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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──ブルー・レクイエム・ブルー──
61/120

#3



 鋭く尖らせた神経を、突き立てる。

 指先に、耳に、息を吐く口元に。

 

 雑音は最小限。

 互いの意識だけを掴むために、澄ませたそれを絡ませる。

 解けぬように、手放さぬように。

 一音も無駄にしない。




        #3




 手を休めないまま、ひたすら互いに食らいついていく。


 喪失を埋めるような作業だった。


 一曲が終わればどちらかともなく先に弾き、追いかけ、合流する。次第に相手が次に何を弾こうとするのかが手に取るようにわかり、自然と曲の出だしがカッチリと合うようになるのだ。


 最初の一曲以降は全く歌わない鳴は、気だるいピアニストの外側を脱ぎ捨てるかのように全神経を駆使して両手を動かしていた。


 丹羽は頭を空っぽにして、ただ本能でついていく。

 弦を抑え、(はじ)き、二人の間にある途方もない空洞を覗き込む。


 どれくらいそうしていたのか、ふと視線を感じて手を止めた。

 鳴と同時だった。

 ぴたりと音が止む。




「……戸頭間くん」


 城の主のお帰りらしい。

 こちらをじとっと見ているその目は「何遊んでんの?」と言っている。彼はおもむろにジャケットのボタンを外すと、入ってきた武家山(ぶけやま)に渡した。

 彼女が呆れた目で小さなステージを見る中、ぞろぞろと出ていた者たちも戻ってくる。夜津(よつ)兄弟や狐刀(ことう)がこちらを見て「おや」という顔をした。


 丹羽は戸頭間をげんなりと見る。



「……戸頭間くん」

「いいなあ。僕ら堅苦しい定例会に正座で出てたのに? 丹羽さんは? 鳴さんと思いっきりセッションしてたんだ?」

「……」

「じゃあ、次は僕と遊んでくれるよね?」


 鳴がくすくすと笑い始め、戸頭間がドラムセットに座るのを見るやいなや、鍵盤に向き合った。花束を渡すかのようにピアノを軽く弾き始める。

 仕方なく、丹羽もまたウッドベースを引き寄せた。


「そろそろ指が限界なんだが」

「僕に関係ある?」


 もっともな返しをされ、丹羽は鳴の後をついていくように弦を抑える。

 ドラムスティックをもった戸頭間が、ご機嫌に「死神とブルースね」と言い出すので、二人は彼のストレス発散に付き合うことになるのだった。







        ◯





「ああ、スッキリした」


 と、解放されたのは一時間後だった。

 捲っていたシャツの袖を戻しながら、戸頭間はカフスを止める。


「鳴さん、ありがとうね」

「いいえ。今日はとても情熱的だったわね、若様」

「ちょっと苛ついててね。でも楽になったよ」

「そう──一美さん、大丈夫?」


 戸頭間が勝手に「大丈夫大丈夫」と答えながらステージを降りるのを見た丹羽は、ため息とともにウッドベースを立てかけた。

 ピアノに寄りかかるようにこちらを見る鳴の眼差しは、子供を見守る母親のそれに近い。彼女の赤い唇が「頑張って」と動く。

 丹羽は頭を掻きながらステージを降りれば、今度は、窓際のボックス席に陣取る夜津(よつ)兄弟と目があった。

 その目がいつもより同情的なような気がして、丹羽の足が思わず止まる。


「一美くん」

「お疲れ様」

「よかったよ」


 いつものように三人交互に声をかけてくるので、丹羽もいつものように「どうも」とだけ返事をしたが、一気に嫌な予感が押し寄せてきた。その証拠に、武家山が戸頭間にジャケットを羽織らせて先に上の部屋に消えていき、カウンターに入った数河は、まるで丹羽を待つようにグラスを三つ置く。


 どうやら、狐刀と戸頭間の間に座らなくてはならないらしい。


 重い体を動かして、せめてもの抵抗で戸頭間の右隣に座れば、数河が苦笑しながらグラスとコースターを移動させてくれた。


「──それにしても、貴方が()()を受け入れるとは思いませんでした」

「そう? 母さんに言われたら仕方ないでしょ」


 狐刀と戸頭間の話の不穏さに、丹羽は聞かぬふりでグラスを掲げる。丹羽のボトルから、琥珀色の液体がグラスのそっと注がれた。


「しばらく会えないなんて、寂しいですね」

「本当? じゃあ呼んだら駆けつけてくれる?」

「ええ。貴方のためなら。瀬世(せせ)も連れていきますよ」

「うーん、じゃあお兄さんもお願い。貸してよ」

舟正(ふねまさ)ですね。ええ、お貸しします。あの男は貴方の虜ですから」

「じゃあ今度あったら優しくしてあげなきゃ」


 笑えない。

 戸頭間に首根っこを押さえられた鬼不田(きふだ)の若頭に優しくするなど、どう考えてもろくなことにならない。

 丹羽はそう思いつつも、二人の言葉の端々に聞きたくない言葉が散りばめられていることに耳をふさぎたくなる。



「ああ……そうだ、瀬世の躾ですが、順調ですよ」



 ──瀬世くんをきちんと躾けられたら僕の世話を武家山さんと代わってもらおうと思ってる、って言った。



 そう言って戸頭間が瀬世を狐刀に押し付けて、八ヶ月は経っている。

 二ヶ月は寝ていたとはいえ、戸頭間が戻ってから狐刀は顔を合わせるたびに「順調です」と繰り返すが、戸頭間が返すのはいつも同じ。


「そうなの。頑張ってるね」


 これだ。

 軽くあしらう戸頭間に、丹羽は黙ってグラスを傾けながら「自分は無関係だ」という抵抗し続ける。


「……絢乃(あやの)さんはどうなさるんですか?」

「ん? どうしようかなあ」

「決めてないんですか」

「うん。色んな人の意向を汲もうと思ってね」


 らしくない言葉に鼻で笑えば、戸頭間がちらりと丹羽を見てにんまりと笑った。


「丹羽さんはどう思う?」

「……」

「お前、馬鹿なんですか?」


 狐刀がやれやれと言わんばかりに呆れてくる。


「で、お前はどうするんです。絢乃さんを連れて行く気なんですか?」

「……は?」

「丹羽さんどうするー? 決めてもいいよ?」


 戸頭間がグラスをコツンと丹羽のグラスに当てた。


「ほら、僕らで逃げた奴を地の果てまで追いかけることになったじゃない。どうする? 二人で行く?」




 ああ。

 どうやらまた相当面倒なことになっているらしい。




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