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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──哀れなバロック・クイーン──
74/120

#16




 人間は赤く。

 我々は青い。


 違いはそれくらいだ。

 

 傲慢さは何よりもよく似ている。






        #16




「!」


 頬から垂れた赤い血に、エトウが目を剥く。

 信じられないとばかりに、それを凝視していた。


 

 戸頭間の「待て」を見た瞬間、銃を引っ込めた丹羽は、笑いたい衝動を眼鏡を押し上げてやり過ごす。

 一番に声を発したのは戸頭間だった。


「びっくりしたー。ひどいことをするね。なんでそんな事するの?」


 戸頭間が驚いたように言う。が、その声はどこか弾んでいた。

 男は自分の身に起こったことがようやく理解できたのか、頬に手を当て「ああ、あ」と震えだす。


「ほらほら、泣かないの。大丈夫だよ、薄皮だけだから。口、裂けてないし」


 男は蒼白な顔で戸頭間を見てガクガク震えるが、さっきまで一緒にいた女が戸頭間の後ろに回ったのを見て、よろけるようにその背中に隠れた。

 長いものに巻かれる瞬間を見た丹羽は、周囲を見渡して収拾を図る。


「行くぞ」

「はあい」


 戸頭間がついてきて、そして男女もついてくる。丹羽を先導していると、戸頭間は「あ」とわざとらしく無邪気な声を出して足を止めた。


「エトウさん。商品、傷ついちゃってるから値引き交渉したいところだけど……僕、下品な真似はしないんだ。正規の価格を払ってあげるから心配しないでね。じゃあ十二時間後の明日朝十二時に」


 煽って満足したのか、戸頭間は軽快な足取りで丹羽を追い越した。

 丹羽は、その後ろをついて歩くやけに美しい女の横顔を見た。

 世界に絶望しながらも、自分の縋る者にすべてを預けているような妄信的な目をした女。


 目野。


 彼女が、目野だったのだ。






        ◯





「何してんの。馬鹿じゃないの」



 ホテルに部屋に戻った戸頭間の一言目がそれだった。

 目野はじろりと戸頭間を見上げる。


「追いつくの、遅いね」


 悪態を吐いた彼女は、髪をかきあげて「風呂」と呟くと、勝手にシャワールームを探し当てて入ったらしい。水音が床を打つ音がかすかに部屋に響いてくる。

 呆然とする男は部屋に入ってすぐ座り込み、そこから動かない。




 情報を回すのが早い舟正(ふねまさ)のおかげか、ホテルのタクシーで二人を乗せて帰ると、ロビーは人払いが徹底されていた。支配人は何も言わずに四人をエレベーターに押し込み「部屋から()()を出さないようにお願いします」とだけ言うと、出ていった。

 管理が行き届いている。

 舟正が鬼不田(きふだ)を実質的に回しているのだろう。

 新正(あらまさ)から名前をもらっていることからも、次は彼がその地位を受け継ぐことは既定路線らしい。新正の子の死に頭が沸騰していた姿を思い出せば、周囲からの信頼も厚いのだろう。

 だとすれば、鬼不田の勢力拡大は目前だ。



「はあ、まったく」


 戸頭間は苛立つようにソファにどかりと座り、腕を組む。


「疲れた。本当に疲れた」

「……あれが、目野? 女のほうが?」

「そうだよ。言わなかったっけ?」

「……聞いていませんが」

「そ? 驚かせてごめんねー」


 全く謝っていない「ごめんね」を流し、丹羽は対面に腰を下ろす。


「すごい奴だな」


 戸頭間に対してあの態度。

 武家山を思い出すが、表面上敬意はある愛情深い彼女とは違って、全身から「お前が嫌い」というオーラを発していた。

 話に聞いていたイメージではない。


 ──侵入者にしては非力で、あのホテルにも滞在できなかったけど、母さんのお気に入りだったんだ──母さんは目野のそういう(ヒト)っぽいところが好きだったんだと思う。


「……あれが」

「逃亡で荒んじゃったんじゃない?」


 適当な物言からは疲れ切っていることが見て取れた。

 長時間の運転に、カジノ。エトウもあれだけ煽って遊んだのだ。精神的に消耗していてもおかしくはない。が、ある意味人一倍タフな戸頭間がこの様子では、目野との相性の問題なような気もする。


「母さん、なんだって?」

「明日の十時に送金するってよ」

「金額は」

「五千万」

「ふうん、そっか」


 戸頭間は彼らしくもない格好のまま、ソファに横になる。

 ここに武家山がいれば「皴になります」やら「自分のお部屋でお休みください」やら問答無用で世話をして転がしてくれるが、今頼りになる彼女はいない。かと言って丹羽がその役目を引き受けるほどの余力もいない。


「で、どうするんだ」

「うーん、考えなきゃだめ?」

「……駄目だろ」

「眠たいなあ」


 間延びした声に、ぎくりとする。

 半年前──戸頭間が〝眠った〟せいで、とんでもなく大変な二ヶ月を過ごしたことが丹羽の頭に過ぎる。


「あ、大丈夫だよ。そっちじゃないから」

「……」

「心配性なんだから。本当に僕を大切にしてくれてありがとう」

「三人連れて逃げられるほど俺は元気じゃないんでね」

「何言ってるの。連れて行くのは僕だけでいいんだよ」


 目野も男も殺せ。

 そう言う戸頭間の声は穏やかだ。


「……目野を連れて帰りたいんじゃないのか」


 これほどまでに消耗しながら、彼女を連れて帰ろうとしているように見える。

 丹羽の思考を読んだように、戸頭間はそれを鼻で笑った。

 

「兄さんがなんて言っていたのか、忘れたの?」

「……目野を連れて帰るか、殺せ、だろ」

「だったら最悪、殺すしかないでしょ」

「……わかったよ」


 その()()を選びたくはない、ということが。

 丹羽は息を吐くと、シャワールームの水の音が止んだのを聞いて天井を見上げた。


「どうするかな」

「本当にねー。まあ、とりあえず寝ようよ。頭働かないときは余計なことをしないに限るって」

「そりゃその通りだ」


 丹羽も横になる。


「で、君は彼女になんであんなに嫌われてるんだ」

「さあ。でも、目野からのプロポーズを断ったあとから、ずっとあんな感じなんだよね」

「……は?」



 丹羽の間抜けな声は、シャワールームのドアが空いた音で掻き消された。




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― 新着の感想 ―
くそー!! 下の名前が出てこないキャラは注意すべし、というミステリーの基本を忘れるくらい世界観に引き込まれて騙されてました!! それにしても、目野!お前、凄い面倒くさそうなやつで好きだよ!!
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