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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ブルー・レクイエム・ブルー──
63/120

#5



 

 彼女が正しいと証明するためには、どこまでも逃げなくてはならない。

 どこまでも。

 どこまでも。

 悪魔が追いかけてこようとも。





        #5





「標的は目野(めの)。一週間前、(ヒト)と駆け落ちしたらしいんだ。だから、協定を破棄して逃走ってわけ」

「駆け落ちって」

「うん。今まさに逃避行中」


 戸頭間が言う。その目に、先ほど見えたはずの色はもうない。

 車内には昨夜鳴と一曲目に弾いた「ブルー・レクイエム・ブルー」が延々と流れ続けている。

 丹羽の頭の中に、鳴が囁く。

 薔薇の花束をフロントに頼んだ男。


 ──愛って本当に手に負えないわね。



「戸頭間くん」

「んー?」

「標的は()()?」

「そうだよ」

貴志(きし)じゃなく?」


 丹羽の問いかけに、戸頭間はなぜか嬉しそうに笑った。


「すごいね、丹羽さん。ホテルに居る人の名前覚えたんだ」

「いや、昨日鳴さんが」

「ああ……貴志くん、行方不明なんだって?」

「……誰かに結婚を申し込もうとしてたそうだな」

「どうせ(ヒト)でしょ」

「……てっきりその件で呼び出されたのかと」

「いんや。貴志くんだったら、別に何も言わないんじゃない?」


 どやら、()()()戸頭間の三男を使って追わなければならないらしい。

 それがどういうことなのかはわからないが、少なくともハルカの判断ならば必要なことなのだろう。


「で、そいつは何をやらかしたんだ?」

「母さんに結婚を直談判して止められたのに、強行突破するって喧嘩売ったらしいんだよね」

「それは」

「うん。すごい度胸だと思わない?」

「まあ、なあ……」

「で、母さんは言った。〝逆らうのなら追いかける〟ってね」

「それが俺達か」

「だって、人と関わるかもしれない追跡だよ。協定の者は手を出せないでしょ。その点、ほら、丹羽さんってまだ野良だから」


 サトルの「加害しないように見張るか、先にお前が殺せ」の言葉はどうやら脅しではなく本気だったらしい。

 ハルカに直談判でできるほど近い者が、ハルカの忠告を無視して、ハルカに喧嘩を売る。

 それがどれほど愚かなことなのか、誰もが知っているというのに。


「……だからか」

「そう。だからだよ。だから僕が出る。じゃないと、母さんに心酔してる奴らが、お気に入りになろうとするじゃない?」

「……は?」


 戸頭間が苦笑いしながら頷く。


「そうそう。は? だよね。今さあ、僕を出し抜いて、母さんにご褒美をもらって、あわよくば戸頭間の名前が欲しい、って男で溢れかえってるんだよねー」

「……戸頭間くん」

「馬鹿なのかな? 馬鹿なんだろうね。そもそも〝戸頭間〟って父さんの苗字なんだけど」

「戸頭間くん」


 丹羽はじっとサイドミラーを見たまま、わかっているのにふざけ続ける戸頭間を鋭く呼んだ。

 どこから現れたのか、後方から車がついてきている。

 その距離を保った走り方は、明らかにこちらを狙っていた。


「早いねえ。我慢できないタイプ?」

「どうするんだ」

「え? こうするんだよ」


 そう言うやいなや、戸頭間はシフトレバーに手を伸ばし、急ハンドルを切った。

 その腕の動きは滑らかで美しくすらあったが、丹羽の身体は左に押し付けられ──すぐにキュッとタイヤが音を立てると同時に、頭ががくんと揺れる。

 車体は、道路の進行方向に逆らって止まった。


「……戸頭間くん」

「ほら。丹羽さん降りて」

 

 そう言って手を差し出してくる戸頭間を軽く睨むと、丹羽はため息とともに眼鏡を取り、その手に渡す。


 一つわかるのは、この件を押し付けられた戸頭間は相当キレやすい、ということだけだ。

 だとしたら、反論したって無駄だろう。もとよりそんな気力はないが。



 丹羽は諦めたように外に出ると、こちらへ真っ直ぐ突っ込んでくる車を見据え、右手からショットガンをゆっくりと出した。

 気付いたあちらが止まって逃げてくれれば面倒が減ると思ったのだが、結果はそれを使うことになる。



 







「ちょっとー、手加減し過ぎじゃない?」


 助手席に身を沈める丹羽に、戸頭間が進行方向に車を戻しながら不満そうに呟く。あの惨状は見えていなかったらしい。


 破裂したタイヤに、粉々に割れたフロントガラス。

 その隙間から、青い煙が空へ昇っていく。


 サイドミラーでそれを見ていた丹羽は、おもむろに取り出したライターに火をつけた。

 瞬間、火は炎となり、窓の外へ走り出す。 

 それはまるで赤いリボンのように優雅にうねりながら、無人となった車に届いた。

 じわじわと炎が車体を包み始める。



「こんなものかな。さ、行こっか」



 走り始めた車の中に、潮風とほんの少しの焦げた匂いが流れ込んでくる。

 ひたすら流れる「ブルー・レクイエム・ブルー」を切なく歌い上げる声をBGMにした晴れた青空は、馬鹿みたいに長閑な景色だ。丹羽がライターの銀の蓋をカチンと閉めると、背後でドンと何かが爆ぜる音がする。



「侵入者だったか」


 戸頭間は興味なさげに呟く。


「……戸頭間くん」

「なあに」

「標的は目野で、そいつを追いかける俺達──を、追いかける協定の奴らを相手にしながら五日以内に戻れってことだな?」

「まとめると、そうだねー」

「それで? その目野とやらが君の母上を怒らせたのは」

「一週間前」

「……行き先は」

「知らない」


 戸頭間の無垢な一言に、丹羽はスーツの胸ポケットにライターをしまいながら項垂れた。


「あの……じゃあこれってどこに行ってるんですかね?」





 

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