#11
視覚を刺激する明滅。
聴覚を刺激するチップの音。
嗅覚を刺激する香水。
足元を押し上げる絨毯の上を歩くと、薄暗い店の中を泳ぐような万能感を覚える。
意味ありげにこちらを見て歩いていく扇情的なウエイトレス。
にこやかなディーラー。
ここに転がるのは吸い上げた金と、いくつもの骸だ。
#11
「えっ」
戸頭間が無垢な声をあげると、ポーカーのテーブルにつく男たちが一様にニヤついた。戸頭間の掛けていたチップは、まるで掃除でもするかのようにでザザザと引っ掛けられてディーラーのもとへ戻っていく。
「これ、負けたの?」
そう呟く戸頭間に、ディーラーはにこりと笑う。
何も知らずに遊びに来た子供を追い返すような目だ。
戸頭間は丹羽を振り返る。
「ねえ。残りいくら? 見せて」
開けたアタッシュケースの中を、男らが驚いたように見ている。
「なんだ。全然足りるね。全部チップに交換しよっか」
「……叱られるぞ」
「大丈夫だよー、母さんは社会勉強だって言ってたし、電話すれば送金してくれるからさ」
戸頭間はそう言うと、ポケットからチップを出してテーブルに置いた。
イエローのチップの中心には〝$1000〟の数字。
「遊んでくれてありがとう。じゃあね」
男だけじゃなく、ディーラーも目を丸くしてチップと戸頭間を見ている。
その視線をたっぷり浴びて微笑んでから、戸頭間は丹羽を伴ってテーブルを離れた。
「ああ、面白かったあ」
「……全員君を舐めてたな」
「もちろんそうしたからね。どうだった?」
「金持ちの馬鹿御曹司っぽかったぞ」
「やった。さあて、そろそろ声がかかるかな?」
「だろうな」
戸頭間が悠々とフロアを歩き回っていると、左から気配を消した黒服の男が近づいてきた。
見るからに下っ端ではない男が、優しそうに微笑む。
金色のネームプレートには〝エトウ〟の文字。
「──失礼いたします、紳士。先程はポーカーテーブルで楽しめなかったようで……イノセントを代表して、お詫び申し上げます」
「ああ、いいのいいの。気にしないで」
ひらひらと手を振る戸頭間の怯えない対応に、エトウはより一層笑みを深めた。
「小さな掛け金ではつまらぬのでは? 特別席へご案内できますが……いかがいたしましょう?」
「特別?」
「ええ、ええ。特別の優遇席がございます。そこにいらっしゃるのは選びぬかれた方ばかりで……」
金持ちの心のくすぐり方を熟知した単語が次々とエトウの口から滑り出す。
それにいちいち反応してやった戸頭間は甲斐甲斐しくすらあった。丹羽は無表情で戸頭間の後ろに立つ。
「しかし、そちらへお通しするには、チップがすべて〝イエロー〟でなければなりませんが……どうしますか?」
「あ、じゃあちょうどいいや。この中身、全部〝イエロー〟にしてくれる?」
丹羽のアタッシュケースを顎でしゃくった戸頭間に、エトウは媚びるように頭を下げたのだった。
中央の一つ高くなったフロアに、バカラ、ポーカー、ブラックジャックのテーブルが三つ、美しく配置されている。
イノセントの支配人であるエトウがフロアへ戸頭間をエスコートすると、ゲームを休んでいる数人が笑顔で迎え入れた。
さすが金持ちというところか、人を見た目で判断してて痛い目を見ることをよく知っているらしい。彼らの「やあ」やら「どうも」やら、名前を尋ねてこない賢さと寛容さは、丹羽が黙って戸頭間の後ろに控えていることも目にすら入らぬようだった。
「では──こちらで存分にお楽しみください。それから……こちらでも遊び足りない場合は、当ホテル内のVIPルームへご案内いたしますので、お申し付けくださいませ」
勝てたらさらに特別にしてやるよ、と囁いたエトウは、周囲の客にも頭を下げて出ていった。
戸頭間は最初から決めていたかのように、真っ直ぐにバカラのテーブルに向かう。
「だって、君の眼鏡で周りに丸わかりになるじゃない」
と、くすくすと笑いながら。
丹羽は黙って後ろに控えているだけだが、周囲の客はその様子に「眼鏡はね」「グラスも」など楽しげに空気を盛り上げる。
ディーラーは男だった。
あえて「男のディーラー」を選んだのだろう。男のほうが口が軽い。このあと、戸頭間は負けて「明日も来ようっと」と呟いたあとに、写真を取り出す予定だ。
目野、の写真を。
「place your bet」
賭けろ、の合図で、戸頭間が〝BUNKER〟へ〝イエロー〟を十枚。
参加していた金持ちたちが「いいねー、若さだな」とワクワクした顔で、全員が二十枚の〝イエロー〟を重ねて〝PLAYER〟へ。
にやりと笑う戸頭間は、楽しそうにディーラーの「no more bet」を聞く。
灰色のテーブルのに、赤いカードが二枚ずつ。
先に〝PLAYER〟のカードがひっくり返される。
4、3。
バカラのルールは単純だ。
〝PLAYER〟と〝BUNKER〟に配られたカードの二枚の数字の合計が「9」に近いほうに賭けた者が勝ち。確かに負けやすいし、早くチップを消耗できる。
が、嫌な予感とやらが丹羽の頭にそっと囁きかける。
「ふむ」
続いて〝BUNKER〟のカードに手が伸ばされる。
「!」
キング。0だ。
金持ちたちがにやあっと笑う中、もう一枚がゆっくりと返される。
「──9!」
誰かが叫んだ。
ディーラーがカードを指先で押し「BUNKER WIN」と高らかに宣言する。
戸頭間の前に〝イエロー〟のチップが差し出される。
それを嬉しそうにつつくその後姿に、丹羽は思わず頭を抱えそうになった。
楽しんでいる。
そうして戸頭間は次々に勝ちを手にし、目の前にチップの山を築くことになるのだった。




