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絶望とダンスして 悪魔の腹の上で笑う  作者: 藤谷とう
──インフィニット・ワルツ──
57/58

#57




   ”私はさみしい

   とてつもなく さみしい


   孤独じゃないの さみしいのよ

 

   ただ夢を見て

   あなたに会って 満たされたいだけなの”





        #57





「丹羽さん」


 家の外にぶらりと出た丹羽を、後ろから戸頭間が呼び止める。

 振り返れば、一人で家から出てきた戸頭間がゆっくりと歩いてきていた。

 丹羽の表情がわずかに曇る。


「……全快じゃないならまだここで休んでいたらどうだ」

「ふふ。心配性だね。大丈夫だよ」

「運転はさせないからな」


 こちらに向けて手のひらを差し出してきた戸頭間の手を叩き返すと、戸頭間はつまらなそうな顔をしながらもその手を下ろした。


「わかったよ。それで? 何その格好」


 戸頭間がじろじろと丹羽の敗れたジーンズを見る。


「僕が支給してるスーツは?」

「……色々、あったんだよ」

「僕が寝てる間に何してたのか話してもらおうか。兄さんは?」


 戸頭間ミツルの件を知っているのか、と聞かれた丹羽は、歩き出した戸頭間とともに小さな歩幅で歩きながら答えた。


「知ってる」


 戸頭間は「そっか」と呟くと、しばらく黙る。



 家族を失う痛みを、丹羽は知らないわけではない。

 景と紫を失い、こちらではハルカに逃げられ、海野は死んだ。

 存在する限り、誰かと出会い、誰かを失っていく。

 その苦痛をやり過ごしながらただ生きていくことしかできないことを、もう知ってしまっただけだ。


 まだ若かった頃は、ハルカとともに復讐を果たしたが。

 

 ──やっぱり、(さい)さんだった。


 ハルカの声が丹羽の何かを揺さぶる。

 景と紫のコピーを用意し、丹羽に用事があるとすればあの男だけだ。

 景の弟であり紫の息子──あの二人から見限られた、楽園を築こうとした男。

 ハルカと乗り込んだ先で、どうして二人を殺したのかと銃を突きつけて聞けば、彼はボロボロと泣き出した。

 子供のように、嘘だ嘘だと身を捩って泣いたのだ。

 彼は知らなかった。彼らの計画に反対する父と兄を、まさか殺してまで黙らせようとする者たちがいることを。

 ハルカは黙って鎌を戻し、丹羽の腕を引いた。


 思い出す。あの美しい景色を。

 無抵抗で連行された海の上。

 扉が開く直前〝初めて廃棄される反逆者〟を見に来た彼ら全員を、ハルカと殺した。

 海の上に大きなダイアモンドがいくつも転がり、天からは光が降り注ぎ、次々と空に青い煙が昇っていった。


 美しかった。




「丹羽さん?」


 戸頭間から声をかけられ、ハッとする。

 こちらをちらりと見る戸頭間の目に「父を失った息子」の色は一つもない。


「どうかした? 夢でも見てたみたいな顔して」

「……何でもない」

「そう? 僕がいなくて寂しかったのか。それはごめんね」


 嫌味ではない謝罪は、どうやら本気で言っているらしい。

 やけに神妙な顔で見上げてくる。怪訝な顔を返せば、戸頭間は穏やかに笑った。


「よかった。丹羽さんが兄さんに使い壊されてなくて」

「冗談にしては笑えないぞ」

「やだなあ、本気だよ」


 ほらね、と自分を指さした戸頭間は、丹羽の表情から何かを読み取ったのか、兄を思う弟の顔で前を向く。


「さてさて。あの容赦のない兄さんは丹羽さんに何をやらせたのかな?」

「サトルから聞いてくれ」

「なるほどねー、それは聞くのが楽しみだ」


 無邪気に笑う戸頭間の隣で、丹羽は肩の力を抜くように息を吐いた。

 日暮れの中をだらだらと二人で歩く。

 

 なぜか、ふと自分を安堵のようなものが包む気配がした。

 どうしてなのかわからない。

 ただ、ようやく息が深く吐ける。

 今まで感じなかった疲労感まで襲ってくるほどに。



 戸頭間は丹羽をちらりと見て微笑んだ。

 眠り続けていた二ヶ月などなかったように──どこかから見ていたように、楽しそうに。

 その顔を見ていると、ふといつかの歌詞が頭を掠めた。

 孤独ではないがさみしい、と歌う女の声も。

 馬鹿らしくなってすぐ流した丹羽の表情は、それでもどこか晴れやかだった。

 





        ◯






 夜中のショッピングモール。

 明かりの落とされたその奇妙な静けさの中で、ごと、とマネキンが倒れる。


 その横を、ドッと黒い何かが飛んできた。

 男だ。丹羽の方に吹っ飛んできたその男の頭部は潰れ、どろっと青く溶けた次には、綺麗に霧散する。


 はらりと落ちる服の向こうで、金属バットを手に叩きつける戸頭間がにこりと笑った。


 戸頭間の背後にゆらりと男が襲いかかってくるのを見た丹羽は、頭を下げながら左手に持ったリボルバーで戸頭間の背後にいる男の眉間を撃ち抜いた。と同時に、丹羽の後ろでザン、と鈍い音がする。狐刀が刀を振ったのだ。 


 後ろを振り向くと何かが霧散し、服がひらりと舞う向こうで狐刀が目を細めたまま「チッ」と舌打ちをする。


「お前まで切れなかったなんて……鈍りましたかね」

「──駄目ですよ、狐刀さん」

「! 絢乃さん!」


 狐刀が上を見上げる。そこから、一人の女が落ちてきた。床に落ち、どしゃっと溶ける。

 女を突き落とした武家山は、吹き抜けの更に上を見た。


 瀬世が男と取っ組み合いになっており、そこにゆらりと一つ影が現れる。数河(すがわ)だ。男の後ろ襟をぐいっと引っ張り、瀬世から離す。

 そのまま右手から斧を出し、軽く振り男を割った。溶ける。


 青い煙が昇る中、あちこちに散らばる服が、スーッと床を滑り、いくつものショッピングカートを引き連れて歩く夜津兄弟たちのもとへと向かう。

 カートには散財したかのように服が山積みだ。

 

 インカムから、ザザッとノイズ音が響く。


「──一階南口から四名侵入。」

「──立体駐車場から二名、三階」


 サトルに続いて井田口の声が聞こえた途端、狐刀がさっさと持ち場である三階へ戻る。止まったエスカレーターを軽快に駆け上る姿を見た数河は、呆れたように武家山のいる二階へと向かいはじめた。


 他からも騒ぎが起きているが、誰かがそれを助けに向かう様子は一切ない。


「協調性ないねー」


 丹羽は同意する。

 そして、まんまとやって来た四人の侵入者を見た途端、リボルバーで頭を撃ち抜いた。

 几帳面にも服がすぐに回収されていく。



 丹羽はため息を吐いた。



 あれから二週間。

 戸頭間が目覚めて感じたあの安堵感は、きっと幻だったのだ、と。





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