺がどう使おうがお前に関係ない」


 素晴らしく傲慢なことをいうサトルを、丹羽は呆れたように見た。どうやら休暇らしい休暇を過ごしているらしく、いつもより幾分表情が豊かだった。面白がっている、といってもいいが。


 戻ってきた武家山が、戸頭間にずいっとバイオリンケースを押し付けると、彼は珍しくそれを大人しく受け取る。

 どうやら「サトルが代わりに滞在するなら先に言え」という不満に、応えたらしい。


「……お呼びですか、サトル様」

「目野を部屋に」

「承知いたしました──目野様、お部屋をご用意しております。こちらへ」


 ホテルへの滞在を許されたと知った目野の顔が淡く喜ぶ。

 それを見て、またサトルは優しく目元を和らげて笑いかけた。


「目野、今日はここへ泊まれ。明日は俺が本家へ連れて行く。いいな?」

「あ……ありがとうございます」


 まるで少女のように頭を下げた目野は、嬉しそうに武家山について行った。


 戸頭間がカウンターにバイオリンケースを置く。意外にも、優しく。

 サトルから一つ開けた席に腰掛けながら尋ねた。


「……で、どういうつもりなの?」

「どうもこうも、あのままだ。明日俺が母さんに返す」

「無事で済むわけ」


 丹羽は戸頭間の隣に腰掛ける。

 数河が労わるように目の前にグラスを置いてくれ、丹羽のボトルが開けられた。

 

 とろりと流れ出す琥珀を眺める。



「ああ。無事で済みそうだ。お前のお陰でな。よく生きたまま戻した」

「殺してもいいって言ってなかたっけ?」

「ああ言えば、お前は意地でも無事で返すだろう」


 鳴が弾くピアノの音色が耳を撫でる。

 ゆったりとしたバラードは、サトルの趣味に合わせているのだろう。


「……本当に横暴」

「諦めろ。兄とはそういう生き物だ」

「えー?」


 そう言いながら「本当に?」と言わんばかりにこちらを見てくる戸頭間を、丹羽はグラスを持つことで無視をする。

 サトルが小さく笑った気配がした。


「それにしても──早かったな。お前のことだからあちこちで騒ぎを起こして、収拾つかないまま戻ってくるのかと思ったぞ」

「ふふ」

「……やらかしたのなら後始末までキッチリやれ」


 察したらしい。呆れたようにサトルは言うと、短く「報告」と弟を急かした。

 戸頭間はここを出てからの出来事を手短に説明する。


 目野がばら撒いた侵入者三人を片付けたこと。臨時首都のホテル「ルージュ」に滞在したこと。イノセントで大金を使い切ったこと──そこで目野が下手を打って捕まっていたが、あっさりと連れて帰ることができたこと。帰りに追跡してきた車一台とバイク三台を道路上に放置していること。嘘は一言も言わないが、真実を全部さらけ出すこともせずに説明を終えると、サトルは苦笑した。


「なるほどな。早かったはずだ。目野はどこかでお前が追いかけてくるのを待ってたんだろう」

「さあねー?」


 戸頭間は笑う。丹羽も、彼女の拙い愛を笑った。

 目野はあの男を愛していた。愛していたからこそ、どこまで行けるのかと試したかったのだろう。選んだ先は地獄だったが。

 彼は仄かな愛だけを目野の中に残し、苦痛なく死んだ。それだけは彼にとって幸せだったことだろう。残った彼女だけが、自業自得の苦しみを負う。

 丹羽は黙って兄弟の会話に耳を傾けた。


「イノセント」

「うん」

「あそこから、目野を連れ帰った、と」

「うん」


 ああ、こりゃあバレてるな。

 丹羽は数河から目の前に灰皿を差し出され、ポケットから煙草を出した。

 一本咥えてライターで火を付けると、隣へ。

 戸頭間がそれを黙って手にする。


「ちゃんとお金払ったからじゃない? 帰してくれたよ」

「受け取ったのか?」

「それがねえ、爆発しちゃって」

「……は?」


 ライターで火を灯す戸頭間が、疲れたようにカウンターに肘をつき、ふう、と煙を天井に向かって吐き出す。


「なんか爆発しててさ。なんでだろうね? 僕らを追跡してこようとする車がさあ、全部ボンッて」

「……聞かなかったことにする」


 サトルは戸頭間からライターだけを取り上げ、自分の煙草を取り出した。

 数河が二人の前にも灰皿を置く。


 三つの紫煙とため息が、間抜けにぷかりと浮いた。








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