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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ブルー・レクイエム・ブルー──
65/120

#7



 渡り鳥は星座を覚えているという。

 夜の闇を照らすかすかな奇跡を、彼らはその目に映して夜空を飛ぶ。


 目印を見失わぬ小さな黒い瞳。

 羽ばたき続ける翼。

 休みなく、ひたすらに、空を駆ける。

 

 では、この足は、どこまでいけるのだろう。





        #7





 深夜かと思えば、まだ日が落ちて数時間ほどだったらしい。

 コンビニに見えた建物は大きく、夕食を求める寄った人々で賑わっている。彼らは戸頭間を目にすると、何も見なかったように視線を逸らした。


 堂々たる風格で、三つ揃いのスーツの青年が年嵩の男を伴って歩く。関わってはならないと思って当然だった。



「思ったより混んでないね」

「……君の周りを人が避けてるからじゃねえかな」

「丹羽さんがその筋の人に見えちゃうからだって。人相悪すぎじゃない?」


 理由は自分に押し付けられたが、丹羽は黙ってついていく。

 彼がここで車を停めた理由があるはずだ。




「360番の方ー! 柚子塩鯛ラーメン、2つお待ちー! ……どうさま、です」



 店員が元気よく言っていた言葉が、取りに来た丹羽と戸頭間を見て丁寧に変える。


「どうも」


 愛想よくにっこり笑って受け取る戸頭間に、彼は怖怖と戻っていった。

 先を歩く戸頭間は楽しそうに席を探すと、小さな二人席にちょこんと着席した。


「さあ、食べよう食べよう」

「……聞いていいか」

「何言ってるの! ラーメンはすぐ食べないと!」


 と、彼に似合わぬ割り箸をパキンと割ると、美しい所作でラーメンを食べ始める。


 丹羽は黙って割り箸を割る。

 柚子と炙った鯛の香ばしい香りを含んだ湯気を前に、なすすべがなかったとも言えた。






「これのためにここに来たのか」


 返却口に下げた丹羽が問えば、戸頭間は「うん」と頷いた。

 そのままふらふらと土産物屋へ向かう。


「ここのラーメン、美味しいって聞いたことがあったから」


 誰に、と聞くのは憚られた。

 戸頭間が、土産物屋の年配の女性に写真を見せたからだ。


「──人を探しててさ。お姉さん、一週間前に見なかった?」


 威圧感のない人懐っこい言い方で、戸頭間は〝決して引かない〟姿勢を示すようにずいっと写真を近づける。

 彼女は一瞬言い淀み、それから丹羽を見て──戸頭間を見た。


「ええ、あの……でも、三日前だったと思います」

「三日前? 本当?」

「はい」

「そっか、ありがとう」


 写真を胸ポケットに戻す戸頭間の背中を、丹羽はまた追いかける。人並みが彼を避け、道が広がっていく。


「……目野は三日前にここに来たのか」

「そうらしいね」

「四日も何してたんだ?」

「さあ。もしかして、何かあったのかもね」

「なにかって」

「絡まれて怪我でもして、隠れてたとか?」


 戸頭間は自販機で缶コーヒーを買うと、丹羽には〝おしるこ〟を買って渡してきた。


「……」

「嫌がらせに決まってるでしょ」

「そりゃどうも」

「あ。開けないでね」

「はあ?」


 戸頭間は缶コーヒーを宙に投げながらふんふんと鼻歌交じりに車に戻る。

 その車を覗き込むように、三人の男が立っているのが見えた。


「そういうことかよ……」

「僕の車って目立つのかなあ?」

「……で、見覚えは?」

「侵入者だね。末端だけど」


 戸頭間の趣味「協定の名簿に載ってる侵入者の顔と名前を眺めること」が功を奏したといえる。

 しかし末端まで覚えているとは、なかなか趣味が悪い。


 丹羽は無言で戸頭間が回り込むように歩く後ろをついていく。

 大型車ばかりの離れた駐車場を選んだ理由はこれらしい。無言で手を出され、眼鏡を取った丹羽はそれを渡した。


「僕は一人ね。丹羽さん二人行けるでしょ」

「……生死は」

「あのねえ。僕を追いかけようとする〝協定の侵入者〟だよ? ちゃんと殺してくれないと、この前の大騒動みたいなことになるんだからね。後で大変な目に遭うのは丹羽さんだよ」

「あー、はいはい」

「それ、使ってね」


 騒ぎは起こすな、と念を押された丹羽は、静かに忍び寄る戸頭間が、トランクを見ていた男の首根っこを掴むのをただ見ていた。

 ものすごい力で車から引き剥がし──大型トラックの影に引きずって消える。

 彼の小さなうめき声に気付いた他の二人が振り返ったところには、丹羽しかない。

 二人の顔が一瞬怯み、それから手にナイフがぬっと出てきた。


「……馬鹿なのか」


 警察を呼ばれたら困るだろうに。

 丹羽が心底呆れると、二人は暗い中でもわかるほど顔を赤くし、突進してきた。

 ナイフが少ない街灯にキラリと光る。


 丹羽は一歩下がり、街灯の明かりのない方へとふらふらと後退する。

 人目のない死角に誘われていることに気づかない愚かな男二人は、殺すための力の振るい方をしながら追い詰めているつもりなのだろう、へらへらと笑っていた。


 哀れみが込み上げる。

 可哀想に。馬鹿で可哀想に。

 それでも協定に属していられたのだから、感謝してひれ伏せばよかったというのに。

 あのホテルの紳士たちのように、高潔に隷属していれば、庇護と加護を与えられるのに。


 丹羽の憐憫を感じ取った男らは、息も合わせずに左右から突進してきた。

 

「……!」


 右の男のナイフが丹羽の右手を貫通し、左の男のナイフは缶にめり込む。

 丹羽はうっすらと青い煙が上がる右手で、男の手を強く掴んだ。勢いよく捻り、男の手をそのまま折る。


「ひっ」


 短い悲鳴を上げた左の男が、缶に刺さったナイフを手放して逃げようと身じろぐが、逃がすわけがない。缶を捨てた丹羽は、その男の頭を掴み、右の男の頭にぶつける。ゴン、と中身の詰まった音がした直後、頭を掴んだ手を首へ。

 そのままの喉仏を折る。

 右の男は何が起きているのかわからない顔で、隣の男がぬるりと青いゲルに変化して水になり、霧散したところを目を剥いて見ている。


「お前ら、馬鹿だろ」


 哀れになった丹羽は、静かに左手にサイレンサーのついたベレッタを出した。

 額に当ててやる。


「あ……あ」



 バシュッと乾いた音は、大型トラックが乗り込んでくる音にかき消された。


 丹羽は左手をブラブラと振る。

 その手には、傷一つない。








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― 新着の感想 ―
ら、ラーメン! ラーメン食べてる!! 戸頭間くん、絶対美味しそうに食べる。ニコニコしながらすすっている絵が浮かびます!!
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