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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ブルー・レクイエム・ブルー──
71/120

#13



 懐かしいという感情は痛みだ。

 それは自傷と同じで、ただただ自分を痛めつける。

 相手が懐かしさに顔を綻ばせれば綻ばせるほど、鋭く、深く、記憶から血が流れ始める。


 それが自分を埋め尽くす。

 口から溢れ出るまで。




        #13




「ねえ。それ、僕のなんだけど」


 有無を言わせぬ男たちの間に、戸頭間が無邪気に割って入った。

 彼の怒りを知る丹羽は、適当になだめる。


「……そっちはそっちで、用事を済ませてこい」

「えー? 本当に? 大丈夫?」


 と、周りを見ながら間延びした声でいう戸頭間は、にっこりと笑ってエトウを見た。


「ねえ。本当に大丈夫?」

「貴方のお連れ様に、乱暴はいたしません」

「ああ。よかった。この人──母の愛人なんだよね」


 丹羽は辟易した。驚くのを通り越して、呆れ果てる。

 こんな暴論をどうやったら思いつくのだろう。

 エトウは戸頭間の言わんとすることがわかったのか、男たちをちらりと見た。


「オーナーが呼んだのですか?」


 低い声に、男たちが身じろいで「はい」と答える。

 鋭かった眼光を笑みで隠して、エトウは戸頭間に向けてにっこりと笑った。


「少し、お話ししたいだけのようです」

「そうなの? じゃあ二十分で返してくれる? 嫉妬深い母さんに、僕の携帯から連絡入れないといけないんだよね。彼が」

「承知しました」

「じゃあいいよ。彼を二十分だけ貸してあげる。その間──エトウさんは、僕の相手をしてくれるんだよね? あ、もしかして忙しいかなあ?」


 エトウはにっこりとした笑みを貼り付けたまま、戸頭間の望むように深々と頭を下げた。


「喜んでお付き合いさせていただきます」

「そう。ありがとう。嬉しいな」


 頭を下げるエトウに向かって悠然と微笑む戸頭間を、周囲が気味悪そうに見ている。中には慄いた表情で、バカラのテーブルに置いてしまった自分の名刺をちらちらと見る者もいた。


 丹羽は戸頭間の振る舞いを無駄にせぬように、先に動いて戸頭間を振り返る。


「……あまり周りに迷惑をかけんように」

「はあい。そっちもね」

「はいはい」


 慌てたように黒服たちが先導を始める。

 階段を降りながら、ふと戸頭間がエトウに写真を見せている様子を見上げてみたが──それは見えなかった。


 目野。

 目野──戸頭間の感情を波立たせる者。

 ハルカが夫に隠れて身近に置いていた者。


 せめてもの慈悲に、不特定多数に追わせるのではなく、息子を差し向けた。

 ハルカの深い愛情にほかならない。


 丹羽は周囲からジロジロと見られる中で、目野とやらの顔を思い浮かべようとしたが、全く想像できなかった。

 ただ、なぜか戸頭間ミツルの顔が浮かんだ。

 

 半年前に会った年老いた彼ではなく、海野(うんの)の家にいた、やたら穏やかな顔で笑う若い男の顔だった。

 




        ◯




 丹羽が通されたのはバックヤードで、薄暗い廊下を進んで階段を降り、さらにまた廊下を進んだ最奥の部屋だった。

 そっけない地下空間にしては重々しい扉は、セキュリティも頑丈らしい。二人がかりで開けたそこは、広々とした豪勢な部屋が広がっていた。


 バーカウンターにビリヤード台と、壁面に埋まるいくつもの液晶。その奥に、いかにも「金を保管してます」と言わんばかりの銀行のような扉がある。


 液量画面にはカジノの全体が細やかに映されており、それをソファに座って見ている男は、振り返らないままゆっくりと手を上げた。


「──ご苦労。お前たちは下がれ」


 黒服たちが丹羽を睨みつけるが、ソファに座った男はひらひらと手を振る。

 顔を見合わせて、男たちは出ていった。

 

 部屋に残されたのは、丹羽とオーナーと(おぼ)しき男だけだ。

 男が振り返る。


「お久しぶりです、丹羽さん」

「……そんなことだろうと思ったよ」


 丹羽はため息を吐いて眼鏡を押し上げ、男の名前を呼んだ。


御田(おんだ)

「はい。丹羽さん」


 新正より少し若い男──御田は、その年にしては若々しく、それにしては隙がなく笑った。

 その昔、新正によく付き従っていた無邪気な少年が年を取って、こうもこの世界に身を染めたのだと思うと、年月の長さを感じずにはいられない。


「いくつになった?」

「六十になります。あなたはお変わりありませんね……見たときは驚きました。懐かしくなって呼び立ててしまって……申し訳ありません」

「いや」

「一杯いかがです?」


 バーカウンターに向かう御田は、視線で「いらない」という丹羽に笑んで、自分の酒を注いだ。


「どのような用で?」


 聞かれ、答える。


「人探しだ」

「それにしては目立ちすぎですよ。貴方がこの街で遊ぶのは危険だ。せめて親父のツテで来れば安全だっていうのに……なぜあんな危ない若造と二人で?」

「……その危ない若造は、ハルカの息子だよ」


 どうやら何かを疑っていたらしい御田は、ハルカの名前を聞くと目を丸くした。

 酒をカウンターに置き、笑い始める。


「ハルカさんの、息子と、あなたが?」

「……相変わらず笑い上戸だな」

「だって、ふう、そうですか……ははは!」

 

 ああ、笑った、と言わんばかりに、御田が酒を煽った。


「それで……、元妻の子と誰を探しに?」

「目野、という奴らしい。今日ここに来て捕まったはずだ。今(戸頭間)がエトウとやらに案内させているはずだが」

「そうですか。では、こっちですかね」


 御田がスーツのポケットからリモコンを取り出し、一番大きい画面の映像を切り替えた。



 灰色の映像は静止画かと思うほど動きがない。

 牢屋のような場所に男と女が二人、身を寄せ合って座っている。

 それは、五分経っても微動だにしなかった。



 

 

 

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― 新着の感想 ―
ちょ、えー!! 戸頭間くん、母の愛人とか言っちゃダメよ! グレーゾーン過ぎるから!!
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