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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──哀れなバロック・クイーン──
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#18



 その渇望はどこからくるのだろう。

 守られたい。

 安心したい。

 馬鹿みたいに無防備になって、笑うのだ。


 でもいつでも絶望はすぐ隣りにいる。

 地獄はこっちを見ている。





        #18




 震えだした目野が、怒りに満ちた目で歯を食いしばる。

 戸頭間はソファから立ち上がると、丹羽の肩を押しのけて前に出て行った。


「母さんは目野を娘のように大切にしてたのに。言うことを聞かないなんて……本気で家族になるつもりなんかなかったんでしょ」

「ちがう!」

「いいや。違わない」


 その後姿は苛立っている。

 まるで、一向に話を聞き入れない妹に我慢の限界が来たというように。


「言うことを聞けない子なんて、母さんの子じゃない」

「イツルだって(ヒト)と結婚しようとしたじゃない!! なんで私はだめなの?!」

「空気読めって言ってんだよ」


 これほどまでに戸頭間の感情の乗った声は滅多に聞けない。

 ある意味貴重だな、と丹羽は手を軽く握り、もしもに備える。


「馬鹿じゃないの。本当に。母さんから僕が追うこと聞いて逃げたくせに、もたもたして、他の男に僕を襲撃させて、カジノで下手打って? ねえ、お前そんなに馬鹿だったっけ?」

「なんで名波他(なばた)(めい)はあのホテルに居られて、結婚もしていないくせに娘みたいに大事にされてんのよ!!」

「嫉妬? 醜いね」

「!」

「鳴さんは(ヒト)としての人生を捨てて、イツル兄さんに捧げてるんだよ。その覚悟に母さんは報いてるだけ。母さんの言いつけを守る鳴さんと、母さんを自分を愛するための道具にしている目野とは違うじゃん。わかんないの?」

「……信じられない」

「本当にね。信じられない愚かさだ」

「私はハルカ様を愛してる!! 自分を愛してなんかいない!!」

「じゃあ、これ何?」


 戸頭間が聞く。


「今のこの状況、何?」


 目野が絶句する。唇が震え、目からは涙がボロリと落ちた。


「……あんたが私と結婚してくれなかったからでしょ」


 震える声が小さく部屋に落ちる。

 今まで置物以上に存在感のなかった男は、呆気にとられたように目野を見た。


 何なんだ、この状況は。

 丹羽は飽きたように天井に目をやる。


「つまんないこと言わないでくれる? 安っぽいドラマみたいなことさせないでよ」

「……結婚してくれなかったから、ハルカ様の娘になれなかったのよ!!」

「そこまで固執するなら、兄さんを誑かせば良かったのに。母さんにそっくりで、母さんのお気に入りで、戸頭間家の長男で跡継ぎ。狙うなら最初からそこでしょ?」


 目野が黙る。

 丹羽は「サトルはなあ」とぼんやりと思う。


「怖いよねえ、兄さんは」


 僕も一番怖いよ、と戸頭間は呟く。


「で、その兄さんから、目野を連れ戻すように言われているんだよ。意味、わかる?」


 戻ってこいと言っている──そう暗に示しているが、丹羽の記憶が確かならば彼は「殺せ」とも言っていたはずだ。

 丹羽は視線を天井から戸頭間の後頭部に戻す。


「どうする? 結婚したいならここに二人で隠れていればいい。裏切り者を排除しようとする仲間(侵入者)から守られて(ヒト)と添い遂げられれるでしょ。こんなところで遊ぶ汚い金持ちからは守られないけど」


 戸頭間は、目野が決してここに残ることを選びはしないと知っているように詰め寄る。


「決めな。目野」


 選択肢などないも同然だろう。

 屈辱的な僅かな時間を生きて愛を全うするはずもない。

 丹羽の予想を裏切らず、彼女は戸頭間から顔を背け、手のひらで頬の涙を拭った。


「……あんなたについて行って、無事で済むの」

「うん」


 事も無げに言うが、その自信がどこから来るのか丹羽にはわからない。

 それは目野も同じなのだろう。諦めたように小さく笑った。


「……選択肢なんてないじゃない」

「ないならあの場で殺してる。最初からイノセントにいた(ヒト)全員を燃やし殺してこんな街から出ていってるよ」


 戸頭間は鼻で笑ってそう言うと、男を見た。


「こいつはどうすんの」

「……彼も連れて行って」

「いいけど、目野が守りなよ」

「わかってる」


 目野の声は慈悲深い女神のように優しい。

 男はどこかほっとした顔で、彼女が何を語ったのかを忘れたような顔で握った手を握り返していた。穏やかな男。誰かを思い出す。


「よく似てるの見つけて来たねー」

「……似てないわよ。この人は私から逃げたりしない」

「勘違いしてるけど──アレ(父さん)は僕が追い出したんだよ」


 戸頭間ミツル。

 丹羽は既視感の正体に気づき、ああ、と頷く。


「はあ? なんで」

「言えるわけ無いでしょ。色々あったの」

「……ハルカ様から聞く」

「そうしなよ。鳴さんも知らないことだし」


 戸頭間は目野の自尊心をほんの少し満たしてやり、離れた。

 丹羽は花瓶を拾いながら、戸頭間に尋ねる。


「……で、どうやって二人を連れてこの街から出るつもりなんだ」

「それなんだけどさー」


 戸頭間がシャツの腕まくりをほどいてカフスをつけながら唸る。


「頑張るしかないよね」

「……」

「とりあえず、昨日は虎の威を二つ借りても、ここに二人を連れてくるのがやっとだったし……ねえ、どうしたい?」

「それを俺に聞いて良い答えが聞けると思ってるのか」

「ううん、全く」


 何がおかしいのか、戸頭間はくすくすと笑った。


「ああ、今度は僕らが逃避行かあ。なにこれ。面白いね?」

「……そりゃよかったな」

「大丈夫大丈夫。最悪全員殺して出ていけばいいだけだよ。僕らの見送りをしてくれる奴らをね」


 丹羽の記憶の海の上に、ハルカがそっと立つ。

 

 ──ねえ、ここにいる奴らを、みんな殺しましょうよ。


 ああ、それは面白いな、と答えた自分の声も頭に再生される。

 戸頭間が、微笑みかけてきた。


「ね?」


 丹羽は頭を掻きながら答える。



「……舟正の顔潰すわけにはいかないだろうが。静かに出るぞ」



 戸頭間は褒めるように笑うばかりだ。






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