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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ブルー・レクイエム・ブルー──
66/120

#8



 愛というのはどこから流れてくるのだろう。

 誰もが、誰かから生まれた。

 生きているというのは、それに愛を費やしてもらったからなのだろう。

 覚えていなくとも。

 記憶になくとも。

 

 どうしてこんなにも懐かしい気持ちにるのだろう。

 胸の中にいるこの冷たい愛は、それからもらったものなのだろうか。




        #8




 車のトランクに服を詰めている戸頭間の横から、丹羽は両腕に持った服を放り込んだ。


「使ったでしょ」


 と言われながら眼鏡を返される。

 受け取った丹羽は、安っぽい靴を服の上に投げる。


「使ったが?」

「うわっ、開き直った。僕の言いつけを無視したくせに」

「……こっちは二人だったんだぞ」

「へえ? スーツは無事みたいだけど」


 まじまじと見られながら丹羽がトランクを閉めれば、戸頭間はご機嫌に運転席へと回った。

 元々たいした言いつけではなかったのだろう。ちょっとそこで一回転してみて、と同じ程度だったらしい。

 丹羽は眉間を揉みながら助手席のドアを開ける。


「さっきの奴らは?」

「僕の行く手を阻みたかったらしい」

「……つまり?」

「目野に頼まれたらしいね」


 戸頭間はそう言うと、エンジンを掛けた。


「いつ来たのか聞いたら、二日前からここで待機してたって。ちょっとタイヤに細工して去るつもりだったらしいんだけど」

「……馬鹿なのか」

「そうそう。馬鹿だよね。で、僕が聞き出したのはこれだけ。そっちは?」

「……」

「馬鹿なの?」


 戸頭間が楽しげに笑う。

 そもそも聞き出してくるなど、思っていない笑い声だ。


「まあ、そういうことで、目野と、目野が声をかけた奴と、目野を追う僕らを出し抜きたいやつの相手をしなきゃいけないわけだね」


 まとめに入った戸頭間がサイドブレーキに手をかける。


「約三日かあ。戻れるかな?」

「ちょっと待て」


 そういえば、なぜ高速にいるかを聞いていない。

 丹羽は隣の戸頭間の横顔に尋ねる。


「行くのは、首都じゃなかったのか」

「なんで?」


 聞き返され、戸頭間から一瞥された。

 その目は落ち着き払っている。これでこそ彼だが。


「……(ヒト)と一緒に侵入者から逃げるなら、間違いなく人が多いところに決まっているだろう」

「うんうん。で?」

「だったら繁華街とか、紛れ込めるところに」

「丹羽さんみたいに?」


 ふ、と笑われる。

 丹羽は「そうだな」と肯定し、口の重い戸頭間が情報を与えてくれるのを、黙って待った。

 車はゆっくりと高速道路の車線に戻っていく。

 まだどこかへ行くらしい。



「──四十年前の侵入者が大挙してから、この国は機能不全に陥ったらしいじゃない?」



 確認されるように言う戸頭間に、丹羽は答えない。

 いつからここにいるのか、誰とここへ来たのか、言うつもりなど毛頭ないからだ。

 と、同時にどこに行っているのか見当がついた。

 車が再び速度を上げて滑り込む。


「海が怖い人々がどうしたかって言うと、内陸へ。それも大きな水瓶のある内陸に引きこもろうとしたわけさ」

「……」

「先に金持ちが。政治家が。報道局が。その地にいた人々を追い出す勢いで、そこに臨時首都ができたんだよね」

「……」

「ところが、ラジオの通り。十五年で警戒を解いて日常に戻りましたとさ」

「そこへ行くのか」

「目野ならね。絶対そこ。今や政府が困り果ててる死んだ街で、警察もいないと来た。侵入者が来れない場所だってまだ信じられてるしね。セレブの為の安全都市から無様な歓楽街となった哀れな街へ、僕らは行くんだよ」

 

 なんと面倒な。

 丹羽は何度目かわからないため息を吐く。

 豪華絢爛な街だった臨時首都は、警戒解除後、ゴーストタウンとなった。居着くのは訳アリばかりで、今や政府が介入するのも難しくなっている。臭いものに蓋をし続けているその混沌とした町へ、目野は向かったらしい。


「侵入者だとわかったときには殺されるぞ」

「バレれば、でしょ?」


 こともなげに言うが、侵入者たる力を使えないのであれば、それこそ殺されてもおかしくない。

 丹羽の沈黙を受け取った戸頭間は笑って返す。


「バレなきゃいいんだよ。目野も僕らも」

「そう簡単な話か……?」

「後ろのアタッシュケース、中身見て」

 

 言われた通りに後部座席に置かれていたやたら重いアタッシュケースを膝に乗せて開ければ、札束がぎっしり詰まっていた。

 理解した丹羽がすぐさまそれを閉めて足元に置けば、戸頭間は大きく頷く。


「僕らは闇カジノに遊びに来た観光客さ。彼らは馬鹿じゃないから、金を溢れるように出す観光客は襲わない。だからまず僕らがするのは、カジノで何度も大負けをしてその中身を空っぽにすること。そのまま目野の写真を見せて回れば、みいんな優しくしてくれると思うんだけど、どう?」

「……はあ」

「ねえ、どうどう?」

「いいんじゃないですかね……」

「えー、投げやりだなあ」


 確実に身の安全は守れる上に、写真を見せて回れば答えてもらえるだろう。

 完璧だとは言えるが、あの腐った街で数日も過ごすことは正直気が重かった。

 

「暴れたいんだね、丹羽さんは」

「……あのなあ」


 暴れないように君を扱うのが大変なんですが、と言うのをやめて、丹羽は窓の外を見る。

 

 阿呆のように光が羅列された街。

 街の中心の水瓶の上に掛かっている橋は、品のないネオンで彩られている。

 明滅する光。

 大きな文字。いつかは〝安全な夢都市〟として君臨した都。

 たった十五年で捨てられた哀れな娼婦。

 そんな街が、迫っている。



「まあ安心してよ。お(まも)りも、ちゃんとあるからさ」


 丹羽の目に映る臨時首都は、腐った栄光を纏って微笑んでいる。





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